小説 神様、あと三日間だけ時間をくださいー幸せな夢を見たのは僕も同じだ、だから君が謝る必要はない | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

小説 神様、あと三日間だけ時間をください。

-神さま、もし一つだけ願いが叶うのなら、私にあと三日間だけ時間を下さい。
 一日めは彼の奥さんになって、
 二日めは彼の子どもを生み育てて、
 三日めはお婆ちゃんになって共白髪になるまで、彼の側にいたいのです。
 だから、私に三日だけ下さい。―

平凡な主婦矢坂美海(みう)は夫の琢郎と高級マンションに
二人暮らし、結婚11年めになるが、子どもはいない。
かつては不妊治療を試みたことがあり、美海は子どもを強く
望んでいる。しかし、夫はあまり積極的ではなかった。
その後、夫の浮気が発覚、夫婦の溝は深くなるばかりだ。
そんなある夜、美海は偶然ひらいたネットサイトで出逢い系
掲示板に遭遇する。
卑猥な画像や露骨な誘いのメッセージがとびかう中、美海の

目に付いたのは全く場違いな一つのメッセージだった-。
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 それにしても皮肉なものだった。琢郎と結婚して十一年の歳月が経ち、焦がれるほど子どもが欲しいと願ったのに、子どもはできなかった。生理が来る度に、トイレにこもって泣いたのは一度や二度ではない。
 それが、シュンとめぐり逢い、久しぶりに女としての胸のときめきや高鳴りを思い出した途端、妊娠するなんて。
 いや、彼と出逢い系サイトで出逢ったときには、もう美海の胎内の奥深くでは新しい生命が息づいていたのだ。美海がそもそも出逢い系チャットの掲示板を開く羽目になったのも、あの直前に琢郎にセックスを強要されたのが原因だった。辛くて、どうしようもなくて、やりきれない気分だった時、シュンのメッセージが眼に飛び込んできたのだ。
 琢郎とのことがなければ、美海がサイトを覗くこともなかっただろうし、シュンのメッセージを見つけることもなかった。
 シュンとの出逢いには、始まりから別離が透けて見えていた。そのことに二人ともに気づかなかった。それが不幸の始まりだったのかもしれない。
 それから美海はシュンと共に再びフロントまで戻り、近くの薬局とコンビニまで行った。シュンに引き裂かれてしまったブラウスの代わりになりそうな安物のブラウスをコンビニで買い求め、それから薬局に寄った。
 買い物にはパジャマ代わりの部屋着として持参していたTシャツを着た。
 ブラウスの入ったビニール袋と小さな紙袋を抱えて三階の部屋に帰ってきて、美海はトイレに入った。小さな薬局で買い求めたのは、簡易妊娠検査薬だ。尿検査だけで、ほぼ百パーセントの割合で妊娠しているかどうかが判る。
 反応が出るまでに数分はかかるので、美海はしばらくじいっと待っていた。以前もこのタイプの検査薬なら、何度か使ったことがある。もっとも、その度に反応は全くなく、美海は声を殺して泣く羽目になったけれど。
 反応が出る間、美海は眼を閉じていた。数分が経過した。小さなスティック状の検査薬を握りしめていた美海はゆっくりと瞼を開き、検査薬を見つめた。
 検査薬の反応窓のところには、くっきりと陽性を示す赤紫の線が現れていた。
 言葉にならない感情が美海の中に込み上げた。シュンに心を傾けてしまった今、琢郎の子どもを身籠もったことが果たして幸せなのか、判らない。ずっと欲しいと願っていた子どもだった。
 美海は静かにトイレから出た。美海を見て、シュンが物問いたげな視線をくれる。
 美海は消え入りそうな声で告げた。
「シュンさんの言うとおりだったみたい」
 そのときのシュンの表情を美海は一生、忘れないだろうと思った。
