二度目の出会いは必然? 桜草を抱えた私がぶつかったのは、あの彼。小説 最初に出逢った日のように | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 ファヨンは今、日本と韓国と両方の国籍を持っているが、二年後の成人のときには、どちらかを祖国として選ばなければならない。ずっと昔から、ファヨンは日本を選ぶつもりでいた。韓国に行ったこともなく、韓国語さえ喋れない自分が韓国籍を取得しても意味はないように思えたからだ。
 もちろん、韓国を祖国として尊ぶ気持ちは一生忘れないつもりだけれど、自分が生きていく場所はここ(日本)しかない。
 今日は夕方から美絵と待ち合わせて夕食を一緒に取る予定だ。また例の彼氏の惚気話を聞かされるのかと思うと、正直うんざりしてしまう。女同士の友情はどちらか片方に彼氏ができると、なかなかうまくいかなくなると聞いたことがあるが、あれはやはり本当なのかとも思う。
 美絵は同じH大学でも経済学部で、普段は共に行動することも少ない。たまに逢えば、本当はもっと別の話がしたのに、美絵は最近は彼氏の話ばかりだ。その惚気を根気よく聞くのが苦痛だと感じる自分はやはり、心が狭いのだろうか。親友が幸せそうなのを見て、素直に歓べない自分はやはり嫌な女?
 またしても自己嫌悪に陥りそうになり、ファヨンは大きな溜息をついた。

 翌日の昼休み。ファヨンはまたしても沈んだ気持ちで大学のキャンパスを歩いていた。昨夜はさんざんだった。久しぶりに親友とゆっくりと語り合えると愉しみにしていたのに、何と現れたのは美絵だけでなく、美絵の彼氏と更にその男友達も一緒だったのだ!
 どうやら美絵が余計な気を回してくれたらしく、彼氏の親友をファヨンに紹介してくれるつもりだったらしい。もちろん、その場で断れば美絵や彼氏、その友達だという男性を傷つけることになる。だから、それなりに愉しく過ごして別れる段になり、ファヨンはそっと美絵に耳打ちした。
―もう二度とこんなことはしないでね? 私は今のところ、誰とも付き合うつもりはないんだから。
 それでも、その男友達はファヨンをマンションの前まで送ってきてくれた。良かったら付き合って欲しいと言う彼に対して、やんわりとでも断るのはなかなか勇気の要ることだった。
 まさか彼が自分を気に入るとは思っていなかっただけに、愕きで言葉もつっかえてしまって、さぞみっともかったはずだ。相手の男性は美絵の彼氏には及ばないけれど、そこそこのイケメンだし、何より誠実そうだった。
 ファヨンはこんな時、誰もが使う言葉を使った。
―ごめんなさい。折角ですけど、私にはもう好きな男(ひと)がいるんです。
 相手の男性もそれですんなりと納得してくれたようだし、付き合う気もないのに、相手に気を持たせるようなことはするべきではない。なので、これで良かったのだ。
 が、自分でも不可解に思えたことは、好きな男がいると口にした瞬間、あの歴史学の講義で自分を不躾に見つめていた男の貌を思い出してしまったことだった。
 馬鹿みたい。ファヨンは自分を嗤った。あのイケメンはたいした意味もなく自分の方を見ていただけなのに、そこに何か深い意味を見出そうとするなんて。
 自分では自覚がないけれど、やはり自分は美絵や他の女の子たちのように恋人と愉しく時間を過ごしたいという願望があるのかもしれない。だから、好きな男という言葉だけで、連鎖的によく知らないゆきずりの男のことなんか思い出してしまうのだ。
 ますます自己嫌悪に陥りそうな気がして、ファヨンは勢いよく首を振った。
―いけない、いけない。
 今日はこれから英文購読Ⅰの担当准教授のところにお祝いを持参することになっている。篠田准教授は三十歳、ファヨンが所属する英語劇サークルの顧問でもある。そのせいで、あまり接触がないのが当然の学生と教授でありながらも、親しく話をすることが多い。
 篠田先生は今風のイケメンとはお世辞にもいえない。しかし、優しくて、講義もわかりやすいと学生には人気がある。その篠田先生が翌六月に結婚するというので、英語劇サークル一同でお祝いを贈ることになった。
 話し合った結果、部長のファヨンが(地味なサークルなので、部員数がとにかく少なく、一年の女子ばかりがたったの五人だ。ファヨンはくじ引きで外れて部長になった)副部長の女の子と一緒に今朝、買いにいった。本当は二人で渡す予定だったのだが、その子が急用とかで、ファヨンが一人で代表として渡すのだ。
 ファヨンは今、鉢植えの桜草を後生大切に腕に抱えていた。買ったのはH大近くの私鉄のH駅地下の結構大きなフラワーショップだ。そこで二人が選んだのは桜草の鉢植えだった。素朴な素焼きの鉢に可憐な花が寄せ植え風に幾本も植わっている。それを透明なセロファンと薄紅色の和紙でラッピングして貰い、ピンクの大きなリボンをかけて貰うと、それなりに品の良い豪華なプレゼントになった。
 ファヨンは気ぜわしい気持ちで腕時計を覗く。
「いけない、もう次の講義が始まっちゃう」
 呟き、足を速める。そのときだった。向こうから走ってきたらしい人影とまともに衝突し、ファヨンは後方に飛ばされて無様に尻餅をついてしまった。
「い、痛い」
「う、痛―」
 向こうも相当痛かったのか、呻いている。先に立ち上がったのは相手の方だった。
「ごめん、大丈夫?」
 そこでファヨンも漸く我に返り、立ち上がった。
「いえ、私の方こそ、ごめんなさい」
 ファヨンはまだ痛む足腰をさすりつつ、相手に詫びた。そこで、ファヨンは小さな悲鳴を上げた。
「大変、桜草が!」
 ぶつかった衝撃で当然ながら鉢は遠方に飛んでいる。ファヨンは狼狽えて鉢に駆け寄った。動転のあまり、痛みも忘れていた。
 鉢は辛うじて無事だったが、包みが破れ数本の桜草の中、二本が折れて、おまけに花も幾つか取れていた。
「ああ―、どうしよう」
 ファヨンは泣きそうになった。これは部員皆がお金を出し合って買った大切な先生への贈り物だ、それを無駄にしてしまったからには、今度はファヨンが同じものを買って先生に贈らなければならない。