時代小説 絶唱~身代わり姫の恋~31歳で初恋なんて信じられない。眩しげにな彼の視線に頬が熱くな | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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時代小説 絶唱~身代わり姫の恋~

 源鞠子ー通称「竹御所」は鎌倉幕府二代将軍頼家の息女である。

 16歳年下の四代将軍頼経と結婚した。

 親子ほどの年の差夫婦ながら、竹御所と頼経の夫婦仲は極めて良好で、鞠子はやがて16歳年下の夫の子を懐妊する。当時、妻の鞠子は32歳、夫頼経は16歳。若い夫は妻の妊娠を殊の外歓んだといわれている。しかし、初産・高齢出産に加え、蒲柳の質で身体の弱かった鞠子は難産に耐えられなかった。鎌倉御家人たちに惜しまれながら亡くなった鞠子は、また頼朝の血を引く最後の源氏であった。

 

 本作は、激動の時代、源氏一族最後の人として生きた源鞠子の数奇な生涯を私なりに描いたものになります。

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 大男が吠えた。
「余計なお世話なんだよ、この青臭せぇガキがよ」
 大男の拳が繰り出される寸前、若者は大男をあっさりと交わした上に、その巨躯を軽々と両手で持ち上げた。横向きにまるで荷物を持ち上げるように高々と掲げられ、大男は狼狽えた。
「なっ、何をする。ここいらの漁師仲閒では、ちったア、名の知られた元六(げんろく)をこんな眼に遭わせて、ただで済むと思うなよ、若造」
「元六などとたいそうな名前は、お前のような卑劣漢には勿体ない。これからは、阿呆六と名乗るが良い」
 若者が鼻を鳴らすと、大男が真っ赤になった。
「な、何だとォ―」
 更に吠えようとした大男の声はそのまま途切れた。若い男が大男を持ち上げたまま、放り投げたからだ。巨体は軽々と鞠のように飛んでゆき、やがて大きな音を立てて地面に落ちた。
 男はフンとまた鼻を鳴らし、つかつかと千種の方に歩いてきた。
「とんだ災難だったな」
 彼は千種の口から詰め物を取ってくれ、更に手を貸して助け起こしてくれた。
「大丈夫か?」
 気遣わしげに問うが、千種は返事ができなかった。身代わり姫となるまでも、〝紫〟となってからも、彼女は度々住まいを抜け出しては鎌倉の町をお忍びで闊歩したものだ。
 これまで、こんな危うい目に遭遇したことは一度たりともなく、もちろん伴の者を連れていたこともない。だが、一歩間違えば、一人で出歩くことは、こんなにも無防備なのだと初めて知り、衝撃を受けてしまったのである。
 千種の瞳にはまだ涙の雫が残っている。その涙を見て、男はハッとした表情になった。
「可哀想に、さぞ怖かったのであろうな。どこの娘かは知らぬが、これより後は無闇に無頼の輩に拘わってはならぬ」
「あっ、そういえば」
 千種は商人風の男に盗まれた財布を取り返してやると約束したことを思い出し、男にそれを告げた。
「なるほど、人助けか」
 男は愉快そうに声を立てて笑った後、前方で伸びている大男の傍に寄った。蛸男は相も変わらず大の字になって仰向けに伸びていたが、近づいてくる若者を見ると、ヒッと悲鳴を上げた。
 慌ててその場に土下座し、平謝りに謝った。
「お、お助けを。もう、金輪際、悪さは致しません」
「判ったら良い。だが、今度、同じことをしたら、そのときは、その蛸のような頭が胴体から離れることになる、さよう心得よ」
「へ。へえ」
 大男は、みっともないくらいに畏まっている。若者は更に続けた。
「後はもう一つ、貴様が商人から盗んだ財布を返して貰おうか」
「へ」
 大男は素っ頓狂な声を上げ、茫然と若者を見上げた。
「貴様が盗んだ財布だ」
「いや、あっしは別に何も盗んじゃ―」
 言いかける大男を仁王立ちになって睥睨し、若い男は傲岸に言い放つ。
「ホウ、なるほど、お前はこの場で即刻、真っ二つになりたいと申すか」
 若者が腰に佩いた刀をゆっくりと手にした。鞘を払うその前に、大男は奇声のような泣き声を上げながら這いつくばった。
「わっ、判りました。財布はお返しします。ですから、生命だけはお助けを」
「性懲りのないヤツだ」
 若者は呆れたように言い、刀を元に戻し、大男が震えながら差し出した財布を受け取った。
「真っ当に生きろよ」
 若者の言葉を背に受け、蛸男は逃げるように往来を行き交う雑踏に紛れ込んだ。
「これで良いのか?」
 男が渡してくれた巾着を、千種は押し頂いた。
「ありがとうございます。助けて頂いた上に、余計なお手間までかけてしまいました」
 男が破顔した。
「何の、私の方こそ役得だ。こんな美人にめぐり逢えるとは」
 そのひと言に、千種の頬が染まった。どうも、若い男からの直截な褒め言葉には慣れていない。
 鎌倉は今が春の盛り、名所と呼ばれるあちこちで桜が満開になって人々の眼を愉しませている。
 うららかな春らしい穏やかな陽光降り注ぐ中、ひらひらといずこから流れてきたものか、薄紅色の花びらが二人の間を漂っていく。
 それにしてもと、千種は男を見つめた。年の頃は二十歳前後だろうか。老成した雰囲気を纏っているが、落ち着いた表情の合間に時折覗く素顔はまだ少年の面影を濃く宿している。もしかしたら、大人びた見かけよりは少し若いのかもしれない。
 男が身分のある武士なのは明らかであった。上等の直垂(ひたたれ)は渋みがかった緑だ。男の清冽で端正な風貌をよく引き立てている。
「言いにくいことを申すが、そなたは質素ななりをしているが、かなりの家の娘御であろう? 身分のある女性(によしよう)が伴の一人も連れず、町を歩くのは、どう考えても無謀すぎる」
 何故、露見してしまったのかと狼狽えて彼を見つめると、何故か男は眩しげなものでも見るかのように眼を細めた。
「人というものは幾ら上辺を取り繕っても、内側を隠すことはできない。そなたは市井に暮らす娘を装っていても、その物言いや挙措に隠すことのできない品が現れている。それでは、身分のある武家の姫であることが丸分かりだ」
「そう、ですか」
 自分では上手く変装しているとは信じていたが、どうも見る眼のある人には判ってしまうようである。千種はかなり落ち込んだ。
「もし、あい済みませんが」
 その時、遠慮がちに声をかけてきた者がいた。あの猿の大道芸を見物していた商人である。
「ああ、これを返して頂きました」
 千種は巾着を差し出し、微笑んだ。と、中年の商人は耳まで紅くなり、慌てて懐から小さな品を取り出した。何かと思っていたら、飾り紐だ。深紅と深緑の紐を寄り合わせて作った美しい組紐は髪飾りに使えそうである。
「私は小間物の行商をしておりまして、時には市で露店も出しております。女人の歓ぶ様々な品を扱うておりますれば、機会があれば是非ともお立ち寄り下さいませ。これは、ほんのお礼に」