新しい妃を巡り大げんかの皇帝と貴妃。芳華は法明に空室に連れ込まれ 小説 後宮艶夜*ロマンス | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 法明が肩を竦めた。
「お前の前で皇帝らしくふるまうのは止めた。俺はこれが地だからな。窮屈な言葉を使うのは、どうも性に合わんらしい。せめて一人くらいは、素の自分を出せる相手がいても良いだろう」
「はあ」
 どう応えたら良いものか判らず、とりあえず相槌を打つ。しかし、芳華にとっても、実はこの方が法明らしくて良いと思う。皇帝に戻ってからの彼は言葉遣いもまったく違うし、まるで別人のようだった。
 その時、ふと、考えるよりも先に言葉が出てしまったのは、やはり凜鈴の話が心に掛かっていたからだろうか。
「陛下、新しいお妃をお迎えになるのですか?」
 法明が切れ長の双眸を見開いた。
「それは、どういうことだ?」
「いえ、何でもありません」
 芳華は漸く、自分がどれだけみっともない問いをしてしまったかを悟った。後宮の妃たるもの、たとえ他の女が乗り込んで―もとい入ってきても、見苦しく騒いだりしないのがたしなみではないか。
 が、法明はそのまま放っておいてはくれなかった。
「おい、そこまで言っといて、途中止めはないだろうが。ちゃんと最後まで俺にも判るように話せよ」
 芳華は仕方なく、話を続けた。曺将軍の次女玉蘭が近々、後宮に入る予定だという噂が後宮にひろまっている話だ。
 法明は黙って聞いていたが、おもむろに芳華を見た。
「お前はどう思う? 芳華」
 それをこの自分に訊くのか、この男は。
 思わず皇帝陛下に対するには不敬すぎる言葉が出そうになるが、そこはグッと堪えた。
「それは―結構なことではありませんか」
 ありきたりというか、後宮の妃としては模範的な回答ができたと我ながら思ったのに、法明は面白くなさそうな顔だ。
「結構なこと?」
 問い返すのに、芳華は頷く。
「曺将軍は国の軍隊を掌握している方です。たとえ陛下がこの国の最高権力をお持ちだとしても、やはり軍部は重要です。それを動かす力を持つ曺将軍のご息女を娶られるというのは即ち、軍部を味方につけたも同然。陛下のこれより先の御世に大いに役立ちましょう」
 法明はこれ見よがしな溜息をついた。
「あー、お前って、本当に面白くない女だな。そんなことは判りきってるさ。俺が訊きたいのは、お前自身の気持ちだ。俺が他の女を妃に迎えても、お前は平気なのかって意味だ」
 芳華は口を尖らせた。
「そのようなことをお訊ねになる陛下のお気持ちが私には判りかねます。後宮の妃は常に複数いるのが当然のこと、陛下にも私だけでなく、これからはもっとたくさんの女人がお仕えすることになりましょう。そのようなことで、私はいちいち何も申したりはしません」
 これも模範的な回答で、我ながらよくやったと褒めてやりたい。なのに、何故か心は苛々として、嫌な感じだ。
 法明が大きく頷いた。
「そうか、郁貴妃は真に女人の鏡のような賢女であるな。それでは、近い中に曺将軍の娘に淑妃として入内するように勅令を出そう」
 何故か口調が刺々しいのは気のせい? 
 芳華はプイと横を向いた。せっかく芳華が気の利いた受け答えをしたというのに、何故、法明は機嫌が悪いのだろう。
 後宮の后妃の位階は次のようになっている。

