小説 鈴~Rei~宿命の剣士と男装美少女〜響く鈴の音は鎮魂歌か、それともー。悲劇的三角関係の終焉 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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時代小説 鈴~Rei~

☆ 男は女を愛し、
 女は男に対して姉のような情を抱いた。
 宿命に引き寄せられるようにして出逢った男と女の想いがすれ違った時、
男の烈しい嫉妬の焔が燃え上がる。 ☆

生まれて初めて心から女を愛した男が愛を返して貰えないがゆえに、鬼になってゆく。。。

 江戸時代、木檜(こぐれ)藩の藩主木檜嘉利(よしとし)は領民から〝畜生公〟と恐れられていた。
 美しい娘を見かければ、有無をいわさず攫ってきて思いのままに陵辱する。相手が人妻であろうが、全く頓着しない。移り気な嘉瑛は女を一夜限り弄んだ後は、見向きもしなかった。

 側仕えの小姓が些細な過ちをすれば、激高して斬り殺す。そのあまりに情け容赦ないふるまいが〝畜生公〟と呼ばれるゆえんだ。

 そんなある日、ひとりの下級藩士の若妻が散策中、藩主の目にとまった。いつものように、抵抗する若妻を供の者と二人がかりで乱暴してしまう。
 後に、その若妻はそれを苦にして自害、彼女の親友お亀は亡き友の仇を討つため、男装して藩主の御前で行われる武芸大会に出場する。
 懐には亡き親友の形見となった鈴を忍ばせて―

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天女が婉然と微笑んだ。
 いや、これは違う。先ほどまでの女ではない。先刻までの女は清純な美しさを持っていたが、この女はまるで違う。確かに美しい女には違いないが、眼許に険しさがあって、つり上がった眼がまるで狐のようだ。
 嘉利は昔から、こういう類の女が大嫌いだった。こういう女は自分の美しさを自覚している。自分は誰よりも美しいと、自分の美貌が男を惹きつけることを十分に意識している鼻持ちならない女が多い。
 こんな女は無意識の中に他人を傷つけることが多いものだ。自分は美しいのだと、自分より少しでも容色の劣った同性を見れば、ひそかな優越感に浸り、自分の美しさを誇示しようとする。そんな態度が随分と相手を傷つけていることも知らない、上辺だけはそこそこ美しくとも、中身のない薄っぺらな愚かな女だ。
 自分中心に世界が回っているような気でいるから、他人に対してどこまでも残酷になれる。自分の幸せや成功をまるで天下でも取ったように得意げに吹聴して回る。優しさなど、かけらもない。
 狐面のような女が微笑んでいる。
 微笑みながら、女がひらひらと手で差し招く。
 こちらへおいでというように、嘉利に手を振って見せる。
 厭だ。俺はまだ、お前なんぞについてゆく気はない。嘉利が背を向けようとしたその時、女の顔がグニャリと歪んだ。
 あたかも能面の女(おみな)が般若に変ずるように、美しい面が瞬時に悪鬼のような形相に変わる。白い顔はどす黒く染まり、紅い唇は耳まで裂けニョッキリとした二本の牙が突き出た。細くつり上がっていた両の眼(まなこ)はギョロリと零れ落ちんぼかりに大きく見開き、目玉が飛び出ている。
「お、鬼」
 嘉利は恐怖に戦慄きながら、後ずさる。
 二、三歩後退したところで、みっともなく尻餅をついてしまった。
 その時、ハッとした。
 この鬼の着ている小袖には確かに見憶えがあった。薄い紅地に白く小さな梅の花が散っていたこの柄は―、そう、今年のまだ春浅い頃、森で出逢い、近習の尾野晋三郎と二人がかりで手込めにした女の着ていたものと全く同じものだ。
「ゆ、許してくれ。止めてくれ。許してくれ。俺が悪かった。俺が悪かったと、このとおり謝る。だから、もう止めてくれ。許してくれ。俺をこれ以上苦しめないでくれ」
 嘉利は震えながら、その場に這いつくばった。
 と、ひとたびは小さくなっていた鈴の音が再び大きくなった。
 チリーン。
 チリリーン。
 まるで死人を悼むかのような物哀しい音色が嘉利の脳天に響く。たまらない不快感に、嘉利は頭を押さえ、もんどりうった。
 これは罰だ。あの女の、森で晋三郎と二人で手込めにした女の呪いだ。
 そう思った時、耳奥で女の声が響いた。
―そう、それはまさしく天罰。罪なきあまたの生命を無益に殺し、泣き叫ぶ娘たちを犯し辱めた愚かなそなたへの報い!!
 声とともに、けたたましい女の嗤い声が聞こえる。その嗤い声はやがて幾つもの鈴の音と重なり、嘉利の頭にガンガンと響き渡った。
 烈しい頭痛が嘉利を襲う。
 嘉利は息も絶えるような苦悶に呻き、その場を転がり回った。

 お亀は固唾を呑んで、苦しみのたうち回る嘉利を見つめていた。
 時ここに至り、お亀にも漸く状況が理解できた。
 嘉利は、お香代の亡霊を視ているのだ。
 いや、亡霊なぞというものがこの世に現実に存在するのかどうか判らない。しかし、嘉利に犯され、身ごもった末に非業の死を遂げたお香代の怨念が今、ここにかつての姿を取り戻し現れたのだとしても、いささかの不思議はないだろう。
 もしかしたら、嘉利が見ているのは、彼自身の過去に犯した罪への呵責にすぎないのかもしれない。これまで己れが犯してきた悪行の数々への無意識の怖れと悔恨がお香代の幻影という形となって見えているだけなのかもしれない。
 いずれにせよ、嘉利についに仏罰が下されたのだ。
 と、強い力で手を引かれ、お亀は我に返った。
 振り向けば、そこに小五郎が立っていた。
「お亀どの、行きましょう」
「小五郎どの、どうしてここに」
 お亀の顔に愕きがひろがる。
「話は後でもできる。今はここを逃れることが肝要です」
 でも、と、お亀は、背後を見た。
 相変わらず頭を抱えて、もんどりうつ嘉利がいる。こんな状態の男を一人残して、行けるものではない。
「今、逃げねば、もう次の機会はない。さあ、早く」
 耳許で囁かれ、お亀は唇を固く噛みしめる。
 その眼は、大粒の涙が浮かんでいた。
 小五郎が手を引いても、お亀は動かない。
 お亀は、のたうち回る嘉利を見ながら涙を流して立ち尽くしている。
 小五郎は、そんなお亀を見て小さな息を吐いた。
「お亀どの、今のうちに」
 やや強い語調で促され、強く手を引っ張られ、漸く、よろめき小五郎に手を引かれたまま歩き出した。だが、それは自らの意思で歩くというよりは、小五郎に完全に引きずられているような形であった。
 お亀は途中で幾度も背後を振り返っていた―。