韓流時代小説 罠wana* 妻が体を売った金で暮らすほどなら、俺は迷わず死を選ぶー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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連載146回 韓流時代小説 罠wana*秘された王子と麗しの姫

君に、出逢えた奇跡。俺は、この愛を貫いてみせる~ 

第二部 第一話「十月桜」 

~十月桜が咲く頃、笑顔で家を出ていった夫は二度と妻の許へ戻ってこなかった~
韓流時代小説「裸足の花嫁」第三弾!!

 

今夜も咲き誇る夜桜が漆黒の夜空に浮かび上がる。
桜の背後にひろがる夜のように、一人の男の心に潜む深い闇。果たして、消えた男に何が起こったのか?
「化粧師パク・ジアン」が事件の真相に迫る!
****王妃の放った刺客から妻を守るため、チュソンは央明翁主を連れ、ひそかに都を逃れた。追っ手に負われる苦難の旅を続け、二人が辿り着いたのは別名「藤花村」と呼ばれる南方の鄙びた村であった。
そこで二人はチョ・チュソン、パク・ジアンと名前を変えて新たな日々を営み始めるがー。

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女将はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
ー亭主ともども見世に住めば良い。うちの見世には亭主持ちもいるし、亭主まではゆかずとも決まった男のいる妓(こ)はたくさんいるよ。
 良人がいる女に身売りを勧めるとは愕きではあるが、女の生き地獄と呼ばれる苦界ではさほど珍しいことではないのかもしれない。
 というより、女将の勧誘を知れば、チュソンはもう二度とジアンが色町に来るのを許さないだろう。更に女将が夫婦ともども妓房に移り住めと言ったと知れば、憤死するに違いない。
ーこの私に妓夫になれというのか!
 怒りのあまり、前後の見境さえ失いそうである。ちなみに妓夫というのは、妓生の良人を指す。妓楼に棲まい、妓生の荷物持ちや護衛、客引きをするのだ。女将の言葉通り、苦界で働く遊女にも良人や恋人を持つ者は少なからず存在した。
 極秘調査とはともかく、妓房は化粧師としての仕事場には持ってこいだ。上手くやって妓生たちの心を掴めば、彼女らはまたとない得意先になってくれる。ゆえに、ジアンは殺されても良人に勧誘と妓夫の話をするつもりはなかった。
 女将が肩をすくめた。
ーまあ、本人にその気がないのなら仕方ないけどね。気が変わったり、もっと稼ぎたくなったら、いつでも訪ねておいで。今より、よほど良い暮らしができるよ。
 妻が他の男に抱かれて得た金で暮らすくらいなら、チュソンは迷わず死を選ぶ、そういう男だ。第一、我が身は女ではない。天地がひっくり返ろうが、妓生になぞなれるはずがなかった。
 床入りしたまでは良いが、一夜を共にするのに大枚を払った敵娼(あいかた)が男だと知れば、気の毒な客は心臓麻痺を起こしかねない。
 ジアンにその気がないと知るや、女将の態度は俄然容赦がなくなった。
ーじゃあ、まず私からやって貰おうか。
 ジアンは持参した化粧収納箱から道具を取り出した。いつものように鏡を見ながら、手際よく女将の瓜実顔に化粧を施していった。
ー女将さんは目鼻立ちが整っておられますゆえ、あまりお化粧は濃すぎない方がよろしいかと思います。
 なので眼許も紅もどちらかといえば、控えめにした。代わりに念を入れたのは肌だ。若く見えるとはいえ、やはり少女のようなわけにはゆかないのは当然である。
 土台となる肌作りに最も時間を費やし、白粉は何種類も混ぜて調合し、水で溶いて丹念に少しずつ塗った。あまり重ねすぎてもかえって厚塗りが老けた印象を与えかねないから、最新の注意を払い、あくまでも自然に若々しく見えるように仕上げたのだ。
ーできました。
 ジアンの声に、女将が鏡の中でホウッと溜息をついた。
ーキム家の旦那とはもうとっくに切れたけど、これはもう一度、旦那に見せたいくらいだねえ。
 女将の顔が少女のように染まっていたのを、ジアンは見逃さなかった。
ー良いだろう。うちの見世に出入りして貰おうじゃないか。
 女将のひと言で、ジアンの得意先がまた一つ増えた。女将の派手やかな美しさに更に磨きがかかった。それを見た妓生たちがジアンを放っておくはずがない。
 〝化粧師パク・ジアン〟の名は、ソナ房だけでなく、後に色町中に広まることになった。その日、ソナ房では妓生全員がジアンを取り合いになった。
ージアン、次は私の番ね。
ーあら、あんたは横入りでしょ、サウォルの次はあたしだったんだからね。
ー何ですって、あんたこそ横入りしないでよ。サウォルの次は元々あたしだったのよ。
 喧嘩まで始まる始末で、女将は呆れるやら怒るやら、ジアンにとっては思わぬ嬉しい悲鳴となった。
 何番目かの妓生の化粧をしている時、ジアンはさりげなく訊いてみた。
ーところで、ソナ房は今もキムさまが贔屓にしておられると聞きましたが、キムさまが次にソナ房に登楼されるのはいつでしょうか。
 妓生は、ジアンの手によって巧みに施される化粧に夢中になっている。特に怪しみもせずにあっさりと応えた。
ーキムさま? ああ、あの方は女将さんの昔の旦那だものね。キムさまなら、確か今日の夕方、お見えになるはずじゃないかしら。
 その瞬間、ジアンは内心、快哉を叫んだ。
 何という幸運だろう。流石にこうも上手く運ぶとは考えていなかったというのが正直なところだ。今日のところは小手調べ、また出直すための足がかり程度に考えていたのだ。
 夕刻までにはさほどの間は無い。ソナ房に在籍する妓生全員の化粧は流石に無理だと一度は断ったけれど、時間稼ぎには格好の口実だ。
 ジアンは朗らかな声で言った。
ー折角お声がけして下さったので、今日、他の方のお化粧もさせて戴きたいと思いますが、いかがでしょうか。
 妓生たちが歓喜したのは言うまでもない。ジアンはそれからも大忙しだった。大部屋に集まった妓生たちがズラリと並ぶ中、次々に化粧を施していった。既に終わった者もこれから順番を待つ者も、ジアンが化粧をしている側で眼を輝かせて見物していた。
 女性にとって、化粧はかくも心を浮き立たせるものなのかと、ジアンは今更ながらに愕く想いだ。妓生は解語花とも呼ばれる。言葉を理解する花という意味だ。
 客たちは金を払い、対価として彼女たちの身体を好きなようにする。夜ごと違う男たちが彼女たちの身体を通り過ぎてゆくのだ。
 我が身の施す化粧が苦界で生きる彼女たちの少しでも気慰みになれば、と願ってやまないのは事実だ。
 気紛れな夜の女王がその闇色の衣で色町をすっぽりと包み込む時刻、軒を連ねる妓房の表には明かりが点る。蒼と赤の鮮やかな提灯に火が入れば、色町はもう昼間とは別世界を呈する。