韓流時代小説 麗しの蓮の姫~愛、炎のごとく~彼女を他の男が抱くと想像するのは不愉快だー俺の嫉妬は | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 麗しの蓮の姫~愛、炎のごとく~

~あなたがいなくなったこの世界で、私はどうやって生きてゆけば良いの?~

都漢陽の一角に色町があり、そこには、たくさん妓楼がひしめいている。夜ともなれば、すべての妓楼の軒先に紅灯がともり、昼間の静けさとは全く別の艶やかで妖し世界が出現する。

 その妓楼の一つ翠月楼の女将の養女ジョンヨン(浄蓮)はその名のとおり、麗しい蓮の花のような美少女であった。身よりのない彼女は女将に引き取られて大切に育てられている。いずれは彼女自身も遊女として客に身を売る宿命にあった。
 そんなある日、ジョンヨンは彼女を気に入っている貴族の若様の宴に出ることになった。かねてからジョンヨンに眼をつけている若様は、女将に大金をちらつかせ、ジョンヨンの水揚げは是非、自分にさせるようにと交渉しているらしい。あんな男に抱かれることを考えただけで、鳥肌が立ちそうなジョンヨンだった。
 
 その宴の席で、ジョンヨンは一人、黙々と酒を飲む青年を見かける。鼻持ちならない若様の遊び仲間とは思えない落ち着いた雰囲気に、ジョンヨンはやけに惹かれるが。。。

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 父にとって、兄は結婚後、五年目に漸く授かった子であった。妻の身体を考え、父は出産に反対したにも拘わらず、兄の母は我が身の生命と引き替えにでも産みたいのだと訴え、父もやむなく赦したという経緯があった。
 もしかしたら、兄の凜とした潔さは、遠い昔に亡くなった生母ゆずりのものなのかもしれない。兄を生んだという先妻も、兄のように儚げだけれども、内に強さを秘めた女性だったのだろう。
 準基の母は、先妻の死後、嫁してきて準基を生んだ。従って、準基の母と兄には血の繋がりはない。
 母は甘やかされて育った両班の令嬢―その典型的なタイプの女だ。それでも、父よりはひと回り若く、非常に可愛らしい女性だったので―少なくとも外見だけは―、父は母の言いなりだ。
 世の中には後妻が継子を虐げるという話をよく聞くが、母はそれを地でいっていた。いや、父や世間の手前、露骨にはしないが、人眼のないところでは、はっきりと継子である兄と実子の準基を区別して扱っていた。
 準基は、幼い頃から、それが嫌で堪らなかった。
―兄上も私も同じ母上の子なのですから、どうか、もう少し兄上にも笑顔を見せて差し上げて下さい。
 頼んでも、母は冷たい微笑を浮かべるだけだ。
 準基が兄と自分の母が違う女人なのだと知ったのは、十歳を越えてからのことになる。それでも、準基の兄を慕う気持ちは少しも変わらなかった。〝兄上、兄上〟と、少し姿が見えないと、乳母を求める幼児のように屋敷中を探し回った。
 裏腹に、大好きな兄に冷淡な実の母は、次第に疎ましく思うようになっていった。
 母にしてみれば、準基が自分を嫌う原因は、兄にあると信じ込んでいたらしい。兄があることないことを幼い準基に吹き込んでいるのだと。
 準基が成長するにつれ、母の準基への可愛がり様は異様ともいえた。その分、継子である兄への風当たりは余計に強くなっていったのだ。
 この頃、母は兄を心底から憎んでいるのではないか。ふと、そう思うようになった。
 最も母を嫌悪する出来事は、準基が十二歳の冬に見た光景だ。ある夜、厠にゆこうと起き出した準基は見てはならぬものを見てしまった。
 そこは、普段から使用人しか使わぬ井戸があるだけの裏庭だった。簡素な祭壇を拵えて、白装束の母が一心に祈りを捧げていた。
 月もない闇夜、祭壇に並んだ無数の蝋燭が母の鬼気迫った形相を照らし出し、あたかも冥界からさまよい出た幽鬼のように見えた。
 翌朝、あそこで何をしていたのかと訊ねた準基に、母は優しい笑みで応えた。
―ミンソンの病が治るようにと天地神明(チヨンチシンミヨン)にお願いしていたのよ。
 しかし、準基はそんなことを真に受けはしなかった。母は明らかに嘘をついている―。
 兄に対しては辛く当たるか、無視するか、そのどちらかでしかなった母が今更、兄の病平癒を祈願するはずがない。
