突然現れた年上の美しくて優しい女性、許されない恋。少年の心は 小説 シークレットガーデン~許され | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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そう、だな。サンキュ」
 長瀬はまた笑った。心優は思いきって別の話題を振ってみた。
「ねえ、さっき教室で勉強してたんじゃない? 何をやってたの」
 長瀬は虚を突かれたようにポカンとし、それから頷いた。
「『源氏物語』。今、教科書でやってるだろう。あれって、全然判んねえ。何で、あんなくだらない小説が不朽の名作だなんて言われるのか俺は理解できないけどさ。だって、あれって、ただの女好きの男が浮気しまくって、色んな女とやりまくるだけの話じゃない? 第一、自分の義理の母親とやっちまうだなんて、よくあんなのを高校の教科書に載せるんだと俺なんかは思うよ」
 心優は微笑んだ。
「長瀬君はまだ子どもだから、大人の愛は判らないのよ。たとえ許されない恋だとしても、女の人を好きにならずにはいられない、そういう恋だってあるの。藤壺女御は光源氏にとっては生涯忘れられない永遠の女性なのよね。まだ子どもだった彼の前に突然現れた少しだけ年上の美しくて優しい女性、それが彼女だったから、源氏は姉のように慕う藤壺女御を次第に恋い慕うようになった、そういうことだと思うわ」
「突然現れた少しだけ年上の美しくて優しい女性、許されない恋」
 何故か、長瀬は心優をじいっと見つめていた。
「あれは、そういう話なのか、先生」
「そうね。そう理解しても良いと思うわ」
 と、彼はそれ以上、源氏物語の話題を避けるかのように思いも掛けないことを言った。
「先生、俺、弁護士になりたい」
「―」
 黙り込んだ心優に彼はまたポツリと零した。
「笑えるだろ、こんな授業にもまともに出ない俺が弁護士だなんて」
 刹那、心優は首を振った。
「そんなことない。長瀬君の一年のときの成績を見たけど、テストは全体を通して、良い成績を維持しているわ。学年で三十位以内を常にキープするのはなかなかよ。誰にでもできることじゃないでしょう。でも、大学受験は正直、それだけでは駄目ね。平素の態度とか提出物とか、普段どれくらい頑張っているかも見られるし。だから、もう少し授業も真面目に出て、宿題もきちんと出して―」
 と、覆い被せるように長瀬が言った。
「先生、俺、この学校が大嫌いなんだ」
 物問いだけな心優のまなざしに、長瀬は少し淋しげに笑った。
「誤解するなよ、別に本井や青田がどうこうっていう話じゃないからな。俺はそこまでちっぽけな男じゃない。この学校の雰囲気そのものが昔から大嫌いなんだ。俺が弁護士になりたいって思ったのも、お袋のことがあるから」
「その理由を訊いても良い?」
 長瀬は頷いた。それは、むしろ彼自身が誰かに話を打ち明けたかったのような熱心な口調だった。
「俺のお袋が愛人だっていうのは本当の話」
「―」
 どう相槌を打てば良いか判らないでいる心優に、長瀬は笑って見せる。その空笑いがかえって痛々しかった。
「青田のあのときの話は嘘じゃない。いつだかったかな、俺がまだ幼稚園児だったくらいの頃、本妻が俺たちんところに乗り込んできたんだ」
―この泥棒猫、女狐! あの人を返しなさい。
 本妻には子どもがいない。だからもあったのか、嫉妬に狂った彼女は母親を殴りつけた。
―奥さま、お許し下さい。
 ひたすら土下座し続ける母を本妻は容赦なく打ち続け、見かねた彼は幼いながらも本妻に叫んだ。
―母ちゃんを虐めるなっ。
 ところが、逆上した本妻は今度は彼を殴った。
―お前が孝史さんの息子だというの? お前みたいな薄汚い子どもが長瀬家の跡取りになるというの!
