韓流時代小説 花の褥に眠る～王を導く娘～
（第二話）
本作は、「復讐から始まる恋は哀しく」の姉妹編。
前作で淑媛ユン氏を一途に慕った幼い王子燕海君が見目麗しい美青年に成長して再登場します。
今回は、この燕海君が主人公です。
廃妃ユン氏の悲劇から14年後、新たな復讐劇の幕が上がるー。
哀しみの王宮に、再び血の嵐が吹き荒れるのか？
登場人物 崔明華（恒娥）チェ・ミョンファ。またの名をハンア。町の観相師、15歳。あらゆる相談に乗る
が恋愛相談だけは大の苦手なので、断っている。理由は、まだ自分自身が恋をしたことも
なく、奥手だから。
燕海君 21歳の国王。後宮女官たちの憧れの的だが、既に16人もの妃がいる。
前王成祖の甥（異母妹の息子）。廃妃ユン氏（ユン・ソファ）を幼時から一途に慕い、大王大
妃（前作では大妃）を憎んでいる。臣下たちからは「女好きの馬鹿王」とひそかに呼ばれる。
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☆本作には観相が登場しますが、すべてはフィクションであり、観相学とは関係のないものです。
本当の観相学とはすべて無関係ですので、ご理解お願いします。
「三年ほど前、奥方は流産している。その後、なかなか懐妊しないのを気に病んで、神経症を患っていたそうだ。それを苦にしての自害だろうと」
「奥方さまの死因は判っているのでしょうか」
「毒をあおってということだ」
毒とは穏やかではない話だ。
「誰かに毒を盛られていた可能性は？」
うーんと、ヨンが唸った。
「たとえ可能性があったとしても、良人たる文善君が奥方は自害だと主張している限り、それ以上は踏み込めないだろうね」
つまりは、文善君の奥方は半年前に謎の急死を遂げた。そして、文善君は哀しみも冷めやらぬこの時期に、二度目の妻を迎えた。知り合ってすぐに結婚というはずはないから、文善君と女官の仲は奥方が亡くなる以前から続いていたはずだ。
仮に明華が考えるより、二人の仲が長く続いていたのだとしたらー。
明華は控えめな口調で言った。
「若さまのご親戚である文善君さまの御事です。これから私が申し上げる話は、文善君さまに対して失礼になるかもしれません」
ヨンが破顔した。
「別に私は気にしないよ。確かに文善君とは幼い頃に共に遊んだ記憶はあるけど、もう長らく行き来は絶えていた。私だって、一時は兄と呼んだ人を咎人にしたくはない。さりながら、前夫人は明らかに不審な死に方をしている。もし、彼女が本当に無念の死を遂げたのだとしたら、真相をつまびらかにしなければならない」
それでは、と、明華は話した。
「まず、話ができすぎています」
ヨンは何も言わない。明華は小さく息を吸い込み、続けた。
「前の奥方さまが不幸な亡くなり方をされて、まだ半年しか経っていません。常識で考えれば、まだ文善君さまは奥方さまの死の哀しみに浸っておられる時期ではないでしょうか。にも拘わらず、奥方さまが自殺されて半年でもう再婚というのは、何か違和感を感じます」
しかも、二度目の奥方は誰かに勧められたというのではなく、自らが見初めた後宮の女官だ。国王しか摘めぬ禁断の花と呼ばれる女官と恋を語らい、妻の喪明けも待てず婚儀を挙げたというのも不謹慎といえば不謹慎である。文善君がいかほど女官に入れあげていたかも判る。
そこにもってきて、最初の奥方が不審な死を遂げているとなれば、ますます怪しいではないか。まるで、最初の奥方は自分が邪魔者であると知ったかのように、自ら死を選んだ。
あまりに上手くゆきすぎている。
ヨンが眼を眇めた。
「私に遠慮は要らない。明華の考えを聞かせてくれ」
明華は躊躇いを捨て、真っすぐにヨンを見つめた。
「畏れながら、文善君さまと新しい奥方はかなり怪しいかと」
「つまり、明華は文善君と今日の花嫁が前の奥方を殺したのではないかと考えているんだな」
ズバリと言い当てられ、明華は身を縮めた。
「申し訳ありません」
ヨンが静かに笑った。
「何も明華が謝ることではなかろう。それに実は、私もそなたとまったく同じ理屈を考えたクチだからな」
明華は眼を丸くした。愕きのため、つい油断して呼び間違える。
「殿下も同じことを？」
ヨンがゆっくりと首を縦に振った。
「明華と同じだ。あまりに出来すぎだと思わざるを得ない」
明華は低めた声のまま続けた。
「仮に月岑楼で張月の骸が見つからなければ、私もここまでは考えなかったかもしれません」
「月岑楼の妓生殺害とこちらの事件に拘わりがあると？」
明華は考え込むように黙り込んでいる。
ヨンが吐息混じりに呟いた。
「ただ、残念なことに、花嫁にはアリバイがある」
明華が淡く微笑んだ。
「でしょうね」
ヨンが眼をまたたかせた。
「何だ、愕かないのか？」
明華は首肯し、自らの考えを明かした。
「文善君の奥方が〝自殺〟した同じ時間、二度目の奥方は確かに後宮にいたはずです。ですが、その女官は偽者で、本人ではありません」
そこで明華は気になることを訊ねた。
「若さまは今日の花嫁が双子の片割れだとご存じだったのですか？」
ヨンは面目なさそうに頭をかいた。
「いや、そこまでは予測できなかった。ただ、忽然と消えて、また舞い戻った女官が今度はいきなり文善君と電撃結婚すると知り、仰天はした。そなたにもあの騒動を話したから、連れてきたまでだった。正直、そなたが屋敷を出た時、花嫁が双子の一人だと言いだし、愕いたんだ」
明華は、どうやら勘違いをしていたようである。
「私は、てっきり若さまもご存じなのかと思いました」
ー女は怖い生き物だね。どこまでも化けられる。
彼の言葉から、双子の片割れが見事に〝別人になりおおせている〟ところを見せようと連れてきたのだと思い込んでいた。だが、それは明華の早とちりで、ヨンは単に大人しげで楚々とした風情の女官がしたたかなーこの場合、怖ろしいともいえるー素顔を隠し持っていると言いたかっただけなのだろう。
食堂に人気がないのは判っていたけれど、明華は周囲を確かめずにはいられなかった。
そんな彼女を、ヨンは不思議そうに見つめている。ヨンが疑念を抱いていたのは、文善君と継妻が謀って前妻を殺害したところまでで、肝心の双子の絡繰りには思い及んでいなかったらしい。
第一、ヨンは張月の似顔絵を見ていない。明華は張月の顔を知っているからこそ、花嫁が張月とうり二つの顔を持つ双子の片割れだと気づけたのだ。