韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~朝鮮の王妃は楊貴妃のように色香で国を傾ける女だな | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】第二部
 ~炎月ー紫苑の花の咲く頃には~ 
☆美しき中殿キム氏は清国皇帝の心さえ動かす!
清国から嫁いだ華嬪の哀しい最後から一年、哀しみを秘めたまま、セリョンとムミョンは国王、王妃としての日々を過ごしていた。
そんなある日、清国からの私的使節団が極秘に朝鮮入りしたとの情報がもたらされた。しかも、中には皇帝も紛れているという。何故、今になって皇帝が? 
揺れる朝鮮王宮、更にセリョンが町中で助けた謎の老人の正体は?
ーそなたが欲しいのだ、セリョン。
後宮に百人の妃嬪を持つという女好きの皇帝がセリョンを欲しいと言いだした。
朝鮮の王宮に新たな嵐が吹き荒れる! 
更に、セリョンに新たな生命が芽生えー。
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 突如として放たれたひと言は、英宗に向けて鋭い矢のように飛んできた。
 川面に秋の陽差しが乱反射して煌めいている。英宗は川面で踊る光に少し眼を細めた。
「あなたは一体、どなたなのですか。まさか」
 公望がしたり顔で肩を竦めた。
「隣の国からやって来た老いぼれの皇帝とでも言ったら、何とする?」
 この瞬間の想いを何と形容すれば良いのか。ずっと後になっても、英宗は応えようがなかった。やはりという納得とまだ信じられないという懐疑心が複雑に入り乱れていた。
 半ば想定していたとはいえ、あまりのなりゆきに声も出なかった。
 初対面から皇帝は実に淀みない朝鮮語を話していた。清国鈍りは一切なく、生粋の朝鮮人よりもなめらかな言葉だったから、言葉の問題も彼の判断を鈍らせた一因ではあった。
「皇帝陛下」
 英宗がスと立ち上がり、跪こうとする。公望が制した。
「大仰なことは嫌いだ。第一、儂は清で布問屋を営む店の気楽な隠居ゆえ」
「覚公望、お名前の意味が漸く判りました」
 代々の清皇帝、お呼びその一族は〝愛新覚羅〟姓を名乗る。ゆえに〝覚〟で、趣味の太公望から〝公望〟と来たわけだ。まったく、人が悪い。どうやら、この皇帝、噂どおりのなかなか食えない老人のようである。
 公望ならぬ清国の皇帝は英宗を真正面から見つめた。穏やかな表情だが、双眸は笑ってはいない。むしろ冷ややかな光を帯び、若きこの国の王の器を値踏みしてやろうという気持ちはあからさまだ。
 皇帝が細い眼を更に細めた。
「儂はそなたの真意を確かめるために来た」
「俺の真意、ですか?」
「そうだ」
 皇帝もまた水面に視線を向ける。川は相変わらず陽差しを弾いて光り輝いていた。時折、銀色に光る魚影が煌めく水面を素早くよぎってゆく。
「何故、そなたを一途に慕う孫を邪険にしたのか、朝鮮の王よ」
 皇帝がつと視線を動かし、彼を見た。その強い光を放つ細い眼(まなこ)は少しの偽りも許さぬと告げている。
「俺は」
 英宗は躊躇った。邪険というなら、確かに華嬪がこの国に来たばかりの頃、彼は彼女に対して邪険だった。また華嬪の方も大国の威信を背負って輿入れしてきた気負いからか、権高にふるまう鼻持ちならない姫であった。
 しかし、華嬪を実の孫よりも鍾愛していたという皇帝の前で、いかに何でも事実をありのままに告げられるものではない。
 言葉を選んでいる彼に頓着せず、皇帝は淡々と言った。
「そなたが孫に冷たく当たったのは、既に意中の女がいるせいだと聞いた。いわば、その女のせいで、孫はそなたに疎まれた。そなたの心を独り占めにしている年若い王妃とは、どんな娘なのか知りたかった」
 そこでフッと笑う。
「他の女は一切要らぬ寄せ付けぬとまで言わせた女だ。聞けば妓房で生まれ育った妓生の娘だというではないか。されば、男の心をひき付けて籠絡するのなぞ朝飯前であろうと思っていた。年は若くとも、とんだあばずれではないかと。そのような男を惑わす手練手管を知り尽くしたあばずれに、皇女として育った世間知らずの孫が勝てるはずがない。そんな風に思っておったのよ」
 皇帝は長い息をついた。
