韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~私はお邪魔虫ー涙眼で訴える幼い妻を王は優しく抱いた | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 100日間の花嫁
~「寵愛【承恩】~第二部
第一部で初恋を実らせ、ゴールインしたムミョンとセリョン。お転婆で涙もろい遊廓の看板娘が王妃になった! 新婚蜜月中の二人にある日、突然、襲いかかった試練。何と清国の皇女が皇帝の命で朝鮮王の後宮に入ることに。ー俺は側室は持たない。
結婚時の約束はどうなる?しかもセリョンが降格の危機に。しかも、若い国王の心が次第に側室に傾き始めて?
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 視界に映るのは、セリョンと同様、予期せぬ場所で思いも掛けない人に出会った愕きを露わにしている国王と彼の現在の想い人だけ。
 また烈しい雷鳴が静寂をつんざいた。雨脚はますます烈しくなる。風もいっそう強くなり、周囲の樹々の梢が唸りを上げる風に揺れていた。
「怖い」
 華嬪がムミョンの腕の中に飛び込んだため、彼は仕方なく―というより、茫然としているあまりほぼ無意識に華嬪を抱きしめていた。けれど、セリョンには、彼が轟く雷から、いや、彼女に仇なすこの世のすべてのものから可憐な少女を守ろうとしているように見えた。
 雷鳴が絶えた後は、息苦しいほどの静寂が狭い空間に満ちていた。セリョンとムミョンはただ黙って見つめ合っていた。
「殿下、私、雷が子どもの頃から苦手で」
 満更王の気を引くための演技ではないようで、華嬪はか細い身体を本当に震わせていた。
「大丈夫だ、朕(わたし)がおるゆえ安心せよ」
 ムミョンは年長者らしく鷹揚に華嬪を宥めている。 
 と、ひときわ大きな雷鳴が間近で響いた。
キャッと華嬪が悲鳴を洩らし、ムミョンに強く抱きつく。王の逞しい手は華嬪の細腰に回っていた。雷鳴が轟いた瞬間、その場がひと刹那の明るさを取り戻した。閃光が四阿の内を照らし出し、華嬪を抱き寄せるムミョンの姿を克明に浮かび上がらせる。
 セリョンはまたたきもせず抱き合う二人を見つめた。到底見ていられない。そう心の声を聞いた途端、セリョンはまだ烈しく降る雨の中に飛び出していた。
「中殿さまっ」
 ホンファが慌てて追ってくるのにも振り向かず、ただ雨の中をひた走る。遠くで誰かが懸命に呼び止めているのが聞こえた。あの声はホンファではない。けれども、もう、そんなことはどうでも良かった。今はただ、あの二人を見ていたくない。いや、いっそのこと我が身をこの世から消してしまいたい。
 セリョンは走りながら泣いていた。すぐに雨に濡れてしまったため、頬をつたい落ちるのが雨なのか涙なのかさえ判らない有り様だ。中宮殿に着いた時、セリョンもホンファも全身濡れ鼠と化しており、出迎えた筆頭尚宮が顔色を変えたのは言うまでもない。
 セリョンはすぐに温かな風呂に浸からされ、大事を取って床に入らされた。
 清潔な乾いた寝床の中で、セリョンは声を殺して泣いた。眼を閉じても四阿で見たあの光景が甦った。眩い雷光に照らし出された王と華嬪、ムミョンは王衣を脱いでまで、華嬪を雨に濡らすまいとしていた。
 華嬪は健気なほど一途に王を慕っている。抱き合う二人の間には最早、何人も立ち入る隙はないように見えた。
 今日ばかりは刺繍の蓮花を見ても、心を落ち着かせることは難しい。何を見ても、眼裏にはあの抱き合った二人が浮かんでしまう。
 セリョンはいつしか泣きながら眠りに落ちていた。
 ホンファは後で筆頭尚宮からお説教を食らったらしい。
 セリョンの向こう見ずな行動がホンファの過失となってしまったのだ。セリョンはホンファに両手を合わせた。
―私の無謀さがあなたの責任になってしまったわね、本当にごめんなさい。
 ホンファはいつものように笑っただけだ。
―畏れながら私が中殿さまのお立場だったとしても、あの場にはいられなかったと思います。中殿さまのお心も拝察申し上げますし、もし中殿さまの御身に何かあったときは尚宮さまがすべての責めを負われることになりますゆえ、尚宮さまがまたお怒りになるのも無理はないと存じますよ。