 妊娠を告げたときのシュンの端正な面には、実に様々な感情がよぎっていった。戸惑い、諦め、怒り、落胆―。
 シュンは泣き笑いのような表情で呟いた。
「そっか。おめでとうって言うべきなんだろうな」
 シュンは言い終わらない中に、しゃべり出した。
「俺には上に二人の姉貴がいるんだ。どっちもとっくに結婚して子どももいる。姉貴たちが妊娠してたときに、結構悪阻が烈しくてさ、上の姉貴なんて殆ど何も食べられなくて入院して点滴までしたんだ。下の姉もそこまでじゃないけど、里帰りして悪阻が治まるまでは養生してたから。君の様子がそのときの姉貴たちにそっくりだった。だから、まさかとは思ったけど、妊娠してるんじゃないかと思ったんだ」
 確かに、大切なことだから、すぐにでも薬局にいって確かめた方が良いと言い出したのはシュンの方だった。
 シュンは、まるで沈黙を怖れているかのようにしゃべり続ける。
「生まれてくる赤ん坊から、父親を取り上げちゃいけないよな。それとも、俺が父親になっても良い?」
 美海は何も言えなかった。シュンもまた敢えてその話を続ける気はなかったらしい。それは最初から美海が応えを返さないのを承知で、その話を持ち出した風にも見える。
 その夜、美海とシュンは一つのベッドで眠った。ナイトテーブルのスタンドが照らす室内は淡い闇に満たされている。寄り添い、手と手をしっかり繋ぎながら、二人は飽きることなく色々な話をした。
 小さな頃のこと。これまで生きてきた中で経験した嬉しいこと、哀しいこと。
 美海もシュンと出逢ってから初めて自分のことについて話した。もちろん、琢郎との出逢いや結婚生活については触れず、少女時代やOLとなってからの話に限られたが。
 これ以上は喋れないというまで語り尽くした後は、ただ黙って手を繋ぎ合っていた。 
「初めてデートした日のことを憶えてる?」
 黙り込んでいたシュンが突如として沈黙を破った。
 美海は彼の傍らに横たわり、繋いだシュンの手を空いた方の手で無意識の中に撫でていた。
「よく憶えてるわ」
「あの日の別れ際、俺が何か君に訊こうとしたよね」
「ええ」
「あの時、君の胸許には、はっきりとキスマークがついていた。あれを見た時、俺は物凄く嫉妬したよ。俺の大好きな君をいつでも好きなようにできる男がいるんだって思い知らされた気がしたんだ。同時に、君にご主人がいることも知った」
 シュンはひとたび言葉を句切り、淡々と続ける。
「あの日、俺が一旦は君に投げかけた問いをすぐに引っこめたのは、俺自身が真実を知るのが怖かったからなんだ」
「何となく判ってはいたわ。私だって同じよ。あなたに真実を打ち明ける機会は幾らでもあったのに、とうとう最後まで言えなかった。今日言おう、明日話そうとずるずると先延ばしにしている間に、こんな形であなたが知って傷つくことになってしまった」
 少しの沈黙の後、美海は静かな声音で言った。
「私もシュンさんに言えなかったのは、最後まで〝あなたの好きな女の子〟でいたかったから」
 美海がシュンに真実を打ち明けられなかったのもまた、彼と離れたくないという一心からのものだ。切ない女心から発したものだったのだ。かといって、それがシュンに何も告げなかったことの言い訳になるはずがない。
「私は卑怯だった。自分だけが楽しい夢を見て、その夢が醒めるのが怖くて、あなたに真実を打ち明けられなかった。結果として、あなたをとても傷つけたわ」
 シュンがフッと笑った。
「傷ついたりはしなかったよ。いや、正直に言えば、少しは傷ついたかもしれないけど、俺はそれ以上にミュウに出逢えたことが嬉しくて、幸せだった。だから、君はそんなに悩むことも苦しむこともない。幸せな夢を見られたのは君だけじゃない、俺も同じだったんだから」
 いかにもシュンらしい、優しさと労りに満ちた言葉だ。傷つかなかったはずはないのに、そうやって美海の心に負担をかけまいと気遣ってくれる。