韓流時代小説 後宮秘帖~貞順王后復位。もう二度と俺の側を離れるな-王の腕に戻った廃妃は淑儀へ昇進 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 後宮秘帖

 ~逃げた花嫁と王の執着愛~

  第三話  Temptation(誘惑)・後編

 

~こんな私があなたの側にいても良いのですか~

 

-それは「ひとめ惚れ」から始まった初恋だった-

二人が出会ったのは11歳。
王になるべくして生まれた少年と、謀略によってすべてを失い、苛酷な宿命を背負った少女。
孤独な魂を持つ二人は運命に導かれるようにして、出会った。

 様々な試練や障害を前にしながら、互いを想い合うがゆえに、すれ違い傷つき合う若い二人。
 果たして、二人は幼い日に芽生えた初恋を実らせることができるのか?

 

 登場人物
  イ・ソン(李誠)-後の国王・知宗  
  シン・チェスン(申彩順)-後の貞順王后(チョンスンワンフ)

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「何故、私では駄目なんですか? そんなにあの方が良いんですか! あの方は所詮、あなたを慰みものにして苦しめて、あなたのやることなすことに干渉しただけじゃないですか。そんな男にあなたはいまだに未練を持っているんですか!」
 ハン内官は判っていない。今の彼もまた、かつてのソンのようにチェスンへの恋心に囚われすぎるあまり、チェスンを独占欲剥き出しに束縛しているではないか。
「お願いです、判って下さい。私はずっと、あなただけを見つめてきたんです。他の男にはあなたを渡したくないし、触れさせたくもない」
 ハン内官にいきなり手首を掴まれ、チェスンは身を強ばらせた。
「一度は諦めるつもりでした。あなたの側にさえいられたら、それで良いと自分に言い聞かせました。でも、無理だ。愛しい女を間近にして、我慢なんてできない」
 大きな手が背中に回り、物凄い力で引き寄せられる。ハン内官の顔が迫り、チェスンは夢中で抗った。
「いやっ、何をするの、止めて」
 後頭部をもう一方の手で押さえつけられているため、身動ぎもできない。腕の立つ男だけに、屈強な力は相当なものだ。チェスンのささやかな抵抗など抵抗の中にも入らない。
 ほんのひと刹那、彼の唇がチェスンのしっとりした唇を掠めた。思わず嫌悪感に気が遠くなる。
 こんなのはいやだ。触れられるのも、口づけキスされるのも、ただ一人の男でなければ嫌だ。こんなことをしても良いのはこの世でただ一人しかいない。チェスンの脳裡に恋しい男の笑顔が甦る。
―殿下!
 幾ら呼んでも、無駄だと判っていた。大好きな男の手を放したのはチェスンの方なのだ。宮殿にいるあの男にここで助けを求めたとて、チェスンの叫びが届くはずがなかった。
「チェスン、私の愛しい女」
 ハン内官が更に口づけを深めようと、チェスンの上唇を舐める。口を開くように求められているのだと判り、全身の膚が粟立った。
―いやっ、助けて、殿下。
 心の中で叫んだそのときだった。
「止めよ」
 緊迫に満ちた静寂を凛とした声がつんざいた。ハン内官の動きが止まる。拘束が緩んだその隙に、チェスンは素早く彼の腕から逃れた。
「淑媛さまっ」
 血相を変えて追いかけようとするハン内官の前に、ソンがチェスンを庇うように静かに立ちはだかった。
「国王殿下」
 ハン内官は突如として現れた国王の姿に、眼を見開いている。
 ソンが落ち着いた声音で言った。
「ハン内官、これはどういうことだ?」
 ハン内官が悔しげに顔を歪め、その場に膝を突き頭を垂れた。
「朕はそなたに淑媛を託した。それは事実だ。淑媛は朕にとって宝に等しき大切な者、その大切な女を託したのは、淑媛がそなたと共にあれば幸せになれると信じたゆえだ。そなたは朕の期待を裏切るのか?」
 ハン内官が自棄のように言った。
「ハッ、あなたはどこまでおめでたい方なんですかね」
 彼はスと立ち上がり、ソンに対峙する。最早、その態度は王というよりは完全な恋敵に対するものだ。常に国王第一のベテランの内官長が見たら、卒倒しかねないほどの不敬な態度である。
 ソンは突然変わったハン内官の無礼な態度にもまったく動じない。王の冷静さがかえってハン内官を煽っているようだ。
「そこまで女心に鈍感だから、恋女房に逃げられるんですよ、殿下」
 ハン内官は自分より十歳近く年下の王に吐き捨てるように言った。泰然としているソンの胸倉を掴み、グッと引き寄せる。
「あなたはまだ判らないのか、淑媛さまが本当に好きなのは私はじゃない、あなただ」
 囁くような声で言い、彼は即座にソンから手を放した。そのまま後は振り返りもせず、庭を去ってゆく。
 後には、ただ茫然としたソンとチェスンだけが残った。
「真―なのか?」
 振り向いたソンの整った面には、驚愕と喜色が入り交じっていた。チェスンはかすかに首肯する。
 今、ここで頷かなければ、本当の気持ちを彼に伝えなければ、この先、どれだけ後悔することになるだろう。チェスンは泣きながらソンの腕に飛び込んだ。
「そなたに渡すものがあったのだが、迂闊にも渡しそびれてしまった。それゆえ、後を追いかけてきたのだが、かえって良かった」
 泣きじゃくるチェスンの背をあやすように、大きな手が優しく撫でる。
「あ奴に特に何もされなかったか?」
 チェスンはソンの胸に伏せていた顔を離し、彼を見上げた。大好きな漆黒の瞳が不安げに見つめている。チェスンはおずおずと微笑んだ。
「何もありませんでした、殿下」
 本当は一度、口づけられた。けれど、それれはソンに言わない方が良いような気がしたのだ。また、ソンの方も聞いたとて良い気がしないのは予測できた。
「俺はもしかして愚かな勘違いをしていたのか?」
 ソンのいかにも自信なさげな問いかけに、チェスンは涙ぐんで首を振った。
「愚かだったのは私です。本当に大切なものは何なのか、殿下だけをひたすらお慕いする自分の気持ちから眼を背けていました」
「その言葉に俺は少しは希望を持っても良いのだろうか」
 チェスンの背に回ったソンの手に力がこもる。チェスンは眼を伏せ頷いた。
「私は未来永劫、殿下のものです。もし今でも、殿下のお心のどこかに私の居場所があるなら」
「チェスン!」
 ソンはもう今度は誰に遠慮することなく想い人を腕に抱きしめた。
「子ができないとしても、そんなことは取るに足らない。この国にとっては確かに大切ではあるが、世継ぎに関しては心配する必要はない。三代前の王の曾孫に当たる者が今年、三つになるという。その子がまだ幼いながらもたいそう利発で、俺は世継ぎにどうかと考えているんだ」
「三代前の国王さまといえば、殿下のお曾祖父さまに当たられるのですね?」
「ああ、俺は顔を見たこともない方だが、正妃たる中殿さまの間にたくさんの御子を儲けられた。その五男は当時の礼曹判書の娘婿となった。俺が世継ぎにと考えている子は、その血筋に連なる者だ」
「殿下は、そこまでお考えになっていたのですか」
 ソンがまだ若いにも拘わらず、世継ぎについて具体的に考えたのはひとえにチェスンのためだと理解できた。チェスンの重荷を少しでも軽くしてやりたいと考え、ソンは早い段階で世子を立てることを決めたのだ。
 ソンが優しい声音で言った。
「そなたが望むなら、すぐにでも、その子を引き取っても良い。幼い中から育てれば、その子もそなたを母と慕い敬うようになるだろうから」
 チェスンの眼にまた新たな涙が湧いた。
「殿下は本当によろしいのですか?」
 心身共に健やかなソンは新しい側室を持てば、すぐにでも世継ぎを授かるだろう。にも拘わらず、生涯子の産めない、女でさえない我が身一人で良いというのか。
 ソンが少し怒った口調で言った。
「何度も同じ科白を言わせるな。俺はそなたがいれば良い。他の女は欲しくない。愛してもおらぬ女を子を産ませるためだけに抱くのはご免だ」
 チェスンを更にきつく抱きしめ、ソンが耳許で囁いた。
「良いか、もう二度と俺の側を離れるな」
「―はい」
 チェスンは小さいけれど、はっきりと王に応えた。

