韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しく
～謎めいた王と憂いの妃～【後編】
☆ 最初から最後まで、私には復讐しかなかった。あなたに出会うまではー「廃妃ユン氏」と呼ばれた少女の生涯☆
ー運命に導かれるようにして出逢った二人。
二人は互いの身分を知らずに、烈しい恋に落ちる。
ソファの運命を激変させた一夜ー、そのために彼女はすべてを失った。優しい両親、可愛い弟。
その夜、国王の唯一の忠臣といわれるユン・ソユンの屋敷に義禁府の兵が押し入り、ソユンとその妻、更には使用人すべてが問答無用で誅殺された。
後にソファが知った父の罪は「大逆罪」。謀反を企んだ罪により、父は王命で生命を奪われたのだ。
そのときから、ソファの復讐が始まった。
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「何だ、震えているのか？」
ヒョルの口調に揶揄する響きが混じった。
何という陰険で執念深い男だろう！ この男はソファが怯えているのを知った上で、わざと猫が鼠をいたぶるように虐めているのだ。
こんな男の前で怖がっている様を見せたら、余計に歓ばせるだけだ。ソファはヒョルの嗜虐趣味を満足させてやる気はさらさらなかった。持ち前の気丈さを取り戻し、彼女は顔を上げ真っすぐにヒョルを見た。
「いえ、何も怖がってなどおりません」
打って変わったソファの毅然とした様子に、ヒョルがはっきり鼻白むのが判った。まったく、愚かな男ほど頭の中が手に取るように判りやすいとは、このことだ。
ヒョルは感情の読めない瞳でしばらく彼女を見ていた。身の程知らずの女をどんな風にしていたぶってやろうかと、あれこれ思案を巡らせているに違いなかった。
ふいにドンと胸を突かれ、ソファは一瞬、呼吸(いき)が止まるかと思ったほどの衝撃を感じた。ヒョルに突き飛ばされたのだと判ったときには遅かった。彼女は寝台に押し倒され、ヒョルに上からのしかかられていた。
「三日前は随分と姑息な手を使ってくれたな」
真上にきたヒョルの顔は烈しい憤怒に駆られていた。
ドキリと心ノ臓が早鐘を打ち始める。やはり見抜かれていたのだ。とはいえ、ここであっさりと認められるはずもない。
ソファは懸命に言った。
「何のことを仰せなのか、皆目判りません」
「ホウ？ この期に及んでまだしらを切ると申すか」
ヒョルが薄い唇を皮肉な笑みの形に引き上げた。
「初めての夜のときも、私はそなたに申したはずだ。そなたを気に入ったと言ったのは嘘ではない。大人しくしていれば、それなりに大切にしてやろうと考えていたが、あくまでも意地を張り続けるなら、相応の仕置きをしてやらねばなるまい」
ヒョルがグイと顔を近づけた。口臭混じりの吐息を吹きかけられ、吐きそうな嫌悪感にソファは眉を寄せる。
「無礼にも国王に薬を盛るなぞ、そなた一人の猿知恵ではあるまい。どうせ、あやつがそなたに入れ知恵をしたに決まっておる」
「ー」
ソファは、あまりの怖ろしさに身の毛のよだつ想いだ。我が身一人はどうなろうと構わない。でも、あの方だけは巻き込みたくない。その一念で言い募る。
「一体、何故、そのようにお怒りになるのでしょう」
「まだ抜かすか」
どうやら、ソファが眠り薬を飲ませたことを素直に認めないことより、異母弟を庇っていることにヒョルは苛立っていたのだがー。ソファが知るはずもなかった。
突如として、寝台の周囲を覆う薄絹の帳が引きちぎられた。ソファはハッとして音のした方を見やる。無残に引きちぎられた残骸を手にしたヒョルがニヤリと残忍な笑みを浮かべた。彼は、ソファの両手を一纏めに掴み、破った薄絹で持ち上げた格好の両手を縛った。
次いで夜着が引き裂かれる音がしじまに響く。ソファはその耳障りな音が自分の心の悲鳴のように聞こえた。
夜着を脱がせる心の余裕さえ、最早失っていたらしい。ヒョルに引き裂かれた上衣はソファの腰の辺りに溜まり、前で結んだ紐はそのままだ。全裸よりもかえって淫らな光景に、ヒョルが眼を眇めた。
彼の瞳にはっきりと欲情という名の焔が点る。
「止めて、何をー」
ソファは小刻みに震えながら、怯えきった瞳でヒョルを見上げるしかない。何とか自由になろうともがく姿は、さながら罠に掛かった小鳥が最後の抵抗をするのにも似ている。
果ての無い陵辱が繰り返される間、正気を保っていられたのが我ながら不思議だった。
ソファはまたもか細い悲鳴を上げて最後の絶頂を迎えた。瞼裏で極彩色の光が輪を作ってグルグルと回り、やがて、それから星の欠片のように粉々になって飛び散った。
彼女が意識を何とか保っていられたのは、そこまでだ。ひときわ烈しい絶頂を無理に与えられ、ソファの体力と気力はついに尽きた。
意識が奈落の闇に飲み込まれ、クタリと力を失って華奢な身体が崩れ落ちた。ヒョルはソファの乱れた髪を愛おしげに指で梳いた。
「極上の身体と顔を持つ女。ユン・ソファ、私はそなたを手放しはせぬぞ。あやつにだけは絶対に渡さぬ。もし、そなたが私を裏切り、どうにも私のものにならぬ場合は」
ヒョルは言葉を切り、ソファの細い首にそっと手をかけた。
「良いか、私を怒らせるな、裏切るでない。ソファよ」
ヒョルは意識を失った彼女を寝台に横たえると、上掛けで白い身体を覆った。ソファの解き流した漆黒の髪が寝台にひろがる。彼は低い声で何やら呟きながら、昏々と眠るソファの髪を撫で続けた。
「あれは私の傀儡だ。本当の王は私ゆえ、王のものであるそなたは私の女なのだ」
その時、枕辺の燭台の焔がかすかな音を残して消えた。かすかな明るさを保っていた寝台の内は瞬時に淡い闇に満たされる。
ヒョルは灯火が消え果ててもなお、憑かれたような瞳でソファを眺めていた。