韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~セリョンは謎の老人と急接近。行方不明の皇帝はどこに | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】第二部
 ~炎月ー紫苑の花の咲く頃には~ 
☆美しき中殿キム氏は清国皇帝の心さえ動かす!
清国から嫁いだ華嬪の哀しい最後から一年、哀しみを秘めたまま、セリョンとムミョンは国王、王妃としての日々を過ごしていた。
そんなある日、清国からの私的使節団が極秘に朝鮮入りしたとの情報がもたらされた。しかも、中には皇帝も紛れているという。何故、今になって皇帝が? 
揺れる朝鮮王宮、更にセリョンが町中で助けた謎の老人の正体は?
ーそなたが欲しいのだ、セリョン。
後宮に百人の妃嬪を持つという女好きの皇帝がセリョンを欲しいと言いだした。
朝鮮の王宮に新たな嵐が吹き荒れる! 
更に、セリョンに新たな生命が芽生えー。
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 国境を越えて以来、行方を絶っていた使節団が存在を示したのは昨日のことだ。一行は都に居を構える清国人、祖大徳という豪商の屋敷に身を寄せてるいるという。大徳は朝鮮に来てもう二十年近くになる大商人である。
 今も時折、清に絹の買い付けに帰ったりしていて、清の王族や高官に知己も多い大物の商人だ。最初、使節団は滞在先やその存在を朝鮮側に知らせるつもりはなかったようなのだが、やむをえず通告してきたのは
―皇帝陛下のおん行方が知れず。
 という理由からだった。
 むろん、清側だけでなく朝鮮側も動揺は烈しかった。大国の皇帝がお忍びでやってきたどころか、お供の者たちとはぐれて失踪した―、まさに前代未聞の失態である。
 ムミョンからすべての事情を聞かされ、セリョンも流石に言葉がなかった。これで皇帝に何か災いが起きれば、一年前の華嬪逝去どころではない大騒動になる。
「一刻も早く、皇帝陛下の行方を突き止めなければならないわね」
 セリョンの言葉に、ムミョンも頷いた。
「使節団側は懸命に皇帝の行方を追っている。従って、朝鮮側にも皇帝を探して欲しいという依頼が来た」
 そのために、本来はお忍びで来たはずの使節団が朝鮮にその存在を明らかにしたのだと判る。
「良い歳をした大人が誘拐されるということもなかろうが」
 ムミョンが呟くと、セリョンが続きを引き取った。
「皇帝陛下は自分から姿を消したのかしら」
 ムミョンがギョッとしたようにセリョンを見る。
「まさか。何故、皇帝がそんなことをする必要がある? 苛烈とはいえ、齢六十を超えた老人だぞ? 一人では狼藉者に遭遇したとしても、身を守るにも心許なかろう」
「確かに、黙って一人で姿を消す理由が考えられないわよね。それにしても、生命を狙う者まではいないとしても、ご老人なら病気や怪我をするという心配もなくはないわよね。手遅れにならない中に探し出さなくては」
「そこだ。清側は皇帝が黙って姿を消したというが、ほんの気まぐれで抜け出した隙に怪我でもして動けなくなっているとしたら、これはこれで由々しき事態だしな」
 ムミョンは大きな息を吐き、首を振った。
「まったく、皇帝も厄介な騒動を起こしてくれたものだ」
 清は朝鮮が臣従している宗主国である。その大国の皇帝が朝鮮に来て行方不明とは、また何とも深刻なことになったものだ。ムミョンの言うように、皇帝の身に危険が迫る前に、何とか探し出して身柄を保護しなければならない。
 セリョンもまた朝鮮の王妃として、見過ごしにはできない国の危機である。その夜、ムミョンはセリョンに触れることもなく、二人はそれぞれの想いを胸に朝まで眠れない一夜を過ごした。
 
 
 その日、セリョンは町外れの食堂兼宿屋を訪ねた。ムミョンから清皇帝が行方知れずになったと聞いて、二日が経過している。
 その日の朝、セリョンは自ら水刺間(スラッカン)に立ち、鶏のキムチ蒸しを拵えた。王のために王妃が厨房で腕をふるうのはさほど珍しいことではないため、女官たちも心得たものだ。
 彼女らは、王と王妃の鴛鴦夫婦ぶりを微笑ましく眺めるのだった。一年前、清の皇女が後宮入りし、初めて国王が側室を持った。それまで王の寵愛を一身に集めていた王妃がたちまち寵愛を失い、年少の側室が王に熱愛され始めると、国王夫妻の仲は急速に冷えた。