 まったくホンファには頭が上がらない。セリョンは改めて思ったのだった。
 
 
 同じ日の夜。
 王宮殿の寝所では、広い寝台に英宗と華嬪が並んで横たわっていた。二人とも純白の夜着姿で、王の大きな手と華嬪の小さな手はしっかりと繋ぎ合わされている。
 今、寝台を取り囲む薄物の帳はすべて降ろされた状態だ。
 枕許では時々、ジジと蝋燭の炎が揺れた。どこからか風が入ってくるのだろう。龍が浮き彫りになった蝋燭は国王のみが使うものだ。灯火に照らされた室内には静けさが満ちていた。
 王が好む薄蒼色の垂れ絹が室の周囲にも、寝台の帳にも使われている。そのため、寝所はまるで深い湖の底にでもいるように蒼く染まっていた。王がこの色を好むのは実のところ、彼の左眼と同じ色だからなのだけれど、床を共にしている華嬪は彼の本当の姿を知らない。
 彼がありのままの自分を唯一さらせる女は、この世でただ一人しかいない。なので、彼は今、昼間同様、革の眼帯で左眼を隠している。
「―殿下?」
 消え入りそうな声音で呼ばれ、ムミョンは閉じていた眼を開けた。
「何だ?」
 寝台を覆う天蓋から視線を動かせば、少し距離をおいた華嬪の黒いひたむきな瞳と眼が合った。
「済みません、起こしてしまいましたか?」
「いや」
 相変わらず手を繋いだままの体勢で、ムミョンは身体をわずかに傾け華嬪の方を向いた。
「何か話したいことでも?」
「昼間のことです」
「―」
 ムミョンは咄嗟に応えられなかった。よもや華嬪の口から、あの出来事が出ようとは想像だにしなかったからだ。
 華嬪も身体をこちらに向けた。
「私、雷が怖くて夢中で、あの場に中殿さまがいらっしゃるのも気づかなかったのです。殿下はあの時、中殿さまを追いかけてゆかれるべきではなかったのですか」
 いかにも率直なこの娘らしい言い方だ。何故、華嬪が雨の中、逃げるように四阿から飛び出したセリョンを気に掛けていないなどと考えたのだろう。
 華嬪、紅櫻花(ホンインファ)という少女は一見、勝ち気で我が儘なようだが、中身は優しくて甘えたがりの稚い素顔が隠れている。清国の皇帝に溺愛されて育ったせいか、気随気儘ではあるが、けして愚かではない。人の心の機微を読み、他人を思いやることができる。
 正しく教え導いてやれば、それこそ国母にもなれるだけの器を備えた少女であると判っていた。そんな彼女が取り乱した様子のセリョンを心配しないはずはないのに。
「さりとて、そなたをあの場に一人残してはゆけぬ」
 それもまた真実ではあった。傘も持たずにいる華嬪を四阿に残してセリョンを追いかけることもできなかった。それでなくても身体が弱く度々熱を出す華嬪だ。今日、雨に濡れて風邪を引かなかったのは不幸中の幸いだった。
「申し訳ございません。私のため、殿下と中殿さまの間に溝ができてしまいましたね」
 華嬪の沈んだ声音に、ムミョンは彼女の手を包み込んだ自らの手に力を込めた。
「そなたが気に病むことはない。すべては運命のなせるわざだ」
「運命というならば、殿下と中殿さまが出逢われたことこそが運命的なものだった―と、後宮の女官たちは皆、申しております」
「皆がそのような噂をしているのか?」
 興味深く思って訊ねると、華嬪が微笑んだ。
「王妃となるのはあの方でなければ生涯独身を貫くと領議政に宣言なさったとか」
 ムミョンは吹き出した。確かに若気の至りで、そんなことを口走ったこともあった。周囲があまりにしつこく王妃冊立を勧めるため、半ば自棄で言ったにすぎないのだが。あの頃、まだセリョンという恋人の存在さえ、公にはされておらず、誰もが若き王にはひそかに想う両班の令嬢がいるのだとしか受け止めていなかった。
「妓房で生まれ育った方が一国の王妃に昇られたのです。よほど前世からの深い縁(えにし)でお二人は結ばれていたのでしょう」
 彼が黙り込んだので、華嬪は勘違いしたようだ。慌てて言った。
「私の申し上げ様がお気に召さなかったのですね。申し訳ありません」
「いや」
 ムミョンは笑った。