韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しくー新月の夜、私達は初夜を迎えたー他人事みたいにしか思えない | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 復讐から始まる恋は哀しく

 ~謎めいた王と憂いの妃~

 ☆ 最初から最後まで、私には復讐しかなかった。あなたに出会うまではー「廃妃ユン氏」と呼ばれた少女の生涯☆

 

ー運命に導かれるようにして出逢った二人。
二人は互いの身分を知らずに、烈しい恋に落ちる。

ソファの運命を激変させた一夜ー、そのために彼女はすべてを失った。優しい両親、可愛い弟。
その夜、国王の唯一の忠臣といわれるユン・ソユンの屋敷に義禁府の兵が押し入り、ソユンとその妻、更には使用人すべてが問答無用で誅殺された。
後にソファが知った父の罪は「大逆罪」。謀反を企んだ罪により、父は王命で生命を奪われたのだ。

そのときから、ソファの復讐が始まった。*************************************************************************

 新月

 国王成祖と淑媛ユン氏の初夜は、託宣により、月の変わった十日と定められた。観象監(クァンサンガム)は宮中で行われる儀式など一切の日取りを決める。天を見て星を読み、あらゆる事象と照らし合わせて最適な吉日を占うのである。
 王の婚姻、また王妃、側室との床入りなどの日程も実のところ、この観象監によって指定されている。
 妃が夜伽を務める日の支度は夕刻から始まる。湯浴みから寝化粧まで、すべてがベテラン女官たちの手によって行われてゆく。
 ソファもこの例に洩れず、まだ明るい中から大きな浴槽に入れられ、数人の女官がかりで丹念に身体を磨き上げられた。
 その後は何も身につけず、うつ伏になり、また女官たちによって花の香油を肌に塗り込まれる。
 仕上げに化粧を施され、明るい空が宵闇に塗り替えられる頃、漸く殿舎を出発するのだ。今宵、新たに王の側室となるソファには〝照陽閣〟という名の殿舎が与えられた。
 月が中天に昇る頃、ソファは大勢の女官に囲まれ、住まいとなる照陽閣を出発した。先導の女官が提灯で足下を照らし、ソファを守るように囲んだ一行は静々と進む。
 薄墨を解き流した闇の底に、宮殿が沈んでいる。宮殿が一番美しいのは黄昏時だといわれている。沈む夕陽が連なる王宮の壮麗な甍を黄金に染める様は、誰もが息を呑むようだという。
 確かにムスリとして王宮に入り、ソファは何度も夕陽に染まる王宮の大屋根を見た。美しいのは美しいけれど、何故か心が湧くようなものではなく、眺めていると哀しくなるような淋しい美しさだと思った。
 何故、そんなことを考えたのか、自分でも判らない。ただ、誰もが口を揃えて言うような、惚れ惚れとするような美しさではなく、何とはなしに哀しみを湛えた風景だと感じたのだ。
 先導役の女官の持つ提灯が石畳の通路に丸い光の輪を描いている。一行が動くにつれ、光の輪もゆらゆらと頼りなく揺れる。
 王が待つ大殿に入る前、ソファはふと空を見上げた。紫紺の空には、細い生まれたばかりの月が掛かっている。かぎ爪のように鋭い月は、今にもソファの身と心をズタズタに切り裂こうとするかのようでもあった。
 正面入り口から磨き抜かれた廊下を進む。果てがないと思われるほど歩いた頃、やっと待ち受ける大勢の尚宮や内官が見えてきた。
 彼らが恭しく控えるのは、大扉の前だ。雌雄の龍が交差する図が浮き彫りにされる紫檀の扉は、国王の寝所へと続く。
 この向こうに、あの男(ひと)がいる。逢いたいような、逢いたくないような不思議な心持ちだった。今宵、ソファは不思議な運命に導かれて、ここに来た。
 二度とは戻れぬ修羅の橋を渡った先に待ち受けるものとは、何なのか。今は心を確かに持って橋を渡るしかない。自分をあの男へ導くこの橋を。
 寝所に入る前、提調尚宮によって簡単な検めがある。これは万が一、刺客が紛れ込むのを防ぐためでもあった。側室だけでなく、正妃である中殿も夜伽を務める際は、この身体検査は行われる。
