小説 神様、あと三日間だけ時間をください。ー最後のデートー彼と見た観覧車からの夜景が忘れられない | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

小説 神様、あと三日間だけ時間をください。

-神さま、もし一つだけ願いが叶うのなら、私にあと三日間だけ時間を下さい。
 一日めは彼の奥さんになって、
 二日めは彼の子どもを生み育てて、
 三日めはお婆ちゃんになって共白髪になるまで、彼の側にいたいのです。
 だから、私に三日だけ下さい。―

平凡な主婦矢坂美海(みう)は夫の琢郎と高級マンションに
二人暮らし、結婚11年めになるが、子どもはいない。
かつては不妊治療を試みたことがあり、美海は子どもを強く
望んでいる。しかし、夫はあまり積極的ではなかった。
その後、夫の浮気が発覚、夫婦の溝は深くなるばかりだ。
そんなある夜、美海は偶然ひらいたネットサイトで出逢い系
掲示板に遭遇する。
卑猥な画像や露骨な誘いのメッセージがとびかう中、美海の

目に付いたのは全く場違いな一つのメッセージだった-。
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 今、この瞬間から、美海は何もかも柵(しがらみ)から解き放たれて、ただの一人の女になるのだ。
 ドライブは楽しかった。シュンはエスコート上手で、いつもさりげなく気を遣ってくれる。いつも気ままな琢郎の後を必死で追いかけているばかりだった美海には、これも新鮮な体験であり愕きであった。
 M町を抜けて二時間が経った頃、やっとI町に到着する。I町は近代的な都会の顔と古くからの門前町という全くあい反する面を有している。歴史のある名刹、古刹が多く落ち着いた佇まい見せる一角がある一方、近代的な遊園地やテーマパークが建設され、多くの観光客を集めていた。
 シュンの提案で、今日はまず遊園地を訪ねることになった。既に夕方になっており、小さな子ども連れなどは早々に帰り支度を始めている。この遊園地はナイトタイムも営業しているので、シュンはゆっくり愉しもうと言った。
 最初にこの遊園地呼び物のジェットコースター、その名もスーパージェットに乗った。人口の洞窟幾つもを通り抜け、更に高みから降りてきて、最後は巨大プールに突っ込むという趣向である。
 五両あるジェットコースターの殆どが埋まっていて、美海とシュンは一号車の最前列だ。
「ねえ、ちょっと。私たち、いちばん前よ。ちょっとヤバくない?」
 担当の係員に安全ベルトを装着して貰ってから、美海が隣のシュンに小声で囁いた。
「大丈夫だって。こんなの、たいしたことないさ」
 シュンは事もなげに言っていたのだが―。
 次の瞬間、ブザーと共にジェットコースターが動き出した途端、急に無口になった。更に一つ目の洞窟を抜け、二つ目の洞窟に入った頃には顔面蒼白になっている。
「大丈夫? 顔色が悪いわよ?」
「大丈夫だよ」
 口ではそう言いながらも、シュンはどんどん蒼褪めてゆく。流石に美海が本気で心配し始めた時、ついにジェットコースターは地上をはるかに見下ろす最上段まで上り詰めた。
「これからが本番よ」
 実は美海はジェットコースターが大好きなのだ。高いところから一挙に落ちていくあの独特のスリルというか感覚が堪らない。
 美海がわくわくしながら言っても、隣からは返事がない。怪訝に思って振り返ると、シュンはもう真っ青で震えていた。
「白状するわ。俺、高いところがてんで駄目なんだ」
「もしかして、高所恐怖症ってヤツ?」
「そのとおり。だから―」
 言いかけたところで、いきなりジェットコースターが滑り出し、シュンが悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと、これは凄ぇ、やべえよ」
 結局、下に降りてしまうまで、シュンはまるで女のような金切り声を上げ続けていた。すぐ後ろの若い女の子数人のグループがクスクスと忍び笑いをしているのも聞こえた。
 ジェットコースターが水上めがけて着水した瞬間、シュンは何も言わなくなった。美海は彼が眼を回しているのではないかと心配したのだが、流石に失神まではしていなかった。
 スタート地点までやっと戻ってきて、二人は係員の誘導でジェットコースターから降りた。
「俺、もう二度とこのジェットコースターには乗らない」
 シュンがまだ蒼白い顔で恨めしげに言った。美海はもう、笑いが止まらない。
「何で、そんなに嬉しそうに笑うんだ?」
 シュンが恨みがましい眼で掬い上げるように見つめてくる。
「だって、シュンさんったら、もう凄いんだもの。皆、ジェットコースターよりもシュンさんの絶叫の方に愕いてたみたいよ」
「ああ、どうせ俺は臆病者ですよ。後ろの女の子たち、めっちゃ笑ってやがった。畜生、最近の中学生ときたら、失礼なやっちゃ。今時の若いもんは礼儀も知らんのやな」
 自分だってまだ二十二歳の癖に、大人ぶって言うシュンが微笑ましい。
「久しぶりに出たわね。シュンさんの大阪弁」
 美海が笑いながら言うのに、シュンは顔をしかめた。
「せやけど何が失礼いうて、ミュウがいちばん失礼やで。俺のこと、そんなに笑わんでもええやないか」
「高所恐怖症なら、初めからそう言えば良かったのに」
「ミュウが乗りたいっていうから、我慢したんだよ。それにジェットコースターにいちばん最後に乗ったのは中二のときだから、流石にもう克服してると思ったんだ!」
 自棄のように言うシュンに、美海は〝はいはい〟というように頷いた。
「判りました、判りました」
「あー、その顔。全然、反省してないだろ」
 シュンがむくれたように言い、美海は笑いながら首を振った。
 それからメリーゴーランドに乗って、次はミニレール。これは園内をカタコト走る小さなSL列車で、小さな子どもが多く乗っていた。
 二人乗りの狭い車両に仲良く並ぶと、シュンと身体がぴったりと密着する。それには少し胸の鼓動が速くなったが、シュンの方は実に楽しげに眼を輝かせているので、美海のそんな戸惑いもすぐに消えた。
「シュンさん、楽しそうだったわね」
 ミニレールから降りて並んで歩き出しながら言うと、シュンは憮然として言った。
「どうせ俺はお子さまだよ」
 最後は観覧車に乗る。これもジェットコースターと同様、この遊園地の呼び物の一つである。日本でも五本の指に入る規模を誇り、真上からの眺めは最高だと評判であった。
「これも高いところまで行くけど、大丈夫なの?」
 先刻のことがあるので念のために訊ねたら、シュンは少しむくれた顔で言った。
「ゆっくりなのは大丈夫。それに、観覧車は箱の中にいれば良いから、守られてるっていう安心感があるんだ」
 そろそろ長い夏の陽も傾き始めている。二人が乗り込んだ観覧車が丁度、真上に来た時、既に背景の空は薄紫に染まっていた。
 町の灯りが闇夜を照らすキャンドルのようにちらちらと瞬いている。
「キレイね」
 美海は広い窓ガラスに顔を押し当て、外の景色を楽しんだ。
「なかなかだろ?」
 シュンが余裕の笑顔で言う。もう、例の高所恐怖症の名残はすっかり消えたようである。
「ミュウ、ここに来て」
 シュンが手招きするので、向かいに座っていた美海は何の疑いもなく立ち上がり、隣にいった。と、ふいに身体がふわりと持ち上がり、膝の上に乗せられた。