小説 姫はひそやかに咲き乱れる~戦国恋華~祝言の前に新妻を寝所に連れ込もうとする夫。私は困惑 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 姫はひそやかに咲き乱れる

  ~戦国恋華(せんごくれんか)~

 私が本当に好きなのは夫、それとも彼の義弟? 嫁いだばかりの若妻の心が揺れる。

 

☆ 夫×私×義弟 本当に私が愛しているのは誰なのか-? ☆

時は群雄割拠していた戦国乱世の時代。
政略結婚で宿敵の武将に嫁がねばならなくなった徳(あや)姫。
夫となるのは無類の戦上手ではあるが、冷酷無比な情け知らずとしても知られる
武将だった。
徳姫は気が進まないまま、父の言うがままに嫁ぐが、―。

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 長尾邦昭という男はまた、無類の女好きとしても知られていた。側女の数が多いという程度なら、〝英雄色を好む〟の諺どおりだと邦昭ほどの武将であれば片付けることもできただろうが、敵方の将の妻や側女を虜囚とし、好き放題に辱めた挙げ句、処刑するとくれば、単なる好き者ではなく、その中に潜む猟奇性を取り沙汰されたとしても仕方ないといえた。
 徳姫の父嘉政は、我が娘のそこまでの決意を目の当たりにして、さもありなんと最早、何も言えなかった。
 この風雲急を告げる争乱の世は、明日の我が身の生命すら知れない。危うさの中で皆、生きている。戦うのは何も男のみではなく、女もまた、同様に家を守るために戦わねばならなかった。家と家を結びつけ、平和を取りもつ礎となるために敵国へも嫁いでゆかねばならない。
 そのためには良人の寝首をかく覚悟も必要だし、ひとたび婚家と実家の間で戦が起これば、嫁いだ女は殺されても文句は言えない。いわば、政略のために嫁がされる女は実質的には〝人質〟であり、贄(にえ)でもあった。
 そうやって敵地に赴いた女たちは美しき楔(くさび)となり、時には婚家や良人の動向を実家に伝える間諜(スパイ)のような役目も果たしていたのである。
 壮絶な覚悟を打ち明けられた嘉政は徳姫の願いを容れた。この場合、徳姫の不遇な生まれ合わせがかえって効果的に隠れ蓑となった。
 子ができぬ―、故に夫婦(めおと)の交わりは叶わぬこととの条件は存外にもすんなりと通り、徳姫は八日前に月山の地を立ち、この永尾を目指したのである。
 故郷(ふるさと)の月山とはあまりにもかけ離れた城の佇まいに、徳姫はただただ威圧されるばかりであった。茫然と城を眺めている徳姫の打掛の袖を乳母の葛木がそっと脇から引く。
「姫さま、ご挨拶を」
 幾度か耳許で囁かれ、徳姫は漸くハッと我に返った。慌てた様子で顔を上げ、虚ろな視線を周囲に彷徨(さまよ)わせる。その眼が前方に佇む一人の男を捉えた刹那、姫の瞳に驚愕と恐怖がありありと浮かんだ。
 小柄な徳姫から見れば、ゆうに六尺(百八十センチ)はある邦昭は大男に見える。一見すれば、整った容貌といえるのかもしれなかったけれど、眉目形よりもまず印象的なのは強い光を放つ双眸であったろう。
 これもまた、眼光鋭いという形容が当てはまるのかもしれないが、眼力(めぢから)そのものよりは、むしろその奥底にちらつく氷のような冷たさの方が気になる。底冷えを宿して炯々とした光を閃かせる瞳は、あたかも底の知れぬ沼のように不気味であった。
 この男にじいっと見据えられていると、自分が蛇に睨まれている蛙にでもなったかのような気になってくる。酷薄そうな視線に絡め取られでもしたかのように、身じろぎさえできない。
 まるで金縛りに遭ったかのようだ。まだ九月の末だというのに、降り続ける雨のせいか、夜になって気温は急激に下がったようだった。それでもまだ膚寒いはずはないのに、徳姫は俄に膚が粟立つような悪寒を憶えた。