 当時は王と王妃の夫婦仲は険悪になりきり、修復は不可能かに見えたが、王に愛されていた側室華嬪が急逝し、王の関心と愛は再び王妃に戻った。―と、女官たちにはそのように見えていた。
 華嬪と国王が真の意味で夫婦ではなかったことは、英宗とセリョン、後宮の責任者たる提調尚宮以下、数名の尚宮たちのみしか知らない。いわば国家秘密である。英宗が華嬪に一指も触れていないと知れば、懐妊が虚偽であったことも露見、皇帝は激怒するに違いない。
 後宮の者たちは、薄幸にして異国で散った王女を気の毒には思った。一方で、慈悲深く徳の高い我が国の王妃が王の寵愛を取り戻して何よりと心から安堵した。王妃は権高なところもなく、下級女官にまで親しく声をかけ優しい気遣いを示してくれる。既にセリョンは後宮中の女たちの心を王妃として掌握し、まだ二十歳の若い王妃を慕う者は多かった。
 この場に王妃の腹心中の腹心、イ・ホンファがいれば、今朝の王妃の様子が少し違うことに気づいたはずである。ホンファは中宮殿の筆頭女官であり、セリョンとは姉妹のような関係でもある。華嬪がムミョンの寵愛を独り占めしていたかに思えていた時期、時に嫉妬や絶望、哀しみに打ちひしがれていたセリョンを側でしっかりと支えてくれた。
 現在、この頼もしい女官は休みを取って実家に戻っている。叔母に当たる養母が体調を崩して伏せったためだ。ホンファは下級官吏の娘ということで入宮しているが、実は近郊の小さな農村で生まれ育った平民だ。セリョンもそのことを知ったのはつい一年前である。
 農村から都に女中奉公に来た叔母が当主に見初められ、側室から正室になった。跡継ぎがないその家に利発なホンファが見込まれて養女に入ったのだ。
 ホンファの眼はごまかせないけれど、他の者なら王妃が今日も王のために腕に寄りをかけてご馳走を作るのだと信じて疑わないはずだ。セリョンは鶏のキムチ蒸しを小さな鍋に入れ、風呂敷で包むと例の胸の発作に効く薬も多めに持ち、宮殿をこっそりと抜け出した。
 十代の頃なら身軽に塀を乗り越えていただろうが、流石に今はそれはしない。両班の若夫人らしい身なりに着替え、頭から外套をすっぽりと被る。後は偽の女官としての名札(身分証明書)を持ち、堂々と正門から町に出るのがいつもの手順である。
 この名札には〝ハン・チェギョン〟と架空の女官の身分証明がされており、この偽名はかつてセリョンがムミョンの頼みで後宮で起きた殺人事件を調査するために後宮に潜入したときに使ったものだ。ホンファとはその頃、相部屋になり親しくなったという経緯がある。
 セリョンは鍋と丸薬の入った風呂敷を大切そうに抱え持ち、町外れの宿屋へ向かった。
 露台には男たちが三々五々に散らばり、美味そうに食事をしている。そろそろ昼時なので、これから食堂は込む時間帯だ。
 露台の向こうにひっそりと建つ建物までは、客たちの喧噪は届いてこない。右から二つの離れの扉の前に佇み、小声で呼びかけた。
「もし、いらっしゃいますか」
 ほどなく内側から両開きの扉が細く開いた。
「おう、そなたか」
 老人は嬉しげに眼を細め、扉を大きく開いた。
「入りなさい」
 促されるままに室に入れば、狭い室内には簡素な箪笥と寝具、壁には半ば色褪せた小さな掛け軸がかかっているだけの侘びしさだ。
 寝具は丸めて脇に寄せてある。
「お邪魔じゃなかったかしら」
 セリョンが言うと、老人は笑った。
「むしろ退屈しておったところだ、来てくれて嬉しい」
「良かったわ」
 セリョンは老人の前に座り、風呂敷を解いた。老人はといえば興味深げにセリョンの手許を見ている。
「私が作ったの。ここの食堂の女将さんの手料理も美味しいことで有名だから、到底及ばないとは思うけど」
「ホホウ、そなたが自ら腕をふるってくれたのだな」
 彼は幾度も頷き、鍋の中を見て歓声を上げた。
「これは美味そうだ」
 セリョンは一旦外に出て、女将から借りた器と箸を乗せた小卓を運んできた。手慣れた様子で蒸し鶏を器に盛り、小卓に乗せる。その他にも炊きたてのご飯が白い湯気を上げている。 
「あれから具合はどう? 胸は痛まない?」
 祖父に対するように親身になって訊くのに、老人は破顔した。
「調子は悪くない。発作も一度も起きてはおらんよ」