韓流時代小説 復讐から始まる恋~淑媛様、死なないで。幼い王子燕海君の涙の訴え、私は彼を抱きしめて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しく

 ~謎めいた王と憂いの妃~【後編】

 ☆ 最初から最後まで、私には復讐しかなかった。あなたに出会うまではー「廃妃ユン氏」と呼ばれた少女の生涯☆

 

ー運命に導かれるようにして出逢った二人。
二人は互いの身分を知らずに、烈しい恋に落ちる。

ソファの運命を激変させた一夜ー、そのために彼女はすべてを失った。優しい両親、可愛い弟。
その夜、国王の唯一の忠臣といわれるユン・ソユンの屋敷に義禁府の兵が押し入り、ソユンとその妻、更には使用人すべてが問答無用で誅殺された。
後にソファが知った父の罪は「大逆罪」。謀反を企んだ罪により、父は王命で生命を奪われたのだ。

そのときから、ソファの復讐が始まった。

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 ソファの身柄は一旦、照陽閣に戻された。ヒョルが義禁府までひそかに面会に来た日のことだ。だが、依然として殿舎の前には物々しい見張りの兵が立ち、監禁状態であることに変わりは無い。
 淑媛の罪は明らかにされていなかったものの、大妃の機嫌を損ねたらしいことは後宮中に広まっていた。恐らく罪状は明らかにされないまま、淑媛は処刑されるに違いないーと、人々は寄ると触れば森閑とした照陽閣を見ては囁き交わすのだった。
 ソファ自身、殿舎に戻ったとはいえ、自分が刑を免れるとは考えてもいなかった。ヒョルが申し出た〝温情〟とやらを自分は拒絶したのだ。この期に及んで、のうのうと生き長らえようとは思わない。
 我が身は愛する男をこの手で殺すという大罪を犯した。たとえ故意ではないとしても、その罪は償わなくてはならない。
 あの男がいないこの世に、これ以上の未練はなかった。むしろ、死ねば極楽の蓮のうてなで、あの方に逢える。今はそれが愉しみでさえある。
 もう、ソファの中には恨みも憎しみもなかった。きれい事を言っているのではない。ヒョルと向き合い、心の内をさらけ出したことで踏ん切りのようなものがついた。
 起きてしまったことは戻せないけれど、ヒョルに最後に伝えたように、ヒョルがー自分が生涯でただ一人愛した男の兄が生まれ変わり、今度こそ王としての正しい道を歩いてくれることを心から願っていた。
 憎しみも復讐も忘れた心は、何とも軽やかだ。身体中に溜まっていた灰汁(あく)が洗い流されたような心持ちだ。
 この頃、ソファは自分が日ごとに透明になってゆくような気がしていた。心が晴れ渡り、透明になり、身体ごと天まで昇ってゆけるような気さえしてくる。
 その時、ソファは居室にいた。文机には女性向けの読み物が置いてあるけれど、閉じたままだ。既に何度も読み返しているので、内容は諳んじているほどだ。
 ソファは文机の引き出しを開き、薄紅色のチュモニを載せる。逆さにすると、翠玉の耳飾りが手のひらに落ちた。そっと壊れ物を扱うかのように机上に載せる。まるで愛しいあの男に触れるかのように、指先で光り輝く雫型の石を撫でた。一つ一つ、取り上げて耳たぶにつけてみる。
 桜色のはんなりした巾着には、可憐な白き花が咲いている。彼女は、ほっそりとした指で小さな花びらに触れた。
 そういえば、初めてこれを贈られた日、かすみ草が一面に群れ咲く野原で、あの男が耳につけてくれたのだ。ちょっぴり照れながらー。
 最期の旅路には、これを身につけて旅立とうと決めている。そういえば、自分は彼の名前すら知らなかった。
ーサムシクだか、サンチョンだったか。そんな名前だったような気もするが、本当かどうか判らない。
 名を訊ねた時、そんな風に話していたっけ。
 宮殿に連れ去られ、王の影武者にされたその日から、あのひとは名前すら失ったのだ。
 殿舎に戻ってから四日目、ソファは毎日、写経をしている。言わずと知れた彼の魂を悼むためのものだ。どれだけ言い訳を重ねたとしても、あの男の血でこの手を汚した罪は消えはしない。
 それでも、淡く微笑んでさえ逝ったあのひと、愛する男の側にもうすぐ自分も逝けるだろう。今度こそ夫婦(めおと)として添い遂げ、永遠に二人を引き離す者もいない。
 ソファの美しい面にも、うっすらと微笑が浮かんだーその時。
 扉越しに、尚宮の声が聞こえた。
「淑媛さま、少しよろしいでしょうか」
「構わなくてよ」
 応え終わる前に、扉が開いた。尚宮の顔には困惑がありありと表れている。
 黄尚宮はソファにとって、後宮では数少ない理解者の一人である。この忠義者の尚宮は、ソファが義禁府に連行されている間、殿舎の女官たちをよく統率して留守を守ってくれた。
 ソファが無事に戻ってくるなり、殿舎の前で待ち受けていた彼女は走ってきて抱きついた。母親ほどの年齢の彼女も、またいつしかソファを実の娘のように思い始めていたのかもしれない。事実、彼女にはソファと年の変わらない娘がいて、中流両班家に嫁いでいるらしい。
 黄尚宮はソファが戻ってきたことで、もしや罪が許されるのではないかと儚い期待を抱いているようだった。ソファの罪状を知らないのだから、無理もない。
 現在のところ、ソファの罪は公表はされていない。あの日、〝王〟が夜伽中の妃に刺殺されたという前代未聞の事件は伏せられたままである。現場にいた内官、尚宮、女官は総勢二十数名ほど。その中で寝所内に足を踏み入れた者たちだけが凄惨な殺人現場を見ている。

