時代小説 絶唱~身代わり姫の恋~16歳下の夫に側室を勧めながら、御所の外で若い男と密会する私はー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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時代小説 絶唱~身代わり姫の恋~

 源鞠子ー通称「竹御所」は鎌倉幕府二代将軍頼家の息女である。

 16歳年下の四代将軍頼経と結婚した。

 親子ほどの年の差夫婦ながら、竹御所と頼経の夫婦仲は極めて良好で、鞠子はやがて16歳年下の夫の子を懐妊する。当時、妻の鞠子は32歳、夫頼経は16歳。若い夫は妻の妊娠を殊の外歓んだといわれている。しかし、初産・高齢出産に加え、蒲柳の質で身体の弱かった鞠子は難産に耐えられなかった。鎌倉御家人たちに惜しまれながら亡くなった鞠子は、また頼朝の血を引く最後の源氏であった。

 

 本作は、激動の時代、源氏一族最後の人として生きた源鞠子の数奇な生涯を私なりに描いたものになります。

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その侍女茜の協力があればこそ、厳重な警護をかいくぐって抜け出すこともできるのだ。流石に御台所ともなれば、河越の千種であったときのようにはいかない。
―この萌葱色の小袖などは御台さまによくお似合いでございますよ?
 結局、茜が勧めてくれた小袖を身につけてきた。だが、送り出す茜はいつものように明るい笑顔ではなかった。
―御台さま、ご無礼を承知で申し上げますが、よもや御所の外で殿方とお逢いになるのではないでしょうね?
 もちろん、千種はすぐに否定した。
―そんなはずがないでしょ。私にはれきとした頼経さまという方がいらっしゃるのだもの。
 言いながら、虚しさが心に満たしてゆくのをはっきりと自覚していた。夫婦となって四年を数えながら、貌を見たこともない良人に操を立てる必要があるのだろうか。そんな反発めいた気持ちもあった。
 頼経は今年、十六歳になった。十六歳といえば、微妙な年頃である。身体は殆ど大人として完成されているけれど、心の方が身体の急激な成長に追いついてゆけてないという時期だ。高貴な立場、しかも将軍という一日も早く後継を儲けねばならない身であれば、そろそろ側妾を置いてもよい歳でもあった。
 引き合いに出すのも畏れ多い話ではあるが、後鳥羽院は十五歳でいきなりほぼ同時に二児の父となっている。二人の年上の中宮たちが次々に身籠もったのは院がまだ十四歳のときであったという。早婚が当たり前であった当時、貴人が早くから妻妾を侍らせ子を儲けるのは特に珍しいことではなかった。
 頼経が十六歳も年上の御台所に見向きもしない今、実のところ幕府内でも頼経に見合った年頃の若い娘を側室に勧めては主張する重臣もいるとか。
 それは致し方のないことだと千種は思った。三代実朝の死後、頼経は幕府が懇願して招来した将軍だ。襁褓の中から政子が大切に育て上げ、漸く十六歳になった。その頼経に是非、次の後継者を儲けて欲しいと願うのは無理もない。御台所である自分は年齢を考えても、その役割を果たすことは最初から無理がありすぎた。
 頼経に似合いの若い姫が自分に代わりその役割を果たしてくれるのならば、千種には何の不平もない。御家人たちの中には
―御所さまが生まれ故郷の都をおん恋しく思し召すのであれば、京から公卿の姫君をお迎えしても良いのではないか。
 と訳知り貌で言う者すらいた。
―さりながら、二代頼家公のご息女竹御所さまがご正室としておわすのに、わざわざ京から公卿の姫君を迎えたのでは、竹御所さまを侮辱することになる。
―そうは申しても、御所さまもおん歳十六。そろそろ御子を儲けられても良き頃合い。しかも、三代実朝公の御台所はやはり都からお迎えした坊門家の姫君であられた。先例のあることゆえ、四代めの頼経さまの側室として都の姫君をお迎えしても差し支えはなかろう。
―だが、よくよく考えてみなされ。実朝公は自ら京の姫君を望まれ、万事公家風を好まれて、ご自身も右大臣にまで昇られたが、その挙げ句がお労しくも鶴岡八幡宮で公暁さまに弑(しい)し奉られた。武門の棟梁は都の公家とは違う。公家の真似をしても、ろくなことにはならぬぞ。
 などと、十六歳になった頼経の女性関係について、重臣たちは囁き交わすことも増えていた。
 茜は千種が身代わり姫だという機密を知っている数少ない者の一人である。二十歳とまだ若いけれど、既に御家人の妻であり二歳になる女の子の母でもあった。千種よりは一回り若いが、女としての経験も知識も茜の方がはるかに勝っている。
 その茜は十日前の外出以来、千種の様子が不自然だと敏感に察知しているのだ。しかも、それが男がらみだということも。
 茜は今日も案じ顔ながらも、いつものように身代わりを引き受けてくれた。千種がお忍びで外出している間、茜は寝所に引き籠もり、布団を引き被って身代わりを引き受けてくれる。まさに、身代わり姫の身代わりだと、千種自身も笑えない冗談だと思ったこともある。
 茜が何かを勘づいていながらも身代わりを引き受けてくれるのは、河越氏の娘でありながら強制的に紫姫の替え玉に仕立て上げられたから―、その過酷な運命に同情しているからだ。彼とまた逢うのはその茜の優しい心を裏切るような行為だと判ってはいても、千種は逸る心を抑えられなかった。
 逢いたい、あの方に逢いたい。ただその一心でここまで来たのだ。
 想いに耽っていた千種はふと視線を感じた。彼がじいっと千種を見つめている。いささか不躾といえるほどに凝視するので、千種は頬に血を上らせ、控えめに問うた。
「何か変なところがございますか?」
 と、男が腕を組んで首を傾げた。
「いや、変というのではないが、どうも気に入らぬ」
「小袖が似合うてはおりませんか?」
 茜が勧めてくれた萌葱に扇面と桜の花びらが散る小袖は千種自身も気に入っているのだけれど、あまり似合っていないのだろうか。
 あれだけ熱心に刻をかけて小袖を選んだ自分が馬鹿みたいに思え、千種は湧き上がる涙を堪えた。
 何を思ったか、男はふいに千種の腕を掴んだ。
「あれだ、あれ」
 指をさす方向には、あの中年の人のよさげな小間物屋がいた。今日は店を出しているようで、男の前には低い台が置いてあり、一面に所狭しと女の歓びそうな小間物が並んでいる。
 男は千種の手を引っ張っりながら叫んだ。
「そこの者!」
「ああ、いつぞやのお二方にございますか」
 丸顔をほころばせ、小間物屋は丁重に頭を下げた。
「髪飾りが欲しい。先日、そなたが千種に贈った組紐より数倍も見事なものをくれ」
 彼の言葉に小間物屋はポカンとしていたが、やがて、朗らかに笑った。
「なるほど、さようで。そういうことにございますか」
 小間物屋は彼と傍らの千種を愉快そうに交互に見てから、おもむろに台から一つの組紐を取り上げた。
「これなどはいかがですか? 私の扱う品はどれもたいしたものではありませんが、その中では高価なものでございますよ」