操国後宮
   
(正妻)(四妃)
皇后→ 貴妃→七嬪→十容→十媛→十才人
    淑妃
   賢妃
華妃

 つまり、正式に認められて位階を賜った側室だけで四十一人。正妻たる皇后を頂点に側室を含めて総勢がその数になる。英雄色を好むではないけれど、三代皇帝の御世には何と正式に定められたこの四十一人の他にもお手つきの宮女、女官も含めれば、その数七十人とも百人ともいわれている。
 ちなみに、三代皇帝の子女は記録に残っているだけで、五十数人。もちろん、いつの世も皇帝がこの四十一人の妃をすべて侍らせていたとは限らない。現に先帝の後宮は皇后と貴妃がそれぞれ一人ずつで、その貴妃も最初の皇后が崩御した後、二番目の皇后となった。
 今の皇帝に至っては二十一歳になっても、いまだに妃は芳華一人だ。後宮でこの妃たちに仕えるのが女官・宮女であり、女官は正式な侍女、宮女は見習いといえる。その中にも細かな位や役割分担・担当部署があるのだ。
 女官や宮女を取り仕切るのが女官長。後宮の一切を決める権限は皇后にあるが、実務を取り仕切り運営していくのは女官長である。凜鈴のような侍女は後宮の正式な職員ではなく、郁家から付いてきた私的な使用人である。ゆえに、給金は後宮から公費として出ず、郁家の方から支払われる。
 今回、皇帝が曺玉蘭に与えようとしている淑妃というのは、貴妃のすぐ下だ。同じ高位の妃でも四妃の中では貴妃が筆頭、それから淑妃、賢妃、華妃と続く。同じく、その下の嬪、容、媛、才人にも位の上下がある。
「それよりも」
 法明はすっかり気まずくなってしまったその場の雰囲気を変えたいのか、いきなり話題を変えた。
 言いかけた法明がわざとらしく咳払いする。
「それよりも、芳華。お前は竪琴の名人だと聞く。一度、その腕前を俺に聞かせてくれ」
 そういえば、と、芳華は思い出す。法明と出逢ったのも、そもそもはそこが始まりだった。皇帝が芳華の竪琴を聞きたいと言い出して、それで芳華が逃げ出した。もっとも、その当の皇帝というのは法明その人だったのだが。
 しかし、どういうわけか、この時、芳華は素直に〝はい〟とは言えなかった。
「今度、陛下がお召しになる玉蘭さまは当代の竪琴の名手と聞いております。私はほんの手すさびにつま弾く程度、玉蘭さまの足許にも及ばないでしょう。畏れながら、陛下も当代の笛の名手とお聞きしておりますゆえ、お二人でお合わせになれば、さぞ聞く者は涙を流さんばかりのものになるかと」
 我ながら、嫌な女だと思った。しかも、この言い様では、はっきりと法明と玉蘭の仲を嫉妬しているようなものではないか。玉蘭はまだ入内もしていないのである。それなのに、こまで皮肉を言うのは、たしなみがなさすぎる。
 芳華は自分で口にしておきながら、恥ずかしさに頬が熱くなった。しかし、これは皇帝を激怒させるには十分過ぎたようだ。
「良い加減にしろ、嫉妬は見苦しいぞ」
 芳華は相手が皇帝であるのも忘れて言い返した。
「嫉妬なんかしてません。第一、何で私が嫉妬しなきゃいけないの? 嫉妬って、普通、好きな男にするものでしょ」
「おい、お前!」
 法明が蒼白な顔で怒鳴った。
「お前、この期に及んで、そういうことをいうか」
「あなたは皇帝でしょう。皇帝は幾らでも好きなだけ妃を持てるんだもの。後宮の女は皆、あなたの命に従わなければならないわ。あなたこそ嫌みよ、いちいち新しい妃を迎える度に、私に意見を言わせるつもりなのかしら」
「そんなことはどうでも良い。お前は俺に惚れてるんじゃないのか? お前は好きでもない男の子を孕んだのか!」
 こうなると、もう売り言葉に買い言葉である。
「そんなのは知らない。私が好きだったのは文法明さまで、皇帝陛下じゃないもの」
 次の瞬間、芳華はいきなり抱き上げられた。
「判った、皇帝は後宮の女を好きにして良いのなら、俺はお前を好きなようにする。もう我慢なんかするもんか」
「法明?」
 芳華は恐る恐る彼の名を呼んだ。だが、彼は返事もせず、芳華を抱えたまま大股で庭を歩いていく。牡丹園を横切り、彼が芳華を連れ込んだのは後宮の今は使われていない一角のようであった。