韓流時代小説 王を導く娘~許されぬ出会いゆえに燃えた〜一生に一度、最初で最後の恋は突然始まった | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 消えた娘~王を導く娘~

  (第四話)

本作は、「復讐から始まる恋は哀しく」の姉妹編。
前作で淑媛ユン氏を一途に慕った幼い王子燕海君が見目麗しい美青年に成長して再登場します。
今回は、この燕海君が主人公です。

廃妃ユン氏の悲劇から14年後、新たな復讐劇の幕が上がるー。
哀しみの王宮に、再び血の嵐が吹き荒れるのか?

 

 登場人物 崔明華(恒娥)チェ・ミョンファ。またの名をハンア。町の観相師、15歳。あらゆる相談に乗る

         が恋愛相談だけは大の苦手なので、断っている。理由は、まだ自分自身が恋をしたことも

         なく、奥手だから。

 

        燕海君  21歳の国王。後宮女官たちの憧れの的だが、既に16人もの妃がいる。

        前王成祖の甥(異母妹の息子)。廃妃ユン氏(ユン・ソファ)を幼時から一途に慕い、大王大      

        妃(前作では大妃)を憎んでいる。臣下たちからは「女好きの馬鹿王」とひそかに呼ばれる。    

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   恋情

 月が輝く夜だった。満月のせいか、真夜中とは思えないほど戸外は明るい。その割には意外に満ちた月は地上から遠く、幾ら手を伸ばしても届かないように見えた。
 若い僧は小さな息を吐き出し、なおも視線は上向けたままだ。彼の視線を辿れば、何とも珍妙な形をした花をたわわにつけた樹が聳えている。高さはかなりあり、頂は、長身の彼がはるかに見上げるほどの位置である。
 紅い和毛のようなものをびっしりと生やした房状の花が夜空に向かい、突き出すような格好で伸びていた。
 この僧、名を宗俊という。今、宗俊はまたたきもせずに金(きん)宝(ぽう)樹(じゆ)とその先に輝く月を飽くことなく見上げる。彼の眼差しは熱さと同時に哀しさをも孕んでおり、何とも複雑だ。
 宗俊はなおも熱心に見つめていたが、やがて、先刻より更に深い息をつき、ゆっくりと踵を返した。
 彼はここー観玉寺で修行三昧の日々を送る修行僧である。母親に連れてこられたのは、もう十四年も前のことだ。彼の実家は寺からはさほど遠くない鄙の村だった。彼は子だくさんの家庭に生まれ、七人兄弟の五番目として生まれ育った。
 幾度目かの飢饉に見舞われ、村では餓死者が相次いだ。宗純の家庭にはまだ寝たきりの祖母がおり、上は十六から下は乳飲み子がいつも腹を空かせていた。ろくに栄養を取れない母は、乳さえ出ず、末の弟はいつも腹を空かせて泣いていた。
 家庭の窮状を見かね、宗俊は自ら志願して僧になった。いわば口減らしだ。もっとも、彼は学問への強い憧れがあった。貧農の四男坊では一生涯、学問なぞ縁が無いけれど、出家して僧侶になれば学問が好きなだけできるし、飢えない程度には食べさせて貰える。
 こんなありがたいことがあろうか。加えて、自分一人の食い扶持が減れば、その分だけでも一家は助かるに相違ない。
 むろん、宗俊は本音はおくびにも出さず、母にはただ学問を好きなだけしたいのだと訴えた。けれども、母は幼い息子の気持ちをいやというほど見抜いていた。息子が言わないのと同様、母も何も言わなかった。ただ辛そうな表情で、彼を見ていた。
 寺に彼を置いて去ってゆくときの母の哀しげな瞳は、あれから長い年月を経ても忘れられない。出家の身は俗世間とは拘わりを絶つ、むろん、肉親との絆もしかりだ。
 母とはあの日に別れたのが最後になった。彼は九歳だった。
 彼が家を離れる時、乳飲み子だった末の弟ももう十四だ。長兄はとっくに嫁を娶り、子も生まれているだろう。病身だった祖母は、彼が寺に入って三年後、亡くなったと知らせがあった。
 まだ九つだった自分自身、二十三になった。俗世にあれば、妻帯し子の一人二人の父親になっている年頃である。
 さりとて、宗俊は出家の道を選んだことを後悔はしていない。自分一人の世捨てで家族の負担が少しでも減り、自分は飢える心配もなく好きな学問をしていられたのは、むしろ恵まれていたと思っている。
 世の常の男のように妻や子を持ちたいと思ったこともなかった。少なくとも、つい一年ほど前までは。
 彼(か)の女(ひと)に出逢うまで、彼の心は波風一つ立たない静かな湖のようなものだった。だが、彼女はある日突然、彼の前に現れた。人の縁(えにし)というのは予め定められているという。縁(えん)がある者同士は引き裂かれても、まだどこかで出逢い、逆に縁の無い者たちはどれだけ結びつけようとしても、離れてしまう。
 だとすれば、自分が彼女と出会ったのも何かの縁があったということなのだろう。
 けれど。一度俗世を捨てた身には、女性(によしよう)と恋を語る資格はないのだ。たとえ彼女と何かしらの縁があったとしても、所詮はそこまでにすぎない。
 ああ、彼女に逢いたい。たとえ手を握ることも叶わずとも、あの輝く黒い瞳を見つめていられるだけで幸せだ。
 次に彼女に会えるのは、また月末か。彼女はひと月に一度、若い女中を連れて御寺に参詣に訪れる。そもそもの出逢いは、一年前、彼女が初めて御寺に現れたときだ。
 あの日も丁度、金宝樹が束子(たわし)のような花をたくさんつけた季節、初夏だった。朝夕は冷えるが、日中は真夏のように気温が上がり、寒暖差が烈しい。都から長旅をしてきた令嬢は御寺に到着早々、体調を崩した。
ー申し訳ありません、御坊さま、冷たいお水を少し頂きたいのですが。
 丁度、境内を歩いていた彼に、赤ら顔の若い娘が縋るように頼んできた。
ーどうかされましたか。
 優しく問うと、伴をしてきた令嬢が暑気あたりで不調だという。
ーそれはいけませんね。
 彼は急ぎ、手近な井戸までゆき、瓢(ひさご)をくりぬいた器に清水を汲んだ。若い女中と一緒に令嬢の許に急いだ。令嬢は金宝樹の下にいた。幹に寄りかかるように座り込み、心もち顔をうつむけていた。
ーいかがなさいましたか。
 彼は声をかけ、器をそっと差し出した。
ー今日は殊の外、暑うございます。ましてや、遠路はるばる都からお参りになられたれば、お疲れのことでしょう。冷たいお水を召し上がって下さい。
 令嬢がうつむけていた顔を上げた。刹那、彼は脳天から雷(いか)土(づち)に貫かれたような衝撃を憶えた。
 令嬢の濡れたような黒い瞳は、一瞬にして彼の心を射貫いたのだ。例えるなら、底なしの深い海のようでいて、彼は魂ごと彼女の深い瞳に引き込まれたようなものだった。