 その場には老若取り混ぜて二十名近くの女官、内官がいるが、彼ら全員がソファに対し、深々と頭を下げる。それは今宵、玉の輿に登る幸せな女人へ敬意を表するものである。
 女官によって、扉が開けられた。ソファは静かに寝所に入った。背後で扉がまた静かに閉まる音が聞こえる。でも、振り向かなかった。
 ここまで来たら、もう後戻りはできない、振り返らないと決めている。自分なりに覚悟は決めてきたつもりだ。王がまだ父母の仇かどうかは判別しかねているけれど、いずれにせよ、敵討ちというものが生中な気持ちで果たせるものでないくらいは判っている。
 寝所は想像よりも広かった。だだっ広い室の奥に天蓋つきの立派な寝台が見える。白一色で統一された寝台の周囲にはやはり白の紗の帳が降ろされていた。
 あの中に王がいるのだろう。ここからでは見えない。ソファはゆっくりと寝台に近づいていった。
 手前まで来た時、薄い帳の向こうに、かすかに人影が見えた。やはり、王はここにいるのだ。寝台の傍らには幾つもの小卓が並んでいる。いずれにも山海の珍味や酒肴、宝石のように美々しい果物が所狭しと並んでいる。
 チラリとそれらを一瞥し、ソファは思案にくれた。やはり、王に訊ねて酒肴をたしなむか確認した方が良いだろう。
「殿下、ソファです」
 小声で名乗ると、待っていたようにいらえがあった。
「入ってくれ」
 ソファは深呼吸し、覚悟を決めて帳をかき分けた。その隙間から身を滑らせる。流石に堂々と王の顔を見る勇気まではなかった。
「ソファ」
 ふと傍らに人の気配を感じ、ソファは弾かれたように面を上げた。気がつかない中に、王が傍らまで来ている。彼もソファと同様、純白の夜着だけ纏った姿だ。
「あの」
 視線を下げた刹那、夜着の襟元から逞しい裸の胸がかいま見え、ソファは狼狽えた。身体中の血が沸騰しそうだ。
 彼女はうつむいたまま、か細い声で訊ねた。
「まずはご酒をお召し上がりになりますか?」
 王がかすかに笑う気配がした。
「俺としては、酒など、どうでも良い。真っ先にそなたを食べたいと言いたいところだが」
 やんわりと手を握られ、もう一方の手で宥めるように握った手を叩かれる。
「俺は女人を手込めにして歓ぶ趣味はない。ましてや、そなたは惚れたおなごだ。そなたが嫌がるなら、俺は別に今宵、無理に抱こうとは思わぬ。安堵致せ」
 手を引かれ、寝台を出ると二人、小卓を間に座った。
「まずは夫婦(めおと)固めの杯を交わそう」
 ソファは銚子を取り、二つの盃に注いだ。
 王はいける口なのか、ひと息に煽り、ソファは酒は苦手なので、口を付けるだけにとどめた。
 コトリ、と、王が小卓に盃を置く音がやけに大きく響いた。彼はまじまじとソファを見つめ、感慨深げに言う。
「風燈祭の日、そなたがまさか承知してくれるとは考えてもみなかった。まるでまだ夢を見ている気分だ」
「私も何だか、夢を見ているようです」
 父母の仇と生命を狙う男に抱かれようとしているというのに、まるで現実感がない。
 王が笑った。
「少しは元気が出てきたな、いつものソファに戻ったみたいで、安心した」
 ソファが眼をまたたかせるのに、王が穏やかに言う。
「先刻まで震えていたではないか」
「ー」
 どうやら、王にはお見通しであったらしい。確かに巨大な寝台に圧倒され、これから寝台の中で待つ運命を想像しただけで怖かった。覚悟は脆くも揺らぎ始め、小刻みに震えていたのも自覚はあった。
 気づかれていないと思っていたのに、やはり、この鋭い男には気づかれていたのだ。
「ソファ」
 名を呼ばれ、ソファの鼓動が速くなる。王の瞳の底に燃える静かな焔がソファにまで燃え移りそうだ。
「先刻も申したように、そなたを妻にしたいとは言ったが、何も無理強いをするという意味ではない。今夜、まだ覚悟ができていないなら、はっきりと言ってくれ」
 ソファは王の瞳をひたと見据えた。
「覚悟なら、できております」
 王が眉を寄せた。
「無理をするなと言っている。先ほどまで震えていたのに」
 ソファは微笑み、手を伸ばし王の手に触れた。今し方、彼がしたように手のひらに彼の手を包み込み、そっと胸に導く。やわらかな胸のふくらみに王の手を置いた。