危うい心優を助けたのは問題児長瀬だった。小説 シークレットガーデン~許されざる恋の果てに~ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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☆ この作品を執筆時、シークレットガーデンの曲のイメージを小説化しました。☆



「大きな声を出すなよ。先生、俺、どうも先生が嫌いなんだよね。ここに来た初日に俺に大恥かかせてくれた挙げ句、俺の大嫌いな長瀬を庇っただろ。あのときから、先生が目障りで仕方ないんだ。だけど、嫌いなのは先生の中身だけで、外見は好きだよ。俺の好みはまゆゆだけど、先生、長瀬の好きな佐々木希に似てるもんね。このむさい男ばっかりの学校ではかなり目立ってるってことを知らないのはあんただけじゃない?」
「ふざけたことを言うのは止めなさい。もう五時間目が始まるわ。さっさと教室に―」
 続きは言えなかった。青田がダンと拳で心優の顔側の壁を打ちつけたからだ。
「そんな偉そうな口をきいて良いの? 俺と先生、力比べをして勝てるのはどっちだろうね。今、ここで俺に犯されたいのなら話は別だけど」
「馬鹿なことを言わないで!」
 心優が叫ぶのに、青田がグッと身を乗り出し顔を近づけてきた。
「俺は本気だよ? 良いのかな、俺を怒らせて。生徒を真っ昼間からトイレに連れ込んだ破廉恥女教師なんて週刊誌のネタになりそうな安っぽい話だね、先生」
 心優はキッとしたまなざしで青田を睨んだ。
「私は何も疚しいことはない。あなたがどんな卑劣な脅しをしたとしても、その手には乗りません」
 青田がフッと笑う。まるで心優を馬鹿にしたかのような笑い方にますます腹が立った。
「これが脅しだと思ってる? 俺は本気だよ」
 と、感情の読めぬ瞳で見つめていた青田がまた笑った。
「じゃあ、俺と取引しない?」
「取引?」
 到底、生徒の口から教師に対して出たとは思えない科白に心優は眉をひそめた。
 そう、と、青田は事もなげに頷いた。
「先生と俺の間で取引をする。俺はね先生、さっきも言ったように、先生のことは嫌いだけど、タイプではあるんだ。だから、先生と付き合いたい。俺の女になれよ」
 心優は内心、呆れ果てた。これが教師相手の十六歳、もくしは十七歳の科白だというのだから笑える。しかも、相手は大真面目だ。
 だが、この状態では、笑っていられる場合でもないというのも判っていた。青田の言うように、高校二年生の男の子の体軀も力ももう殆ど大人並みだ。或いはそれ以上かもしれない。非力な自分が到底太刀打ちできるものではなかった。
「私が嫌いなのに、どうして付き合いたいなんて思うの?」
 ここは時を稼いで何とかして逃れるしかない。心優は質問しながら頭をフル回転させることに意識を集中させた。
 青田の丸い顔に再び嘲笑とも取れる笑いが浮かび上がった。
「そんなことも判らないの? 俺は何も先生を彼女にしたいわけじゃない。愛人にしたいんだよ、つまり俺が欲しいのは先生の身体だけ、別に気持ちなんて、どうでも良いから」
 ヘラヘラと笑う青田の顔に唾を吐きかけてやりたい想いに駆られ、心優は必死に堪えた。
「あなたは本当に最低な人間ね。そういう人がこのまま大人になったら、女の子を平気で弄んで棄てる無責任な大人になるんだわ。青田君、あなたは根本から人生を見つめ直すべきよ。男女の結びつきはそんな簡単なものじゃないの。特に心の伴わない関係は女性側だけに負担を強いる結果にもなりかねない」
「ヘッ、いかにも教師らしい道徳のテキストにでも載っていそうな科白だな。俺は別に女の気持ちなんてどうでも良いし、知りたくもない。親父がやってるように、若い女の子とやり放題やってみたいだけさ」
 その唾棄するようなひと言に、心優はハッとした。ここにもまた一人、親の無責任な行動を見つめ、危険に晒されている子どもがいる。青田の父親は食品メーカーの社長だと聞いた。青田はもちろんN電機ほどではないが、それでもそこそこ名の通った会社の一人息子で、母親には溺愛されて育った。
 何不自由のない恵まれた生活を送っているかに見える彼にも、翳りはあったのだ。青田のひと言から、彼の父親が大勢の愛人を作っているのであろうことは彼のことをあまり知らない心優にも想像はついた。
「可哀想に、青田君は傷ついているのね」