 寝所を出る間際、ソファは血に汚れた夜着を着替えさせられた。
 つまり、残りの大半の者たちは国王の寝台で何が起きたかを知らない。お気に入りの寵姫と就寝中の国王が〝突如として体調を崩された〟と言い聞かされている。ソファに従い夜伽中は夜通し寝所前に待機する照陽閣の女官たちー黄尚宮でさえ、預かり知らぬことだった。
 秘密を知った数人には、固く箝口令が敷かれた。
 国王は持病が再発しており、目下は療養中ということになっている。成祖は病弱だという認識がある。これまでも持病の発作が起きた後、姿を見せないのは珍しくない。そのため、これを訝しく思う者はいないだろう。
 尚宮の困惑顔を見て、ソファは小首を傾げた。
「どうしたの?」
 尚宮が近づき、小声で囁いた。
「燕海君さまがお越しのようなのですが」
「燕海君さまが?」
 尚宮とソファは顔を見合わせた。珍しい客人もあったものだ。
 尚宮が困り顔のまま言った。
「どうされますか、大妃さまが知るところになれば、淑媛さまにとっては良くない事態になりかねません」
 燕海君は世継ぎと目されている王子である。罪を得て謹慎中の側室が王子に逢うのは、確かにまずいかもしれない。
 だが、ソファはきっぱりと言った。
「お通しして」
「ですが、淑媛さまのお立場が」
 尚宮はまだ気が進まないようである。ソファは微笑んだ。
「構わないわ」
 主人が罪を許されるのを期待している尚宮には酷だが、ソファは最早処刑は免れないと覚悟していた。
 彼女の脳裡に、以前、出逢った幼い王子の利発げな顔が浮かぶ。幼くとも、利口そうな子だった。今がどんな状況か、理解はしているはずだ。その上で自分に逢いたいと言うなら、よほどのことなのだろう。
 また、今、逢っておかなければ、あの子に二度と会うことはないのも判っている。ソファの意思が固いことを知り、尚宮は溜息をついて出ていった。
 ほどなく扉が開き、燕海君が入ってきた。
「淑媛さま!」
 幼い王子は鞠が転がるように駆けてきた。
「燕海君さま、よく来て下さいましたね」
 優しく労うと、彼は声を震わせた。
「淑媛さま、お願いです。どうか生きて下さい」
 見ると、王子の大きな黒い瞳に涙が溜まっていた。
「大妃さまに淑媛さまをお救い下さるようにお願いしたのですが、聞き入れては頂けませんでした」
 ソファは胸が熱くなった。この小さな子が自分のためにわざわざ大妃に助命嘆願をしてくれたというのか!
 燕海君が小さな両手を差し出した。
「これを受け取って下さい」
 王子の手にはムラサキカタバミが数輪、綺麗な紐で束ねられている。
「それから、これも」
 袖から取り出したのは、前にも見た紅蛍石(ピンクフローライト)のノリゲだった。
「今の私は幼すぎて、何の力もありません。淑媛さまにして差し上げられるのは、こんなことくらいしかないのです」
 彼は紅蛍石のノリゲを文机の上に載せた。
「これは私のお守りです。これを持っていると、私は母上が守って下さるような気がしました。でも、これからは淑媛さまを守ってくれるように、亡き母上にもお願いします」