韓流時代小説 罠wana* 淑嬪vs仁嬪ー後宮で咲く花は、王に愛でられてこそ美しく咲き誇れる | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載175回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第二話「落下賦」 

☆私が力の限り、世子さまをお守り致します!「裸足の花嫁」シリーズ第四話・王宮編。

ー「陽宗反正」。漢陽で起きた凄惨かつ痛ましい政変で、ジアンの父王や弟である世子は廃され、暗殺されてしまう。更に、外戚として専横を極めていた羅氏はことごとく粛正され、チュソンの祖父や両親は惨殺された。
奇しくも、前王、羅氏、それぞれの血を引く最後の生き残りとなったチュソンとジアンだったが。ー

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 人の出来に身分や生まれは関係ない。淑嬪が王妃たるべき徳を持ちながら早世したのは不幸なことだ。
 訊かずもがなではあるが、一応確かめておく。
「仁嬪さまは、どんな方なのかしら」
 キョンシムが露骨に嫌そうな表情になる。まるで無理に毛虫を握らされたようだ。
「嫌な女よ」
 キョンシムの話では、仁嬪は再々、本邸ーつまり陽宗が暮らしていた屋敷を訪ねていたようだ(キョンシムいわく〝乗り込んできた〟と言っている)。
「乗り込んできては、新しいお手つきの女が増えていないか探り回るのよ。いつだったか、私、たまたまお足を貯めて買った安物の紅をつけていたのね。それをたまたま、あの女に見とがめられ、打たれたことがあるのよ」
 これにもまたジアンは呆れ果てた。
「何故?」
 キョンシムが細い眉をつり上げた。
「何故って、判り切ってるじゃない。私が旦那さまーああ、今はもう殿下とお呼びしなくちゃーに色目を遣っているから、けしからんと怒ったのよ。身の程知らずの女中に正義の鉄槌を下すつもりだったんじゃない」
 思い出している中に怒りがぶり返したものか、キョンシムは丸顔を赤く染めた。
「私は庭に転がされ、筵にぐるぐる巻きにされたの。その上で数人がかりで下男たちによってたかって殴られたのよ、あの女は屋敷の高みから笑いながら見物していた」
ーこれ以上、王族の高貴な血筋に賤しい者の血が混じることがあってはならぬ。
 仁嬪の声色を真似、キョンシムは憤慨めいて言った。
「言っときますけど、私は奴婢じゃなく良民よって叫んでやりたかった。でも、あの女にとっては奴婢も良民も変わらないのかもしれないわ。両班でなければ人ではないと信じているのよ、馬鹿じゃないかしら」
 キョンシムの怒りは続く。
「顔なじみの下男たちは仁嬪さまの手前、酷くぶつ振りをしても、その実、手加減してくれたの。だからこそ軽い怪我程度で済んだけど、大の男に数人がかりで本気で滅多打ちにされていたら、今頃はもう死んでいたでしょうよ」
 随分と残酷なことをするものだ。ジアンは考えに沈みながら、呟いた。
「王族の高貴な血筋に賤しい者の血が混じることがあってはならないというのは、聞き捨てならない科白だわね。世子さまへの侮辱とも取られかねないわ」
 キョンシムは大きく頷いた。
「ええ、その通り。仁嬪さまは何とかして世子さまをその座から引きずり降ろし、我が子を世子に据えたいのよ。自分だって、どうせ両班といったって、元々は落ちぶれかけた、たいした家門でもないのに」
 だが、今は少なくとも王の御子を六人も生み奉った功績のある妃だ。その実家が落ちぶれているはずがない。父や兄弟は相応の官職につき、朝廷で羽振りをきかせているに違いなかった。
 いちいち確かめるのも馬鹿らしく、ジアンはそれで話を打ち切った。
 女官の朝は皆、おしなべて早い。明かりを落とすや、キョンシムはすぐに寝入ったようだった。一方、ジアンは淡い闇が満たす室内でいっかな眠りは訪れず、幾度も寝返りを打った。
 即位時、陽宗の側室はわずか三人であった。しかし、即位と共に次々に高官の娘が入内し、既にその中の二人が身籠もっている。世子の生母はもう六年も前に亡くなっている。しかも、淑嬪は隷民出身の女中であった。世子に後ろ盾たる外戚がいるはずもない。
 それでもまだ、淑嬪が生きていれば、世子を荒波から幾ばくかでも守れたろう。淑嬪がもし王妃に立てられていたら、尚更、世子の立場は強いものになったはずである。
 だが、淑嬪は世子が生後七ヶ月のときに亡くなり、幼い世子を守る者は父王しか誰もいない。
 一体、陽宗は母のいない、強力な後見もない世子をいかほど守ろうとしているのか。現に、王宮では世子暗殺の計略が仁嬪によって着々と進められつつあるようだ。
 ジアンは薄闇の中、溜息をついた。世子のあまりにも寄る辺ない境涯に、かつての我が身を重ねずにはいられなかった。
 ジアンの心を置き去りに、王宮の夜は刻一刻と更けていった。

 その日もジアンは腕一杯に洗い終えた洗濯物を抱え、物干し場に向かう途中であった。ふと思い出し、懐かしさに我慢しきれず、干し場ではなく別の方に足が向いた。
 世子暗殺の陰謀を知ってから、三日が流れていた。
 広大な宮殿の一角には、結構人目が届かない場所があるものだ。〝日陰の王女〟と呼ばれたジアンは誰より、そんな場所を知り尽くしていた。そこにゆけば、煩わしい好奇と哀れみの混じった大人たちの眼から逃れ、一人でゆっくりと心ゆくまで遊べる。
 幼い日々、ジアンはミリョンさえ連れず、たった一人で人気の無い場所で遊んだ。
 かつて遊んだ場所は、昔と少しも変わらなかった。かなり広い空間に、大きな瓶(かめ)が一定の間隔を空けて並んでいる。この瓶の中には愕くなかれ、醤油が入っているのだ。
 ジアンはここで一人、黙々と石蹴りをした日を思い出す。改めて周囲を見回しても、幼い頃はあれほど広大だと思えたこの場所も、大人になった今では、実は記憶に残るほど広くはなかったのだと知った。
 そう、王宮には、こんな懐かしい場所が幾つもある。王妃に内緒で訪ねてきてくれた父王と二人だけで、ここで隠れんぼをしたこともあった。
 ジアンの眼に涙が溢れ、白い頬を流れ落ちた。もう、優しかった父はいない。生まれて一年で母を失い、父だけがこの世では身内と呼べる人だったのに。