連載285回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫
君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~
第二部 第四話「扶郎花」
名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)
チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。
******
また別の男が言った。
「俺はどうにもあの使道には我慢ならねえ。地方の小役人の身では、どれだけ働いても所詮、出世は望めねえ。多少良いことがあるといえば、たまに入る袖の下だけなのに、あの長官は賄賂が大嫌いだからな」
刑房が肩をすくめる。
「俺なんざ、賄賂を受け取ったのがバレて、危うく首になるところだったぜ」
「しかも、こんな美人を毎日、好き放題にしやがってよう」
刑房がヨンオクにのしかかるように立ちはだかる。無駄に背だけは高い男なので、暗がりでは変な迫力があった。
「そいうわけで、俺たちゃ、今、むしゃくしゃしてる。心配するな、俺たち皆で可愛がってやれば、使道はもうお前を独り占めする大義名分はなくなる。俺たちは心置きなく、これからもお前を好き放題にできるってえ算段さ」
「この獣(けだもの)っ」
ヨンオクが叫ぶと、今度は左頬を張られた。
口中が切れたのが、血の味がする。
「両班の奥方だが知らんが、所詮大逆罪で処刑された科人の女房じゃねえか。お高く止まりやがって」
刑房が顎をしゃくり、他の男がヨンオクに飛びかかった。
「お前は足を持ってろ」
ヨンオクは再びその場に押し倒された。今度は別の男に両脚まで押さえ込まれる。打ち付けた腰や尻が痛みに悲鳴を上げる。
刑房が口の端を引き上げた。ゾッとするような笑みで、ヨンオクに近づいてくる。
更にまた別の男が両腕を持ち上げた格好で拘束した。もう、身動きはできない。
ーこんな下劣な男どもに辱められるほどなら、潔く死のう。
舌を噛み切ろうとした寸前、口にまた布きれを突っ込まれた。お陰で死ぬこともままならなくなった。
刑房がギラついた眼で見下ろしている。
「これからせいぜい楽しませて貰おうってえときに易々と死ねると思ってるのか?」
仰向けになったヨンオクの瞳に、屋根の一部が大きく崩れ、抜け落ちた天井が映った。
天井の裂け目から夜空が覗いている。奇しくも今夜は満月であった。よく磨かれた黄金の皿のような月が浮かんでいる。
夜着が引き裂かれた。鋭い痛みが下腹部を突き抜けた。
どこかから濃密な花の香りが夜気に紛れて流れて込んでくる。ヨンオクは歯を食いしばり、涙だけは流すまいとした。
小屋では、夜通し、あらゆる陵辱が行われた。
すべてを語り終えたヨンオクの頬を涙の雫がつたい落ちていった。
ジアンは言葉もなく、愕然と立ち尽くすしかなかった。よもやヨンオクが懐妊するに至るまでに、こんな悲劇が隠されているとは!
だがと、今更ながらに思い出す。
役場で二年ぶりに再会した時、ヨンオクは、うらなりの去った方を憎々しげに見つめて言った。
ーあんな男、両眼を潰すどころか、この世から消してしまえば良い。
チュソンとジアンには、突然のヨンオクの怒りは場違いというより不自然に思えた。
更に翌日、郡守の私邸でヨンオクと逢ったときのことだ。あの日、ヨンオクは刑房ーあのうらなり男に絡まれていた。
あの日、うらなり男が妙にヨンオクに慣れ慣れしいとは思ったのだ。
刑房はあの時、ヨンオクに言った。
ーなあ、もう一度くらい良いだろう。満更、他人という間柄でもないんだし。
一連の出来事に違和感を感じたのは事実である。けれど、まさか、そんな酷い事情があったとは考えもしなかった!
ヨンオクは洟をすすり、笑顔を浮かべた。その笑顔があまりに痛々しくて、見ていられなかった。
「今の話で、あなたも気づいたと思うけど」
ヨンオクはうつむいた。
「使道さまは、お腹の子の父親ではない」
「ー」
ジアンは何も言えない。では、父親は刑房なのかとは到底訊けなかった。
ヨンオクはその夜、複数の男に犯された。であれば、腹の子の父が誰かなど恐らく、ヨンオク自身にさえ判らないだろう。致し方のないことだ。
ヨンオクの消え入るような呟きが儚く夜風に散る。
「私は父親が誰か判らない子を産むの」
ジアンは次の質問を発するのに相当の勇気を必要とした。
「それで、お義母さまは」
最後までは言葉にできなかった。ヨンオクは小さく頷き、また話し続けた。
明け方までヨンオクの身体を寄ってたかって欲しいままにし、男たちは去っていった。
ヨンオクは陽が高くなってから、痛む身体を引きずるようにして意思の力だけで女達が暮らす小屋に戻った。
大半は既に仕事に出掛けていたが、まだ残っている者もおり、ヨンオクの姿が見えないので、ちょっとした騒ぎになっていると教えてくれた。
どうやら、逃亡したと思われたらしい。奴婢の逃亡は珍しい話ではない。
だが、ヨンオクはそれどころではなかった。そのまま意識を失い、倒れたのだ。
また大騒ぎになり、医者が呼ばれた。ヨンオクはその日から高熱を発し、生死を彷徨うほどー 一時は危篤とさえ言われた。
特に病気ではないが、本人に生きる意思が無いと医者は言ったそうだ。郡守は意識のないヨンオクを役場に隣接した公邸に運ばせ、手厚い治療を受けさせた。
ヨンオクは奇跡的に一命を取り留めた。生死の境を彷徨うことおよそ十日、十一日めに意識を取り戻したのだ。
しかし床上げまでには時間がかかり、実際に起きて動けるようになったのは秋風が冷たさを増す頃であった。