 五歳の幼児相手に手を振り上げる本妻から母は懸命に息子を抱きしめて庇った。 
―奥さま、この子に罪はありません。すべて私が悪いです、殴るなら、この私を殴って下さい。
 その修羅場が想像できてしまうような、壮絶な光景だ。
「先生、俺は純粋な日本人じゃないんだよ、母親はフィリピン人だから。お袋はフィリピンから出稼ぎに日本に来て、スナック勤めをしてた。そのときに親父とたまたま出逢って、囲い者になったんだ。そして俺が生まれた。先生もおかしいとは思っただろ、俺とお袋の名字が違うのは」
 母がホア・ティ・グエンなのに対し、彼の名は長瀬大翔だ。確かに母子で姓が違うのは少し妙だ。
 彼の話は続いた。彼の父は長瀬が生まれたときに認知して彼だけを実子として長瀬家の戸籍に入れた。その時、既に本妻には子どもができないということが判っていたからだという。
 しかし、彼の母は当然ながら、そのまま捨て置かれた。当然だ、父には十年以上連れ添った糟糠の妻がいた。その妻を離婚してまで外国人の愛人を迎えるつもりは父にはまったくなかった。
 彼の日本人離れした秀でた容貌は混血(ハーフ)だったからなのかもしれない。N電機の社長を虜にするほどなら、彼の母も美人に違いない。
「本妻にやられっ放しのお袋を見た時、俺は思ったよ。世の中には何て理不尽なことがあるんだって。俺もお袋も悪いことをしたわけじゃない。なのに、無抵抗で弱い俺たちをあの女は足蹴にした。だから、大きくなったら、自分はそういう弱い人たちを助けて力になれる仕事に就きたい、そう思った」
 彼の声がかすかに震えた。少し小麦色がかった膚にひとすじの涙がつたうのを心優はその時確かに見た。
「でも、そのときはまだ良かったんだ。お袋は親父を愛していたし、親父もお袋をそれなりには大切にしていたから。ここからは恥さらしな話だけど」
 彼は断ってから、淡々と告げた。
 次第に父の脚が母から遠のいたこと、その淋しさから他の男と関係を持ち、それが父にバレて内縁関係を一方的に打ち切られたこと。
「その時、俺は中一で、本家に引き取られるはずだったんだけど、俺自身が物凄い抵抗して、無理にお袋と引き離すのなら、ビルから飛び降りてやるって言ったのさ。親父もそれには困って、結局、俺は今までどおりお袋と過ごすことになった」
 以来、養育費など彼に関する費用はすべて振り込みで支払われたが、彼の母に対する援助は一切なくなった。
「―だって、俺までいなくなったら、お袋があんまり可哀想だ」
 愛も我が子さえも失う母を彼は黙って見てはいられなかったのだろう。
 彼のまなざしは揺れていた。その瞳は不安と怒りに烈しく揺れ動く十七歳の少年の心をそのまま表している。
 心優はその時、彼を抱きしめて慰めたい衝動に駆られた。男女としてというのではなく、姉が弟に対するような気持ちのはずだった。だが、実際には、どうだったのだろう。その時、既に心優の心には許されざる想いが芽生えていたのかもしれない。
 だが、そんなことができるはずもない。ただの二十四歳の女と十七歳の男ならともかく、自分たちは教師と生徒、恋に落ちるのは許されない関係なのだから。
 心優が沈み込んだのを気遣ってか、長瀬はまた突如として話題を変えた。
「それよりも、先生、さっき俺に見惚れてただろう?」
「ええっ」
 心優は愕いて彼を見つめ返す。長瀬がしてやったりとばかりにほくそ笑んだ。
「俺が気づいてないと思う? ―ってか、バッチリ眼線が合ったんだから、嘘ついても無駄だぜ」
「その歳でそれだけ自信過剰だなんて、何か空恐ろしいわね。長瀬君は大人になったら、きっと大勢の女の人を泣かせることになるわよ」
 冗談にしてしまおうと、わざとふざけて言うのに、彼は怖いくらい真剣に返してきた。
「俺はそんな馬鹿はしない。親父のように大勢の女を泣かせるのは嫌だ。結局、親父は本妻も俺のお袋もずっと苦しめた。俺は子どもがいてもいなくても、一人の女を大切に守りたいんだ。だから、結婚も自分で相手を探して、ずっと愛し続けることのできる女とする」
 心優はそれでもまだ冗談に紛らわせようとした。
「自分がまだ子どもの癖に、長瀬君たら、ませてるのね」
 と、彼が叫ぶように言った。
「子ども子どもって、子ども扱いするな。大体、先生はまだ二十四だろ、俺とは七つしか違わないんだ。俺が十八になったら、結婚だって、できる。先生、俺を生徒じゃなくて一人の男として見てくれよ、頼むから、子ども扱いしないでくれ」
「長瀬君、あなた、何を言って―」