韓流時代小説 罠wana*遊郭の夜は欲望を秘めてー「人妻」ジアンが不埒な男に狙われる! | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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連載147回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第一話「十月桜」 

~十月桜が咲く頃、笑顔で家を出ていった夫は二度と妻の許へ戻ってこなかった~
韓流時代小説「裸足の花嫁」第三弾!!

 

今夜も咲き誇る夜桜が漆黒の夜空に浮かび上がる。
桜の背後にひろがる夜のように、一人の男の心に潜む深い闇。果たして、消えた男に何が起こったのか?
「化粧師パク・ジアン」が事件の真相に迫る!
****王妃の放った刺客から妻を守るため、チュソンは央明翁主を連れ、ひそかに都を逃れた。追っ手に負われる苦難の旅を続け、二人が辿り着いたのは別名「藤花村」と呼ばれる南方の鄙びた村であった。
そこで二人はチョ・チュソン、パク・ジアンと名前を変えて新たな日々を営み始めるがー。

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 昼下がりは眠る老人のように静かな町が一転して華やかな極楽と化する。各見世からは伽耶琴(カヤグム)の音(ね)が嫋々と響き渡り、妓生たちの嬌声と酔客の笑い声が洩れる。
 最後の妓生の化粧を終え、ジアンはふいに額を押さえてうずくまった。
「どうしたの?」
 丸顔のどこかまだあどけなさを残した妓生が叫び声を上げた。もしかしたら、ジアンより若いのかもしれなかった。
「少し目眩がして」
 ジアンが苦しげに訴えると、妓生が不安そうに言った。
「皆が無理を頼んだものね、疲れたんだわ」
 ジアンはうつむいた体勢で言った。
「申し訳ありませんが、しばらくここで休ませて戴いても良いでしょうか?」
 大部屋には今、二人以外はいなかった。客たちが続々と登楼する時間帯である。皆、客を迎えるために階下に降りている。
 丸顔の妓生は頷いた。
「判ったわ。あたしは支度があるから一度、部屋に戻るけど、あなたはここで休んでから帰った方が良いわ」
「ご親切に、ありがとうございます」
「私こそ、ありがとう。あなたのお化粧は素晴らしいわ。童顔なのが悩みなのに、今のあたし、別人みたい。今夜はもしかしたら、お茶をひかなくて良いかもしれないわね」
 化粧を施している時、この妓生は自分はあまり垢抜けないから客がつかないのだと哀しそうに話していた。
 ジアンは悩みを解消すべく、彼女の初々しさを活かしながらも眼許に陰影を入れ、紅を派手やかにすることで、別人級の大人顔に変貌させた。
 彼女がこんなに歓んでくれたのがジアンも嬉しい。願うなら、今夜、彼女に上客がつくのを祈るばかりだ。
 心優しい妓生が出ていった後、なおもジアンは大部屋に居残っていた。四半刻近く経った頃、室の扉を細めに開き、廊下を窺い見た。誰もいる様子はない。
 今夜、キム家の当主が登楼すると聞いた時、ついでに付属情報も仕入れている。当主が登楼する際は、大抵、婿も連れているという。これはジアンにとっては更なる幸運だった。
 当主と婿が使うのは二階の廊下を突っ切った最奥の客間だ。この広座敷は最上客しか通さないとのことで、キム家以外に使えるのはこの地を治める県監初め少数らしい。
 ソナ房にとって、キム家とのゆかりはそれほどまでに深いということだろう。
 ジアンは大部屋を出て、そろそろと足音を消して歩き始めた。確かに磨き抜かれた廊下の突き当たりに扉が見える。扉の前に立つと、広座敷の両隣にも室があった。念のため、左右の室を確認したところ、右は本来、妓生の居室のようだが、今は人が暮らしている気配はなかった。無人のようだ。
 左隣は納戸として使われており、使わない布団が山のように積み上げてあった。布団の他に古い伽耶琴や太鼓も埃を被っている。
 右隣が空室なのは幸いだ。ジアンは右隣の扉を開け、身を滑りこませた。扉をほんの少しだけ開き、中から廊下の様子を窺う。
 と、階段の上がり際から賑やかな声が聞こえた。この見世の一階は客室がズラリと並ぶ。妓生たちが客をもてなし、一夜を過ごす室であり、二階が妓生たちの起居する室になる。
 一階から大きな螺旋階段で二階へと繋がっている。今、廓は稼ぎ時で、妓生たちは全員私室から出払っているのが助かった。
 ジアンは慌てて扉を閉め、息を殺して扉に耳を押し当てる。だみ声が扉の前で止まった。
「そなたは、いつ見ても出逢うた頃と変わらぬのう」
 年配の男は、他ならぬ当主に違いなかった。
「あらま、いやですよ。年寄りに今更、心にもないお世辞だなんて」
 華やいだ声は女将だ。
「心にもないとは、こちららこそ心外だぞ。そなたとは子もなした仲、夫婦同然ではないか」
「安州にお暮らしの若さまは、お元気でお過ごしでしょうか」
「そう申せば、ソンジュンに男児が生まれたそうだ。嫁を迎えても生まれるのは女ばかりで、儂も気を揉まされたがな」
「さようでございますか。それはおめでたいことで」
「そなたもソンジュンに逢いたかろう。生まれたのは、そなたの孫だ」
「いいえ、あの子を手放すと決めたときから、私情は断ち切りました。若さまがご無事でお暮らしならば、陰ながらお幸せを祈るばかりです」
「殊勝なことだ。それにしてもソナ、今宵のそなたはいつにも増して美しい。出逢ったときを思い出すぞ」
「旦那さまも私もまだ若うございましたね」
 当主の笑い声が響いた。
「そうだな。あの頃は、私もそなたも若かった」
 女将が嬉しげに言った。
「それはそうと、旦那さま。お嬢さまからご紹介戴きました化粧師は、なかなかの腕を持つ者にございますよ」
 いきなり自分の話題が出て、ジアンは肌が総毛立った。
 意外そうな当主の声が聞こえる。
「化粧師? ギュリが紹介したのか」
「はい、お嬢さまが紹介して下さって、今日、うちの見世の妓たちも皆、化粧師に化粧をさせたんですけど、それはもう別人のように垢抜けて綺麗になりましたよ。妓生たちも歓んでおります。お嬢さまに是非、お礼を伝えて下さいまし」
 当主の声が笑みを含んだ。
「もしや、そなたの化粧もその化粧師がしたのか? 道理で今宵はそなたも若く見えるはずだ」
「いやですよ、旦那さま。そこまではっきりおっしゃらなくても良いじゃありませんか」
 拗ねた口調だが、明らかに媚びを含んでいる。