 そのくせ、背中には厭な感じの汗―冷や汗がしっとりと滲んでいる。
「姫さま、お館さまにご挨拶をなされませ」
 再度、葛木に促され、徳姫は漸く声を発した。
「お初にお眼にかかり、恐縮至極にございます。月山の国守一色嘉政が娘徳にございまする。不束者にはござりますれど、幾久しうお願い―」
 我ながら下手な舞台(芝居)役者のような棒読み科白だと情けなかったが、今の徳姫には精一杯だった。消え入りそうな声で、ともすれば声が震えそうになるのを堪(こら)えながら懸命に言葉を紡いでゆく。
 が、折角の努力も空しく、口上は途中で遮られた。徳姫からはかなり離れた場所にいた邦昭が大股で階(きざはし)を降りてくるのを、徳姫は呆気に取られて見つめているしかなかった。
 忙しない脚取りで歩いてきた邦昭は近付くなり、彼女を抱き上げた。
「―!」
 あまりのなりゆきに、気丈な徳姫も声にならない悲鳴を上げる。お付きの乳人葛木を初め、居並ぶ侍女や家臣たちも息を呑んだ。
「フム」
 邦昭はぐっと顔を近付け、至近距離から徳姫の顔をしげしげと眺めている。父嘉政からもそのような不躾なふるまいをいまだかつてされたことのない姫は、愕きと恐怖で言葉もない有様だ。
「これは、これは」
 邦昭が眼を眇めて言った。
「一色の姫はとんでもない不細工だと聞いておったが、なかなかどうして、噂ほど当てにならぬものはないということだな」
 その口ぶりは思いの外、上機嫌そうだ。
 その時、徳姫は純白の小袖に打掛を身に纏っていた。言わずと知れた花嫁衣装である。
 練絹には幸菱が織り出され、光沢のあるしっとりとした白が徳姫を可憐に見せていた。
 邦昭は顔の造作の検分が終わると、次は当然のように白無垢に包まれた徳姫の身体を遠慮なく見つめる。
 まるで打掛や小袖を剥ぎ取られ、一糸まとわぬ裸身を素手で撫で回されているかのようで、徳姫はまたしても総毛立った。
―何故、この男(ひと)は、こんな怖い眼で私を見るの?
 邦昭の眼は欲情に薄く翳っていた。
 しかし、徳姫は男女の事については何も知らなかった。夫婦の契りを結ばぬかりそめの婚姻ゆえと、そういった知識は何も授けられていなかったのだ。
 そんな徳姫にとって、今にも獲物に飛びかかろうとするばかりの蛇のような眼をした男は、ただ恐怖を呼びさます存在でしかない。そのときの邦昭が彼女に与えた印象は、あまりにも鮮烈すぎた。
「可愛い姫ではないか、確か年は二十歳と聞いているが、見かけよりは随分と幼く見えるな。うむ、これは良き拾い物をした」
 邦昭は嬉しげに言うと、更に顔を近付けてくる。
「婚礼など堅苦しい儀式は無用。時間の無駄というものよ。今宵はこのまま床入りと参ろうぞ、のう、可愛い花嫁どの」
 邦昭は上機嫌で言い放つと、徳姫の顔を覗き込んだ。
「そなたも早うに二人きりになりたいであろう、のう?」
 男の吐く息は酒臭かった。それも相当に呑んでいるのか、饐えたような匂いが漂ってくる。
 徳姫が思わず臭気に顔を背けると、邦昭は厭らしげな薄笑いを浮かべて更に言い募る。
「何だ、恥ずかしいのか。床入りが待ち遠しくとも、大方、恥じらうあまり言えぬのであろうのう、ん?」
 全く、どこまでもおめでたい男だとしか言いようがない。
「可愛い奴よの」
 邦昭は呟くと、徳姫を抱えたまま、さっさと歩き出す。徳姫は逞しい腕の中で必死に身を捩った。
 一体、何ということなのだろう。
 徳姫は側妾というわけではなく、月山城城主にして国主の娘である。その息女を正室として迎えるというのに、華燭の儀も挙げずに、いきなり寝所に連れ込もうとするとは!
 しかも、一色嘉政と邦昭との間には、けして徳姫とは夫婦の交わりをせぬとの約定が交わされていたのだ。花嫁が到着した夜早々にその約束を反故にするとは、端から月山側を侮っているとしか思えない。
 そのことを葛木初め、月山から姫に付き従ってきた者たちは皆感じたらしく、月山側の者たちの間に動揺が走った。