 

 その翌朝、ハン内官がかき消すようにいなくなった。辞職願いのようなものも彼が使っていた小さな室には、一切残されていなかった。ただ、普段よく書き物をしていた文机の上に一枚の絵が残されていた。
 そも内官の残した絵には何が描かれていたのか? それは失踪した内官のゆくえと共に永遠の謎となった。応えを知るのは内官の残した絵を所有することになったチェスンのみだったが、チェスンは結局、その絵について一度も言及しなかった。


 数日後、右議政イ・ヨクは国王知宗に呼ばれ、大殿の王の執務室にいた。
 室の片隅の丸卓を間に、二人は向かい合って座っている。官服を着たヨクは重々しい口調で繰り返した。
「真によろしいのですか」
「そなたもチェスンもやはり親子だな。何度も同じことを言わせるな。俺が良いと言っているんだから、それで良い」
 知宗は憮然とした面持ちで言った。
「イ・ヨンさまを世継ぎの君にご指名というのが殿下のご意向なのですね」
 ヨクの言葉に、今度は知宗も頷いた。
「そうだ、まだ三歳ながら利発で、物覚えも良いと聞く。既にヨンの両親にも内々に話をして承諾は得ている。準備が整えば、近々、ヨンを王宮に引き取るつもりだ」
 いまだ幼少のイ・ヨンの実父は三代前の王の孫に当たる。傍系であり女系ではあるが、確かに王族の血筋に連なる者には違いない。
 三代前の王は子だくさんであったものの、王位を継いだ長男には正室、側室との間にそれぞれ一人ずつ王子を儲けたにすぎなかった。その二人の王子が知宗の叔父である先王と実父  君である。しかし、先王は子がないまま世を去り、知宗より先に即位するはずであった承誠君も王と同じ流行病で亡くなった。そのため、知宗が十六歳で即位したのだ。
 ヨクはしばらく考えに耽っていたが、やがて頭を下げた。
「殿下が既にそこまでご叡慮なさっているなら、私は何も申しますまい。我が娘は果報者にございます」
「朕の方こそ、この国一番の幸せな男だ。チェスンほどの者を妻として得られのだからな」
 知宗は感慨深い口調で言い、ヨクに軽く頭を下げた。