韓流時代小説 王を導く娘~彼の前で大泣きした私ー妃の懐妊は真実だが事情がある。話を聞いて欲しい | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 夜に微睡む蓮~王を導く娘~

  (第三話)

本作は、「復讐から始まる恋は哀しく」の姉妹編。
前作で淑媛ユン氏を一途に慕った幼い王子燕海君が見目麗しい美青年に成長して再登場します。
今回は、この燕海君が主人公です。

廃妃ユン氏の悲劇から14年後、新たな復讐劇の幕が上がるー。
哀しみの王宮に、再び血の嵐が吹き荒れるのか?

 

 登場人物 崔明華(恒娥)チェ・ミョンファ。またの名をハンア。町の観相師、15歳。あらゆる相談に乗る

         が恋愛相談だけは大の苦手なので、断っている。理由は、まだ自分自身が恋をしたことも

         なく、奥手だから。

 

        燕海君  21歳の国王。後宮女官たちの憧れの的だが、既に16人もの妃がいる。

        前王成祖の甥(異母妹の息子)。廃妃ユン氏(ユン・ソファ)を幼時から一途に慕い、大王大      

        妃(前作では大妃)を憎んでいる。臣下たちからは「女好きの馬鹿王」とひそかに呼ばれる。    

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☆本作には観相が登場しますが、すべてはフィクションであり、観相学とは関係のないものです。本当の観相学とはすべて無関係ですので、ご理解お願いします。

 その時、明華は卵雑炊を作っている最中であった。ヨンの側室が懐妊という衝撃的な事実を知り、二日が流れている。
 あの日、途中で店を閉めて家に戻り、泣きに泣いた。翌朝には大きな瞳が真っ赤に腫れ上がり、これでは到底商売にはならないと店を休んだ。観相師はまず依頼者の信頼を得ることが大切なので、泣き腫らした顔の小娘ではまずい。
 今日はもう眼の腫れは治まっていたが、何となく人と顔を合わせるのが嫌で、ずる休みしてしまった。この分であれば明日には店を再開できると思うから、今日一日はゆっくりしようと、のんびりと過ごしていた。
 食欲をそそる良い匂いが立ちこめ、明華は小鍋と器と匙を小卓に載せて厨房から板の間に運ぶ。
「頂きます」
 きちんと手を合わせてから木匙を取り、器に盛り付けた雑炊をひと口含んだ。
「美味しい」
 手前味噌だが、なかなかいける味だ。もうひと口頬張ろうとした時、出入り口の扉を誰かが控えめに叩いた。
「明華、私だ」
「ーっ」
 明華は息を呑み、身を強ばらせた。
 何という恥知らずな男なんだろう。妃との間に子どもを作っておいて、平気で訪ねてくるなんて。それとも、王宮内のことを庶民は何一つ知らないとでも思っているのだろうか。
 よほど水瓶の水でも頭からかけてやろうかと思ったが、あまりに馬鹿らしくて止めた。
 あんな不誠実で好色男、相手にする価値もない。
 明華は立ち上がり、扉に内側から閂をかけた。ついでに開かないように背中を扉に押しつける。
「いつも店を出している場所に行っても、姿が見えないゆえ、こちらに来たんだ」
 こんなときなのに、深みのある彼の声を聞いただけで、鼓動が高鳴る自分が哀れでもあり滑稽でもある。
「明華?」
 ヨンは人の気配を察したのか、扉を手で押している。
「そこにいるのだろう?」
「帰って下さい」
 扉に背を押しつけ塞いだまま、明華は素っ気ない口調で繰り返す。
「帰って」
「どうしたというんだ? 私は何かそなたを怒らせるようなことをしたのか」
 何気ない口調は、本当に彼に心当たりがないのではと信じてしまいそうなほど屈託がない。
 もしや、側室が懐妊したという噂は嘘なのではと思ってしまいそうになる。馬鹿な自分に改めて呆れた。
「ご自分がしたことをよくよく思い出してみれば、判るのではありませんか?」
 明華が言ってやると、扉越しの彼は口をつぐんだ。
ーほら、やっぱりやましいことがあるんじゃないの。
 明華が怒り心頭に発していると、ヨンが情けなさそうな声で言った。
「そなたが何故、そんなに怒っているのか。私には実のところ、本当に心当たりがないのだ、とにかく扉を開けて欲しい」
 明華は呆れたように天を仰ぎ、ひと息に言った。
「お妃さまがご懐妊されたって、下町にまで広がっていますよ」
「ー」
 ヨンから言葉はない。返す言葉がないのは、噂を肯定したのも同じだ。
 明華の眼にまた涙が溢れた。おかしなものだ。二日前も一晩中泣いて、これだけ泣いたら身体中の水分が抜け出て、ひからびてしまうのではないかと本気で心配したものだ。
 でも、実際は干物にもならず、またこうして泣いている。涙は滾(こん)々(こん)と湧き出(いず)る泉のように出てくるものらしい。
 それでも、明華は心のどこかで願っていた。彼が噂を否定することを。笑って
ーあれは質(たち)の悪い冗談だ。
 と言ってくれることを。
 だが、彼は無情にも言った。
「妃が懐妊したというのは事実だ」
「ーっ」
 明華は最早、言葉も出なかった。両手で顔を覆い、涙の雫が頬をつたうに任せる。
「帰って!」
 もう話すことは何一つなかった。彼は約束を守らなかった、つまりはそういうことだ。
 ヨンがまた言う。
「だが、事情がある。とにかく話を聞いて欲しい」
 妃を身籠もらせるのに、どんな事情があるというのか? 独り寝が淋しかったから、或いは性欲を抑えられなかったからとでも言うつもりなのか。狡賢い男だから、気がついたら妃の方から夜這いを仕掛けてきたのだとでも言い逃れるつもりか?
 騙されるものか。騙されるのは一度でたくさん。明華は声を高くした。
「言い訳は聞きたくありません。あなたは約束を守らなかった。それだけで終わりにするには十分ではありませんか、殿下」
 その間も、涙はひっきりなしに頬をつたい、明華は声を殺して泣いた。浮気されて大泣きするだなんて、当の浮気男にその声も聞かれるなんて、あまりにも情けなさ過ぎる。
 ヨンの弱り切った声が聞こえた。
「泣いているんだね」
 次いで溜息。彼が低い声で言った。
「悪いが、私は帰らないよ。このままにするつもりも、そなたと別れるつもりもない。そなたがここを開けてくれないなら、私は強行突破するけど、それでも良いか?」
 幾ら閂をかけても、男の力でこじ開けられてしまえば古い扉はひとたまりもないだろう。
 明華は渋々閂を外し、扉を細く開けた。隙間から彼の顔が見え、慌てて閉めようとしたところに彼がそうはさせまいと、しっかりと扉を掴む。
「明華」
 ひと月余りぶりに逢うヨンは、相変わらずきらきらしいほどの美貌である。これでは妃が夜這いを掛けても仕方がないーと思いそうになる自分に呆れる。
 今日の彼は白縹(しろはなだ)色の涼しげなパジチョゴリを纏っている。帽子はいつものように目深に被り、面体を晒さないようにしている。帽子から垂れ下がるのは蒼月長石(ブルームーンストーン)だろうか。
 明華はおずおずと彼を見上げた。涙の溜まった瞳にヨンが映っている。