韓流時代小説 国王の契約花嫁~二度と家の敷居はまたぐな―彼女はすべてを捨てて俺の妻になった | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 国王の契約花嫁 ~最初で最後の恋~

 

 

 

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ひとめ惚れから始まった「契約結婚」。この夫婦関係に未来はあるのか?

国王と「契約結婚」した少女か辿った運命とは?~ある日、町中の古書店で出逢った青年と両班の令嬢ファソン。その青年も上流両班の子息らしく、何と今、都でり大流行の小説「春香伝」の続編を書いているというが―。

「王妃の中の王妃」と後に讃えられた仁貞王后の少女時代。そして外伝最終話の主演は何と、この物語りの語り部として本編からずっと活躍してくれた古書店の主人チョ・ガンドク。

ヒロイン仁貞王后と賢宗大王、二人の出逢いの場となった「チョさんの本屋」。

科挙に首席で合格という伝説の天才の若き日を描く。

  

外伝最終話

  雪割草~運命の恋、見つけた~

 

「シヨンを俺に下さい」
 懲りもせず両手をついた彼に、ホギョムが嘲笑のまなざしを向ける。
「こいつめ、まだ抜かすか」
 言葉と共に、次の一撃が仕掛けられるはずだったのに、彼の前にシヨンが素早く立ちはだかった。シヨンは、両手をひろげて父親に挑むようなまなざしを向けている。ガンドクは、その背に庇われる格好になった。
 だが、ガンドクはすぐに気づいた。シヨンの細い背中は小刻みに震えていた。
「そんな男に惑わされおって、恥を知れ。はしたない。淫らな女を娘とは認めぬぞ」
 ホギョムの怒りの鉄拳はシヨンにまで及んだ。鋭い音が響き渡り、シヨンの小柄な身体が後方に吹っ飛んだ。
 可哀想に、彼女は俺を果敢にも庇おうしていたけれど、その実、恐怖に震えていたのだ。俺は、そんな彼女を守ってやれず、みすみす矢面に立たせてしまった。何と情けない男だろう。
 彼は後方を振り返った。シヨンは地面に打ち付したまま身じろぎもしない。慌てて駆け寄り、彼女を抱き起こし呼吸を確かめた。
 ガンドクの怒りが燃え立った。彼は別人のような形相でホギョムを睨んだ。
「あなたはそれでも人間か? 獣でも我が子に情けをかける。あなたは人の皮を被った獣だ。殴るなら俺はを好きなだけ殴れ」
 ガンドクの浅黒い頬をひとすじの涙が流れた。
「頼むから、シヨンを殴らないでくれ」
 その時、ガンドクの腕の中で、シヨンがわずかに動いた。閉じていた瞳がゆっくりと開く。彼はシヨンを腕に抱き、泣きながら蒼く腫れ上がった頬をしきりに撫でた。
「済まない、シヨン。守ってやれなくて。でも、これからは、どんなことがあっても俺が守る」
 ホギョムは、魂を抜かれたように若い二人を見ていた。最早、言うべき言葉を持たないのか、彼は黙ってその場に立ち尽くしていた。
「好きなようにしろ、ただし、シヨン。そなたは勘当だ。金輪際、私はそなたを娘とは思わん」
 〝行くぞ〟、と、下僕に声をかけ、ホギョムは踵を返した。三十ほどの下僕が慌てて主人の後を走ってついてゆく。
 ガンドクは茫然とそれを眺めていた。すると、腕に抱いたシヨンが身をよじった。ガンドクは彼女に手を貸して立たせてやった。
「お父さま」
 シヨンの涙声がその場に響いた。ホギョムのいかつい背中がふとその場に縫い止められた。
「今後、チョン家とお前は一切関わり合いはない。実家の敷居をまたぐことも許さない」
 シヨンのすすり泣く声はガンドクの心をも引き裂くほど哀しげだった。
―俺はこれほどの犠牲を彼女に強いてしまった。
 やるせない想いがガンドクの胸に押し寄せた。
 ホギョムはしばらく黙って佇んでいたかと思うと、ひと言ポツリと言った。
「ただし、孫が生まれたなら、知らせるだけは知らせろ」
 それが本当に最後になった。ホギョムはまた歩き出し、似た者主従は、まだ雪が積もった道を足早に歩いて、やがて角を曲がって見えなくなった。
 ホギヨムが最後に娘に残した言葉は、恐らくは父から娘への精一杯の譲歩だったに違いない。
 シヨンが肩を震わせて泣いている。ガンドクは両手をひろげ、そっと彼女を抱きしめた。
 今はまだ、俺は若造で何の力もない、頼りない男でしかない。けれど、これから先、きっと一角の人間になり、あの父親の前に出ても恥ずかしくないだけの男になってみせる。彼女をこの腕で守れるだけの強い男になる―。
 この時、ガンドクは固く心に誓った。