―あれは、兄上を呪い殺すための祈祷だったのだ。
 準基は、はっきり悟った。
 母は以前から、任家の家督を準基に継がせて欲しいと父に頼んでいた。が、幾ら母には甘い父でも、長幼の順は変えられぬと母の願いは届かなかったのだ。
 もし兄が早世すれば、任家は次男の準基が継ぐことになる。母が誰よりも兄の死を願っていたとしても不思議ではない。
 あの母の世にもおぞましい一面を見てしまってから十一年を経た現在、兄は寝たきりになってしまった。流石に父も長男ではなく、次男である準基に家督を継がせる気になったものの、当時はまだ、兄は烈しい運動さえ控えれば、殆ど普通に暮らしていたのだ。
 その意味では、母のあの呪わしい祈りは聞き届けられたといえるかもしれない。今でも、兄の病状がここまで悪化したのは、母のあまりにも深い怨念が原因かもしれないと本気で考えているほどだった。
 準基は、幼い頃から自分の顔が好きではなかったが、成長してからは見るのも嫌なほど大嫌いになった。母によく似たこの顔を鏡で見る度、反吐が出そうになる。
 母は今、四十だが、到底、二十三歳になる息子がいるようには見えない。三十代前半といっても十分に通用する若々しさを保っている。
 準基の男にしてはやや大きな黒い双眸も、しなやかな細い眉も、すべてが可憐な面立ちの母親の造作を受け継いだ証であった。単に母に似ているからというだけでなく、この顔はどう見ても、良い歳をした大人の男にはふさわしくない。
 それでも、幼い頃は〝可愛い子だ〟と褒められて嬉しかったものの、二十三にもなって〝可愛い〟と言われて(流石に、良識ある人はこの発言を控えるだけの分別はあるが)、嬉しいはずがない。少しでも男らしく見せようと、一年前からは鼻の下にうっすらと髭をたくわえているが、どれほどの効果が出ているのか知れたものではない。
 あの娘にも、この女顔についてどう思われたかを考えただけで、胃が痛くなりそうだ。
 そう、翠月楼の下働きをしているといった、あの娘、浄蓮。
 まだ十五だというのに、早くも男心を蕩かすような妖艶さを漂わせている。かと思えば、年相応の無垢な少女の顔を見せて、準基の心を余計にかき乱す。
 数日前、意を決して翠月楼を訪れたものの、結局、結果は悲惨なものに終わった。
 浄蓮には既に恋人がいたのだ―。しかも、その恋人だという男と浄蓮はひそかな逢瀬を重ねている最中に、自分はのこのこと訪ねていったのだ。
 相手の男は確か、皇氏の跡取りだと聞いた。皇秀龍、今を時めく礼曹判書の嫡子であり、秀才の誉れ高い貴公子。秀龍は学問だけでなく、武術にも秀でており、来年の科挙合格はまず間違いないと、同年代の両班の子弟たちの間でも専らの噂である。
 容姿も凛々しく端麗で、下手をすれば女に間違えられかねない自分とは雲泥の差だ。皇秀龍と自分を比べられたら、どちらに軍配が上がるかは明白だ。
 だが、と、思う。皇秀龍は本気で浄蓮を妻に迎えるつもりなのだろうか。皇氏ほどの名家が妓房の下働きを嫁に迎えるはずはない。
 だとすれば、秀龍は浄蓮を側妾にでもするつもりか。もっとも、平然と自分から妓生になりたくて妓房に入ったと言い切ったほどの少女である。両班の側妾になるくらい、何といったことはないのだろうか。
 自分なら、準基であれば、あの美しい娘を側妾になどはしない。むろん、母は猛反対するに違いないだろうが、浄蓮を何としてでも妻に迎える。この国では身分が違えば婚姻は許されないことになってはいるものの、そんなことは、父に頼んで浄蓮を親戚の両班の養女にして貰えば良いだけの話だ。
 もとより、父を説得できればの話ではあるが。もっとも、父は母の尻に敷かれてはいるが、善悪の判断がつかない人ではないし、情理も備えている。準基の浄蓮に対する想いの真剣さを知れば、敢えて反対するとは思えなかった。
 奔放なのか、それとも、現実を認識できていないのか。
 あの浄蓮について、準基は今一つ掴みきれない。普通、妓房に身を売るのは、金を得るためだ。なのに、あの娘は金のためでもなく、ただ華やかな衣装が着たいから妓生になりたいのだと言う。
 綺麗な衣装が着られれば、どこの誰とも知れない男から男へと脚をひらくのも構わないとでも言うのだろうか?
 浄蓮の白い身体を嫌らしげな脂ぎった男が組み敷いている姿が思わず瞼に浮かび、準基は思わず拳を握りしめた。