韓流時代小説 罠wana*私の夫と並ぶと母というより姉みたい。40歳なのに20代にしか見えない姑 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載290回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」【後編】

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

☆シリーズ最終話となる本作では、チュソンとジアンの主人公カップルの愛のゆくえだけでなく、「大人の愛」、「家族の愛」、「親子の愛」を描き出すことを目標とした。単なる恋愛だけが「愛」ではない。男女の恋愛を超えた、その先にある「大きな愛」がテーマの物語にしてみたいという気持ちで書いた。☆

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 ヨンオクがチュソンとそっくりの黒い瞳を丸くする。
「あらまあ、どうしたっていうの」
 ジアンは慌てて涙を人差し指で拭いつつ言った。
「嬉しすぎて、涙が出てしまいました」
 ヨンオクの表情がいっとう優しくなった。
「こんな些細なことで泣くなんて、ジアンは本当に泣き虫なのね」
 義母は納得したように頷いている。
「でも、まあ、チュソンが許可しているなら、そこまで危険な場所ではないのでしょう」
 妓房に出入りしていると告げ、ヨンオクの表情が険しくなったときは、てっきり由緒ある名門両班家の嫁の心得を説かれるとばかり思ったのだけれど、どうやら義母をてんで誤解していたようだ。
 ヨンオクが実は我が身を案じてくれていると知っただけで、涙が洪水で溢れ出した川のように出てくる。
 ヨンオクが今度はジアンを元気づけるように言った。
「それで、ジアン。お願いした髪型にはして頂けるのかしら。身体のことなら、心配しなくて大丈夫よ」
 ハッと我に返り、ジアンは深く頷いた。
「お任せ下さい」
 かれこれ四半刻後、ヨンオクはまるで初恋を知り初(そ)めた少女のように頬を上気させていた。片手でそっと自分の髪に触れ、鏡の中の自分をあちこちから確認している。
「まあ、まるで自分じゃないみたいよ」
 ヨンオクの艶髪は複雑な形に高々と結い上げられている。妓生独特の髪型だ。
 ただ生憎と仕上げを飾る簪がない。ジアンは新婚時代、チュソンから贈られた白藤の簪を自分の髷から抜き、ヨンオクの髪に挿した。
「私のもので申し訳ないのですが、これしかないもので」
 ヨンオクはかすかに首を振り、溜息交じりに言った。
「素敵な簪ね? 白藤の花かしら」
 今度はジアンが頬をかすかに染める番だった。
「チュソンさまが結婚して初めて二人だけで下町に出掛けた時、記念にと買って下さったんです」
 ヨンオクが笑った。
「そんな大切なものを貸して下さったのね。だったら、なおのことお借りするわけにはゆかないわ。この簪は、あなたが身につけていなさい」
 ヨンオクが自ら白藤の簪を抜き取り、ジアンに差し出す。ジアンは素直に受け取り、簪は元に戻った。
 ヨンオクはまた鏡を覗き込み、恍惚りと言う。
「簪が無くとも、十分見事なできばえだわ。あなたが化粧師として、もてはやされている理由がよく判るわねえ」
 ジアンは含み笑いで言った。
「お義母さま、このくらいで愕かないで下さいませ。これから仕上げのお化粧もさせて頂きますから」
 ヨンオクが思い出したように言った。
「そうね、肝心のお化粧を忘れていたわ。髪型があまりによく出来ているから、頭から飛んでいったみたい」
 ヨンオクの物言いがおかしくて、ジアンまで声を上げて笑う。
「お化粧は、どのような感じがお好みでしょうか?」
 ヨンオクが困惑したように言う。
「好みと言われても困るわ」
 客の中にも同様の反応をする女人は多い。ジアンは相手が要望を出しやすいように、上手く誘導してゆく。
「例えばですね、大人可愛い雰囲気が良いとか、後は若見えしたいとか。逆に若い娘さんだと大人っぽく見せたいと言われる方もいますね」
 ヨンオクが吹き出した。
「大人可愛いねぇ。流行りの言葉なのかしら」
 ジアンは思ったままを言った。
「お義母さまは何もしなくても、とびきりお綺麗ですから、いっそ薄化粧でも良いかもしれません」
 ヨンオクが愉快そうに笑った。
「お世辞は結構ですよ。四十のお婆ちゃんに薄化粧はないでしょう」
 本人は本気でのたまうが、ヨンオクが到底四十どころか、三十にも見えないのは誰もが認めるところだろう。どう見ても二十代後半にしか見えないのが怖い。
 チュソンと並んでも、母と息子だとはまず誰もが思わず、下手をすれば夫婦だと言っても通る。もっとも、夫婦にしては、母と息子の並外れて美しい顔立ちは似過ぎてはいるけど。差し詰め、姉弟といったところか。
 ジアンが弾んだ声音で言った。
「それでは、私にお任せ頂けますか?」
 ヨンオクが至極大真面目に言った。
「よろしくお願いします」
 更に半刻ほどが経過し、ジアンはヨンオクの最後の爪を染め終え、にっこり笑った。
「これですべて完成です」
 ヨンオクが信じられないといった様子で、我が手をひろげて見入る。義母の手はかつては苦労を知らない、傷滲み一つないものだった。だが、科人の妻として官奴に落とされた後、ヨンオクの手は荒れに荒れ見る影もない。
 ジアンは義母の荒れた手に朝晩、念入りに自家製の軟膏をすり込んでいた。そのお陰で、かつてとまではゆかずとも、少なくとも荒れだけは治まっている。ジアンは、義母のほっそりとした指先一つ一つに今、爪紅を施したところだ。
 化粧はヨンオクの臈長けた雰囲気に合わせた。敢えて若作りなどせずとも、化粧なしで軽く十は若く見えるひとなのだ。かえって作り込みすぎると本来の美貌を損なう恐れがある。
 つまりは年齢に応じた大人の雰囲気を出すことにし、いつものように素肌の指圧(マツサージ)から始めて水溶きの白粉を塗る土台作り、白粉叩き(パフ)を使って粉白粉で仕上げ、眼許、眉、口許と順に化粧を施していった。