韓流時代小説 罠wana*俺の女にならないか?迫ってきた男に私は唾を吐きかけてー悲劇を招くとは | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載283回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第四話「扶郎花」

名曲「荒城渡」からインスピレーションを得た最終話(ただし、本作の内容は「陳情令」との関連はなく、あくまでも、曲のイメージを作者なりに物語りで表現したものです)

チュソンとジアンを見舞う新たな試練とは?
哀しい別離を経て、二人が見つけた明日への「希望」とは何なのかー。

*********

 

 役所での日々は、忙しなく過ぎていった。ここではあまりに忙しすぎて、仲間の死への哀しみも怒りもあっという間に飲み込まれ、消えてゆく。
 郡守が言ったのは嘘ではなかった。奴婢としての労働は過酷なものであったけれど、三度の食事はきちんと供されるし、奴婢であるのを思えば悪い扱いではなかった。
 朝起きて夜床に入るまで、働き通しだ。慣れぬ労働は体力を削ぎ、夜には涙を流したり思い悩む時間もなく、深い眠りに落ちる。その繰り返しで、気がつけば役場に来てから二つの月を数えようとしていた。
 その頃には、ヨンオクは朝が来るのを心待ちにするようにさえなっていた。
 当たり前のことだけれど、朝、陽が昇ればまた夕刻には沈む。そうやって一日一日が紡がれ、人は生きてゆく。
 生きていれば、眩しい太陽も見られるし、愛らしい鳥のさえずりに耳を傾けることもできる。死んでしまえば、それさえできない。
 いつしかヨンオクは都から共に来た女たちと過酷な労働について文句を言い合い、笑いながら肩をたたき合い冗談を言うまでになっていた。
 そうやって互いに励まし合いながら、厳しい日々を何とかやり過ごしてゆく。良人が亡くなったと聞いた時、これから自分は絶対に笑うことはないだろうと思っていたのに、今はどうだろう。
 他愛ない下らない話ー役場で飼っている猫が交尾していたなどとー両班家の奥方であった頃には口にするのも汚らわしいと思っていた品性のない話を平気で口にし、仲間と盛り上がっている。
 他の地方から送られてきた女たちとも親しくなった。皆、ここに来るのは良人が罪人となり処罰された元両班ばかりだ。中には息子と孫を同時に処刑された気の毒な老婦人もいた。息子の嫁はまた別の地方に官奴として送られたという。
 無口で殆ど喋らない無愛想な女だと思っていたが、打ち解けると少しずつ身の上話を自らするようになった。
 若い女たちは、できるだけ過酷な労働は自分たちが引き受け、老婦人を労った。十数人いる女たちはここに来るまでは皆、他人であった。けれども、何の因果か良人や息子を処刑され、自らまで罪人となり奴婢になった。
 同じ悲哀を経た者たちだけが持つ強い連帯意識はいつしか彼女たちの間に〝家族〟のような繋がりを作ったのだ。
ーここでの暮らしも慣れれば、そこまで悪いものではない。何より、奥方はまだ生きている。生きていれば明日に希望を繋げるが、死はすべての終わりを意味する。
 ヨンオクは、しきりに郡守の言葉を思い出すようになった。あれは満更、デタラメというわけではなかった。
 郡守の寝所へは、あれからも何度かは伺候した。けれども、郡守は無理にヨンオクを抱こうとはせず、ただ腕に抱いて朝まで眠るだけだった。
 傍目には自分が郡守の女になったと思われているのは知っていた。しかし、実際には何もないのだから、知らん顔をしていれば良いだけのことだ。
 何故、郡守が自分に触れようとしないのか、ヨンオクには判らなかった。もちろん、ありがたいことではあるのだけれど、理由が皆目判らないのだ。
 そして、郡守はヨンオクが思うほど悪い男ではないのかもしれないと思い始めていた。抱かれたわけではないとはいえ、男女が一つ部屋で一夜を過ごすわけだ。かなり親密な関係ではある。もしや自分は郡守と一つ布団で眠る中に情にほだされてしまったのか? 
 亡き良人に顔向けできないと思いかけ、そうではないと考え直した。あの男ー郡守を好きというわけではなかった。男として魅力を感じているというのとも違う。人として惹かれているのかと問われれば、癪だが、そうだと応えるのが一番しっくりくるかもしれない。
 懐の広い、信頼できる人だというのが、ヨンオクの郡守に対する評価だった。
 実のところ、ヨンオク自身でさえ気づかない意識の奥深くで郡守への心情は微妙な変化を遂げつつあった。強いていうなら、それは慕情と呼べるものに限りなく近いかもしれなかった。
 だが、気づかずにいて正解だった。もし、己れの心に潜む淡い想いに気づいてしまったら、ヨンオクは自分自身を許せなかっただろう。敬愛する良人ジョンハクの死は、いまだ冷めぬ悪い夢のように鮮やかな記憶として残っている。
 そんなある日、ヨンオクは破(や)れ鐘のような怒鳴り声を聞いた。丁度、山のような洗濯物を干し終えたところだった。怒鳴り声のする方に飛んでいってみると、女たちの中で最年長の老婦人が倒れていた。側に水瓶が転がっている。
「畜生、糞婆ァ、また瓶を割って使い物にならなくしやがって」
 口汚い言葉で罵っているのは、刑房である。
 刑房が老婦人を足蹴にしようとするのに、ヨンオクは庇うように前に立ちはだかった。
「止めて下さい」
 刑房の細い眼が陰湿に光った。
「お前は差し出た口をきくな」
 ヨンオクは足に力を込めて踏ん張った。
「ウンスクさんはもう若くありません。こんな重たい水瓶を運ばせるなんて」
 刑房のカマキリのような生白い顔にうすら笑いが浮かんだ。良からぬことを企んでいるような下心見え見えの顔だ。
「なあ、こんな婆ァのことなんて、どうでも良い。お前、俺の女にならないか? 使道の相手だけじゃなくて、たまには俺らの相手もしてくれよ」
 男の手が伸びてこようとしているのを即座に振り払い、ヨンオクはペッと唾を男の顔に吐きかけた。
「この人でなし」