 

 

 この数日後、〝チョさんの本屋〟を訪ねた者がいた。
 その時、ガンドクはいつもの彼の指定席―小机の前の椅子に座り、書物をひろげていた。既に何度も読んだ愛読書で、これも清国から渡ってきた、この国では貴重なものだ。
「あなた(ヨボ)、少しお休みされてはどうですか」
 シヨンが甲斐甲斐しく盆にのせたお茶を運んでくる。
「ああ、ありがとう」
 ガンドクは顔を書物から上げ、愛する妻を見た。シヨンとガンドクはあの日―彼女の父ホギョムが来た翌日、簡素な祝言を挙げた。仲人は八百屋のチョソンとその妻、他には誰も席に連なった者はいない淋しい祝言だった。
 それでも借り物の婚礼衣装を纏ったシヨンはとても美しく
―朝鮮一、綺麗な花嫁だ。
 と、真顔で言ってのけたガンドクをつついて、チョソンは大笑いした。
 今、シヨンは長い髪を髷に結い、飾りけのない簪を一つ付けている。纏うチマチョゴリは明るい色合いだが、かつて彼女が着ていたような絹製ではなかった。
 ガンドクは妻の淹れた茶をゆっくりと味わう。通訳官の令嬢だから、家事に慣れるのもひと苦労かと思っていたのに、シヨンはこれまた彼の想像を裏切った。
 初めて共に過ごした翌朝を見てのとおり、シヨンは大概の仕事はすべて完璧にこなした。
―別嬪だし、料理も美味いし、お前は良い嫁を貰ったな。
 チョソンがある時、耳打ちした。
―俺の嬶ァ(かかあ)とは天と地ほども違うじゃねえか。嬶ァなんぞ、鬼瓦みたいな面体の上に、いまだに不味くて食べられねえような飯しか作れんぞ。
 と、チョソンの妻が聞けば、確実にチョソンはぶたれるようなことを真顔で言った。
 しかし、親友の言はあながち間違いではないと思っている。
 俺は良い嫁を貰った。美人だし、働き者だし、料理は上手い。おまけに、夜の方も昼間のしとやかさが嘘のように情熱的だ。
 と、これは指摘すればシヨンがまた泣き出すので、ガンドクは絶対に口にしないが。
 その点、何でもできる娘に育て上げてくれた彼女の父親にガンドクは良人として感謝すべきだろう。
 ガンドクがそんなことをつらつら考えていたときだった。
「もし」
 か細い呼び声がして、彼はシヨンと顔を見合わせた。
「お客さまみたいですね」
 シヨンが言い、ガンドクも頷いた。見れば、店先にはあの乳母、ソネがひっそりと立っていた。
「ソネ」
 叫んだのはシヨンだった。彼女はガンドクなぞ眼に入らぬかのように飛び出し、乳母に抱きついた。乳母も自分より背の高いシヨンを抱きしめている。
 主従はしばらく、ひと言も発さなかった。
 ガンドクはそっと元の場所、机の前に戻った。ここはやはり、二人だけにさせてやるべきだ。彼は妻の淹れてくれた茶をゆっくりと啜った。