「ところが、儂が町中で出逢った娘は、噂とは似ても似つかなかった。道端で行き倒れそうになっている儂を親身になって心配し、介抱した挙げ句、宿まで送り届けてくれた。その後もわざわざ手料理まで持って訪ねてきた。お人好しと言えなくもないが、綺麗な心を持っている。しかも利発で頭の回転も速く、優しい。美しさは並みではないな。儂の後宮にはたくさんの女がいるが、セリョンには敵わないだろう。清らかでありながら、不思議と男を惑わせる色香がある。ああいう女を男を狂わせる魔性というのであろう―、かつて我が国が唐といっていた時代、玄宗皇帝を骨抜きにし、安禄山の乱を招いた楊貴妃もセリョンのような可愛い娘であったのやもしれぬ」
 ムミョンは両脇に垂らした拳に力をこめた。
「お言葉ですが、陛下。我が妻を過分に褒めて頂くのは嬉しい。ですが、セリョンを男を惑わせる魔性だと決めつけ、国を傾けた楊貴妃と一緒にするのと止めて頂きたい」
 皇帝が嗤うように言った。
「違うのか? 現に、そなたはセリョンの色香に溺れきって、儂が嫁がせた孫を冷遇した。清国の皇帝の孫を娶っておきながら、その孫を冷遇して泣かせ哀しませることが朝鮮にとってどんな意味を持つか、王として思い至らなかったとでも?」
 英宗は軽く唇を嚼んだ。
「皇女のことについては、弁解のしようもありません」
「いや」
 皇帝は英宗に最後まで言わせなかった。
「そなたを責めているわけではない。むろん、最初はそのつもりできた。どうして大切な可愛い孫を苦しませ泣かせ、心淋しく逝かせたのだと詰るつもりだった」
 老いた為政者の眼光に鋭い光が閃く。
「仮に、そなたがすべての責任を誰かのせいにして逃れるような真似をすれば、儂はすぐに清に引き返して大軍を率いてこの国を攻めたであろう。儂が何も知らぬとは思うてはおるまいな、朝鮮王よ」
「沈尚宮がすべてを報告していたのですね」
 華嬪の乳母でもあった沈尚宮は華嬪の死後、数ヶ月で本国に帰った。華嬪を我が子も同然に思っていた沈尚宮なら、朝鮮の後宮で起こった一切を皇帝に話していたとしても不思議はない。
 果たして、〝あのこと〟を沈尚宮は皇帝に話しているのだろうか。華嬪と英宗が真の意味では褥を共にしておらず、華嬪の死因が懐妊による体調悪化だというのも大きな偽りなのだと。
 あれは朝鮮の国家機密ともいえる問題である。今の時点で皇帝が真実を知っているなら、朝鮮に未来はない。
 若いが剛胆で知られる王も、このときばかりは嫌な汗が背中にうっすらと滲んだ。
 皇帝がどこまでを知るか判らない今、下手にこちらから喋り過ぎて余計な情報を相手に与えるのはまずい。
 英宗は口をつぐみ、まずは皇帝がどう出るか静観の構えを取った。
「孫からそなたの愛を奪った憎い朝鮮の王妃、儂はむしろ、そなたよりはそなたに愛された王妃を憎んだ」
 皇帝の冷え冷えとした口調に、英宗は肌が総毛だった。やはり、大国に何十年にも渡って君臨してきた男は、自分などの若造とは経験も器が違いすぎた。
「だが、実際に王妃を見て、そんな気持ちも失せた」
 英宗は注意深く皇帝の変化を見守った。
「優しい娘(こ)だ」
 心なしか険しさを帯びた声音が幾分やわらいでいる。
「美しく賢く、しかも心優しい。あのような女が側にいれば、世間知らずで甘えることしか知らない孫の出る幕はなかったろう」
 皇帝の話はまさに痛いところを突いている。英宗がセリョンとの約束を守ろうとして、結局、華嬪の恋情に応えなかったのは紛れもない真実なのだから。
 彼はしばらく言葉もなかった。
「私の力が至らなかったことについて、心から謝罪致します」
 だから、彼はひたすら謝るしかない。華嬪を心淋しいままに逝かせてしまった罪は、男として、いや一人の人間として一生我が身が背負うべきものだ。
「孫は朝鮮でどのように過ごしていた?」
 唐突な問いに、英宗は眼を瞠った。慎重に言葉を選びながら話す。
「そう―ですね。庭園を散策するのが好きでした」
「ホウ、そうか」
 皇帝の険しい眼許が一瞬和んだ。彼は幾度も納得するように頷いた。
「さもあらん。小紅は花を愛でたゆえ、清でもよく王宮の庭園を散策していた」
 遠い瞳は、可愛がった孫の在りし日を思い浮かべているのだと判る。
「陛下のお話も皇女からよくお聞きしました」
 英宗の言葉に、皇帝が眼をまたたかせる。
「小紅が儂の話を? それは意外だな」
「畏れながら、誰もが恐れる陛下の素顔は、とても茶目っ気たっぷりで、わざと人をからかって相手が慌てるのを見ると歓ばれるとか」