韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~朝鮮に来て初めて幸せになれたー華嬪の言葉に王妃号泣 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説  寵愛【承恩】第二部
   ~100日間の花嫁~
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 華嬪が人差し指で涙をぬぐいつつ言った。
「ごめんなさい、いきなり泣き出したりして。でも、私、嬉しくて。今、あまりにも幸せだから」
「幸せ?」
 セリョンが小首を傾げると、華嬪は大きく頷いた。
「清国で私は皇帝陛下に可愛がって頂いたけれど、本当の家族とはいえなかった。お祖父さまには大勢の孫がいたし、私は本当の孫ではなかったから。いつも一人ぼっちのような気がしていたの。でも、朝鮮に来て初めて家族ができた。お姉さまとお兄さま。国王殿下と中殿さま、お二人が私にとても優しくして下さったから、私、とても幸せだった。清にいるときより、朝鮮で暮らした短い間の方が幸せだったのよ」
 セリョンは気づいた。華嬪は既に〝だった〟と過去形で自らの話をしている。セリョンにまではまだ華嬪の病状の詳細は届いていないが、眼前のこの少女の病が重いのはセリョンにも判る。あれほど白かった顔色が今日は心なしか黒ずんでいる。相当調子が良くないのだろう。
 もしかしたら、華嬪は自分が余命幾ばくもないのを悟っているのかもしれない。聡明な娘だから、誰に言われずとも自らの生命の終わりを知ったとしてもおかしくはない。
 セリョンは手を伸ばし、華嬪の小さな手を両手で包み込んだ。
「幸せだったなんて、哀しい言い方をしないで。早く元通り元気になって、一緒にお散歩をしましょう」
「中殿さま」
 華嬪の黒い瞳にまた涙が滲む。
「あまり起きていて疲れるといけないわ。そろそろ横になりましょうね」
 それこそ姉のような口調で言うと、華嬪は大人しく布団に入った。
 上掛けがめくれているのを整えてやっていると、華嬪が甘えるように言う。
「お願いがあるの」
「なあに?」
「子守歌を歌って」
 ほどなく室内を澄んだ歌声が流れ始めた。そういえば、華嬪はかつてセリョンが歌うこの子守歌を聴いて泣いた。そのときも華嬪を泣かせてしまったのかと狼狽え、華嬪が恥ずかしげに嬉しいから泣いたのだと応えたのだ。
「ウサギが乗っているのは月の船。蒼い大海原を走る、走る。月の船はどこへゆく、我は知らぬ、どこへゆく。月の船はどこへゆく、我は知らぬ、どこへゆく」
 二番まで歌い終えた時、既に華嬪は眠っていた。やはり疲れたに違いない。
 しばらく寝顔を見守ってから、セリョンは華嬪の病室を辞した。中宮殿までの道すがら、セリョンもホンファもひと言も発しなかった。
―でも、朝鮮に来て初めて家族ができた。お姉さまとお兄さま。国王殿下と中殿さま、お二人が私にとても優しくして下さったから、私、とても幸せだった。清にいるときより、朝鮮で暮らした短い間の方が幸せだったのよ。
 既に哀しい覚悟をしている華嬪の心根があまりに切なかった。実のところ、セリョンは華嬪が倒れてから、ずっと見舞いに来たいと考えていた。けれども、立場上、セリョンは華嬪の敵対者(ライバル)だと周囲は穿った見方をしている。
 華嬪に仕える者たちの中にも、中殿たるセリョンをけして良く思わない者は多いはずだ。来たくても来て良いものかどうか迷っていたところ、ムミョンから後宮女官長を通じて華嬪に逢って欲しいと言ってきたのである。
 セリョンはひたすら奇跡を願った。わずか十五歳の少女は今まであまりに幸薄すぎた。たとえ豪奢な衣装に身を包み皇帝の孫だとかしずかれても、きっと清国では淋しく過ごしていたのだろう。
