小説 臆病なシンデレラ~アラサー女子、私の彼氏は17歳ーさよならー好きだからこそ終わりにします。 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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小説 臆病なシンデレラ~アラサー女子、私の彼氏は17歳~
出逢った時、私は31歳、彼は17歳の高校生。
たくさん悩んで、いっぱい泣いて、大好きな彼のことを諦めました。
こんな私があなたを好きになって、良いですか―?

そして、今年のクリスマスもまた、私は一人で過ごすことになるんだろうな、きっと。
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 彼はジーンズのポケットから小さな箱を取り出した。緑色に深紅のリボンが可愛らしくかかっている。
「開けてごらん」
 渡された小箱のリボンを解き箱を開けると、現れたのは指輪だった。明るい照明を受けて、小さな指輪がキラキラと輝きを放った。
「綺麗」
 早苗も若い女性だから、人並みに美しいものには惹かれる。華奢な指輪で、リボンと靴がデザインされ、蝶結びの部分に蒼い石、ハイヒールを模した形にはダイヤモンドがはめ込まれている。
「蒼いのはブルートパーズかしら」
「俺は宝石なんて、よく判らなかったから、店の人に相談したんだよ。早苗さんの雰囲気とか伝えて、似合いそうなものに決めた」
「ハイヒールって、珍しい形ね」
 祐の美麗な面に悪戯っぽい微笑が浮かんだ。
「この間、早苗さんの好きな曲が〝シンデレラ〟の挿入歌だって聞いただろう。あれを思い出してさ。彼女がシンデレラが好きみたいだって言ったら、丁度、有名なジュエリーメーカーがシンデレラをイメージして作ったリングの新作が入ったばかりだと出してきてくれて」
「でも、こんな高価なものを頂くわけにはゆかないわ」
 早苗が当惑の表情で見返す。
「そんなに言うほどのものじゃないよ。バイト代で買ったものだし」
「ええっ、S電器の社長がバイトをしてるの?」
 日本でも一流の企業の社長がバイトというのがどうも想像がつかず、早苗が笑う。
 祐が頬を膨らませた。
「だから、形式だけって言っただろ。実質的な経営はお袋と叔父がやってるんだよ。俺は名前だけ。小遣いだって知れてるし、普通の高校生と変わらないぜ。だから、F駅前の商店街のホカ弁屋でバイトもしてる。これでも勤労学生なのさ」
 屈託なく笑う顔は、やはりまだどこかあどけない。彼と自分の年齢差を感じるのは、こんなときだ。もう三十を過ぎた自分は間違っても、こんな表情はできない。
「そうなんだ。あのお弁当屋さんは安くて美味しいというんで、私の会社の人もお昼にはよく買いにいくのよ。私も行ったことがあるけど、祐さんはいなかったわね」
「シフト制だから、早苗さんが来たときは、たまたま俺が出てない日だったかもな」
 早苗は祐を見つめた。
「お小遣いが普通の高校生並みで、よくお昼寝メイトなんて利用できたわね」
 祐が頭をかいた。
「貯金をはたいたんだよ。正直、痛い出費ではあったなあ。マ、どんなものか試してみて期待薄なら、次はないと思ってたから」
「それで、貯金をはたいた効果はあった?」
 笑いながら言うと、祐は真顔で頷いた。
「大ありだった。可愛い子にも出会えたしね」
 直裁に言われ、早苗の方が頬が熱くなる。
 頬を紅くした早苗の前に、祐がスと膝を突いた。呆気に取られる彼女の前、祐は指輪を取り上げ、改めて早苗の左手の薬指に填めた。
「結婚を前提に付き合って欲しい」
 早苗は息を呑んだ。これがプロポーズであることは理解できた。
「―」
 早苗は応えるすべを持たなかった。こんな場合、どう言えば良いのだろう? 別離を覚悟してきた場で求婚されるなんて。
 しかも、相手は自分より十三歳も年下の高校生で。
 刹那、先ほどの鈴木の声が聞こえたような気がした。
―人を好きになるのに、言い訳なんてありませんよ。男と女であれば、誰にだって恋に落ちる可能性はあるんです。
 そう、確かに恋に落ちるのに理由なんて要らない。
 でも、恋に落ちたからといって、物語の結末がいつもハッピーエンドになるとは限らない。
「私も祐さんが好き」
 その短い言葉だけで十分だった。祐が早苗の傍らに座り、きつく抱きしめられる。自分から腕を回して祐に抱きつきながら、早苗は固く眼を瞑った。
 せめて今、この瞬間だけは彼を独り占めさせて下さい。今日という日が終わったら、私は潔く彼を忘れるから。
 早苗の固く瞑った眼から、ひとすじの涙が糸を引いて流れ落ちた。