 その何気ない言葉に青田は過剰なほどの反応を示した。
「俺が―傷ついてるだって?」
 心優は頷いた。
「あなたも長瀬君も、きっと心が傷ついてるのよ」
 刹那、青田が怒鳴った。
「俺と長瀬を一緒にするなッ」
 いきなり襲いかかられ、心優は悲鳴を上げた。トイレの壁に強く押しつけられる。咄嗟に振り上げた両手はひと纏めにして掴まれた。
「俺は長瀬が大嫌いだと言っただろ、あんなヤツと一緒に、しかも傷ついてるだなんて、よくも言ったな。教師だからって偉そうに言うな、あんただって、たかだか二十年ちょっとしか生きてない、俺とは七歳しか違わない。澄ました顔で悟ったようなことを言ってるけど、身体までそうか俺がここで確かめてやるよ」
 噛みつくような口づけで唇を塞がれ、次いで汗ばんだ手がブラウスの胸許を性急にまさぐった。緩急をつけた速さで胸を揉み込むその仕種は遊び慣れた大人の男と変わらない。この少年が既に幾度も女性を抱いているのは明らかだった。
 長い口づけが苦しくて、口を僅かに開いた隙に舌が侵入してくる。逃げ惑う舌を絡め取られ吸い上げるのも遊び慣れた男のよう。他人の唾液が自分のものと混じり合うのが気持ち悪くて吐きそうだ。
 その時、突如として湧き上がってきたのは例えようもないほどの嫌悪感だった。それは心優でさえ、もうとっくに忘れた―たとえ忘れたとまではゆかずとも、心の奥底に閉じ込めているはずのものだ。
 そう、あの日の忌まわしい記憶。もう久しく思い出すことすらなかった、あの瞬間の。
 だが、それは大きな間違いであったらしい。はるか昔に消滅した、或いは超越したと思い込んでいたあの記憶はこうして似たような出来事が起こると、心優を責め苛むのだ。
「いやっ、止めて、離して」
 心優は恐慌状態に陥った。あの日、幼い心優のまだ膨らみ始めたばかりのいとけない乳房を執拗に揉んだ手、荒々しく引き裂いた木綿の黄色のワンピースは母のお手製で、その頃の心優のお気に入りだった。
 無残に引き裂かれたワンピース、嫌だと泣き叫んで暴れた夏の日の午後が今、時を巻き戻したように甦った。あの出来事があって以来、母は心優を九州の祖母の許に預けた。その二年後、母もまた義父の暴力に堪えかねて離婚した。長らく義父に心身ともに虐げられた生活を送った母が鬱状態になり、自ら生命を絶ったのは心優が十四歳のときのことだった。
 高校卒業後、心優は祖母の許を離れ、本州に戻り、この北の地方都市の大学に入学した。奨学金を貰いながら大学を優秀な成績で卒業し、念願どおりに高校の教師となった。
「いや―、お義父(とう)さん、止めて」
 心優は渾身の力をこめて青田の身体を突いた。弾みで今度は彼の身体が離れた。
 と、後方で怒声が響いた。
「手前、何してやがる!」
 心優と青田がほぼ弾かれたように顔を上げた。トイレの入り口に立っているのは長瀬大翔だった。
「おい、お前、どういうつもりなんだ!」
 長瀬は真っすぐに歩いてくると、青田の胸倉を掴み上げた。上背のある長瀬とこの年頃にしては小柄な青田では体格差がありすぎる。
「見りゃ、判るだろうが。心優ちゃんが俺を誘ってきたから、仕方なく応じてやったのさ」
 心優はあまりの言葉に激高した。
「私は誘ったりなんかしてないわ」
「ホントかなあ? 俺と先生のどっちが正しいかを知ってる人間は誰もいないんだよ」
 相も変わらずニヤつきながら言う青田の頬が鳴った。
「ふざけんな。先生がそんなことをするわけないだろう。どうせお前がここに連れ込んだ、違うか、青田」
 青田は長瀬に打たれた右頬を押さえ、肩を竦めた。
「さあ、ね。ああ、馬鹿らしい。これから良い目が見られるっていうときにとんだ邪魔が入って、おまけに殴られちまった」
 青田は急にすべてのものに興味を失ったかのように、首を振り、長瀬の側を通り抜けてトイレから出ていった。
「大丈夫か? 先生、震えてるぞ」
 気遣うように声をかけられ、心優は我に返った。小刻みに身体を震わせていたのに自分でも気づいてなかった。やっとの想いで微笑むと、長瀬に礼を言う。
「ありがとう、助けてくれて」
 何故か長瀬は少し眩しげに眼を細めた。
「別に礼を言うほどのことじゃない。あいつは昔から虫の好かないヤツだから」
 照れたようにそっぽを向いた彼の横顔は少し紅くなっている。教師に褒められて恥ずかしがるようなところはまだまだ子どもなのだ。心優はそんな彼を微笑ましく見つめた。