 そんなあの娘が逝くなんて、神仏はあまりに残酷すぎる。どうか天地神明の神よ、華嬪さまを連れてゆかないで。天に召さないで下さい。
 セリョンはその日から夜になると中宮殿の前に小さな祭壇を設(しつら)え、白一色の衣装で祈りを捧げた。むろん、華嬪の快癒を祈ってのものだ。
 ホンファは何も言わず、懸命に祭壇に向かい祈願するセリョンを側で見守った。祈願を始めて三日目の夜も、セリョンは一心に祈っていた。だから、内官一人を連れて訪ねてきたムミョンが邪魔にならないように、そっと引き返したのを知る由もなかった。
 
 英宗がセリョンの祈祷する姿を見た夜、華嬪は珍しく気分も晴れやかで体調も良かった。彼女は褥に身を起こし、乳母の沈尚宮と向き合っていた。
 乳母は今、小卓を運んできたばかりだ。華嬪が頼んだ林檎を切り分けた皿が載っている。
 沈尚宮は程よい大きさに切り分けた林檎を串に刺し、華嬪に差し出した。
「よろしうございました。ここのところ、めっきりと食が細って、お痩せになってしまいましたから」
 林檎が食べたいと告げたときの乳母の表情を、華嬪は改めて思い出していた。今にも泣き出しそうな顔は、歓びからくるものだと判っていた。
「ですが、私からもお願いがございます。林檎を召し上がったら、今夜ばかりはちゃんとお薬を飲んで下さいませね」
 沈尚宮が我が儘な駄々っ子に言い聞かせるように言うのに、華嬪は小さく笑った。
「はいはい、判ったわ」
 三日前から、華嬪は一切の薬湯を絶った。最初、沈尚宮は華嬪を諫め、ついには泣いて懇願した。
―お願いですから、お薬を飲んで下さい。
 けれど、華嬪は微笑んで言ったのだ。
―自分の生命がいつまでかくらいは私にも判る。私には、生命と引き替えにしてでも叶えたい願いがある。どうせ長うない生命ならば、薬絶ちをしても神仏に願いたい。
 その願いというのが何なのか、華嬪は信頼し母とも慕う乳母にも語らなかった。
 林檎を二切れ食べた後、華嬪は乳母の望み通り、薬湯も飲んだ。先のない生命と引き替えにしても叶えたい願いはあれど、長年仕えてくれた乳母の切なる望みを無下にはできなかった。
 沈尚宮は涙を流さんばかりに嬉しげに華嬪を見守っている。
 華嬪は室の片隅を指した。
「あの文箱を取ってくれ」
 見事な螺鈿細工の違い棚にこれまた螺鈿で梅花が象嵌された文箱がある。沈尚宮はすぐに文箱を取ってきた。華嬪は文箱を受け取り開き、小さな紙片を取り出した。
「これをそなたに」
 差し出したのは栞である。華嬪が自ら大好きな姫金魚草を押し花にしたものだ。栞には花と同色の薄紅色のリボンがあしらわれている。
 刹那、沈尚宮は眼を見開き、愕然とした顔で華嬪を見つめた。
「姫さま、これは一体」
 何故、手作りの栞を今このときに賜ったのか、沈尚宮は理解に苦しむ様子だ。〝華嬪さま〟と呼ぶのも忘れてしまうほど意表を突かれたようである。
 華嬪は微笑んだ。
「そなたには世話になった。玉の帯飾りか何かとも思うたが、赤児の頃から世話になったそなたに形見として贈るのは、手作りのものが良いと考えたのだ」
 沈尚宮が気の毒なほど狼狽えた。
「何を仰せられます、姫さまはこんなにお元気でいらせられるのに、形見だなどと不吉なことを仰せられますな」
 華嬪はかぶりを振った。
「自分の寿命は自分が一番よく知っている。沈尚宮、そなたには申し訳ないが、既に我が生命は尽きかけている。明日からはそなたがいかほど頼もうと薬湯は飲まぬ」
 沈尚宮が涙を滲ませた瞳で訴えた。
「姫さまがお生命にも代えて願うという願いは、何なのでしょうか。もし私めが代わりにお願い事をさせていただけますならば、私が姫さまの代わりとして食を絶ってでも願いますゆえ、どうぞ姫さまは御医の処方されたお薬をお飲み下さいませ」
「そなたには申し訳ないと思うが、こればかりは譲れぬ」
 華嬪がきっぱりと言い、沈尚宮は肩を落として小卓を持ち室を出ていった。