 静まり返った室内は、まるで深い湖の底のようだ。満ちたしじまの底を這うひそやかな衣擦れやあえかな息遣い。
 ダブルベッドで絡み合う二つの影。
 淡いベージュのカーペットを敷き詰めた床には、透けるような薄いスリップとお揃いのブラジャー、ショーツが乱れ落ちている。
 祐に組み敷かれた状態で今、早苗は彼を無心に見上げていた。
 祐が顔を近づけ、コツンと早苗の額に軽くぶつけた。
「本当に良いのか?」
 早苗は何も言わず、彼の眼をしっかりと見つめ返して頷いた。たとえ言葉はなくても、彼はきっと、この無言のメッセージをきちんと受け止めてくれるはずだ。
「判った」
 祐は微笑み、早苗のすんなりとした両脚を大きく開かせ、片脚を持ち上げて自分の肩に乗せた。
 

「ツっ」
 時折、痛みに眉を寄せる早苗を見て、祐が早苗を不安げに見下ろして言う。
「本当に良いのか? 初めてなんだから、無理をするなよ」
 早苗は既に応えるだけの気力も体力もなく、ただ彼を真下から見上げるばかりだ。
 応えの代わりに、ただ淡い微笑を送っただけだった。
「早苗」
 もう、離せない。その時、早苗に祐の心の叫びが届いたとしたら、そんな声が聞こえたに違いない。
 祐の動きが烈しくなる。次第に烈しくなってゆく男の愛撫に翻弄されるながら、早苗はただ声もなく祐にしがみついていた。
 痛みが走る度に、早苗の心が呟く。
 止めて、止めないで。
 冬の嵐がはんなりと色づいた花びらを散らす。祐に抱かれながら、早苗の瞼の向こう側では、咲き誇る大輪の花がはらはらと花びらを散り零していた。

 睫を震わせ、早苗は眼を開いた。室内の温度が少し下がったのか、被っていた上掛けから出た途端、寒気が一挙に全身を包んだ。思わず身を震わせ、背後を振り返る。
 祐は早苗がたった今まで横たわっていた場所に身を寄せるようにして眠っていた。
「とうとう、お別れが来ちゃったんだ」
 早苗は声を震わせ、手を伸ばした。躊躇いがちに伸ばした手は、祐の少し乱れた前髪に触れ、力なく落ちた。
 裸の肩が剥きだしになっていたので、上掛けを寒くないようにと肩まで引き上げてやる。
 こんなことをしてあげられるのも、これが最初で最後。そう思えば、自分で決めたことなのに余計に泣けてきた。
 早苗は左手の薬指から指輪を外した。祐が贈ってくれたプロポーズの証を彼に抱かれている間中、ずっと填めていた。
 だけど、これは私のものではないから、ここに置いてゆくね。
 さよなら、あなたは好きになってはいけない男だから、私はあなたの前からいなくなります。
 ベッドから降りた瞬間、下半身に激痛が走り、思わずくずおれそうになった。
 それでも、後悔はなかった。ずっと守ってきたものを大好きな男に捧げられた。
 下半身の汚れだけを簡単に落とし、早苗は身体をタオルで拭いて服を着た。
 シャワー室の鏡が湯気で曇っている。早苗は曇った小さな鏡を手で無造作にぬぐい、化粧ポーチから口紅を出した。ローズピンクの口紅で鏡に書いた文字は―。
 部屋を出る間際、最後にもう一度だけ、振り返って祐の寝顔を見た。
「さよなら」
 ドアを閉めた瞬間、これで終わったのだと思った。〝フローラ〟の事務所にも寄らなかった。祐に抱かれて報酬を貰うなんて、到底耐えられなかった。
 私は彼に身体を売ったわけじゃない。だから、お金なんて要らない。
 今日に限って、木内が〝契約時間〟の二時間を過ぎても迎えにこなかったことも、このときの早苗には気づくゆとりはなかった。
 事務所の前を通り過ぎ、後は一目散に走った。
 後悔なんかしない。自分で決めたことだから。なのに、何で、こんなに哀しくてやりきれないのだろう。涙が止まらないの?
 シンデレラは舞踏会の夜、お城の階段にガラスの靴を置き去りにしていった。物語では、彼女は慌てていたために靴が脱げても逃げるように走り去ったのだというけれど、果たして本当なのだろうか。
 もしかしたら、シンデレラは愛の証として靴を残したのではないのかしら。それなら、私は彼に何を残したのだろう。
 彼がプロポーズの記念として贈ってくれた指輪?
 いいえ、そうではない。私が彼に残したのは眼に見えないもの、心だ。
 でも、心を置いてゆくのは、きっと彼には負担になる。だから、置いてゆこうと思ったけれど、やっぱり心も持っていこう。いつか彼にふさわしい女性が現れた時、彼が困らないように。