頭中将から無理に迫られた姫が家出!羅生門で盗賊に襲われて?小説 無垢な姫君は二度、花びらを散らす | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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「公之さま、今、何と―?」
「姫、あなたはその無邪気な、時にあどけないともいえる愛らしい笑みで男を惑わせる。あなたのその穢れのない美しさに男は皆、心奪われてしまうのだ。だが、あなたは自分が男を魅きつけてやまぬことなど、一切気付いてはいない。それは最も重い罪だ、姫、あなたは男の心を惑い狂わせる魔性の女だ」
―そなたには男を狂わせる魔が潜んでいる。そなたは、その無邪気な虫も殺さぬ可愛い顔で、男を誑かす。
 かつて、公子にこう囁いた男がいた。
 欲情に薄く眼を翳らせ、嫌らしげな笑みを浮かべて公子に襲いかかってきた男、その男は力づくで公子を思い通りにしようとる自分が悪いのではなく、男を虜にする公子自身が悪いのだと言った―。
 そして今、公之までもがあの卑劣な男と同じことを言う。悪いのはすべて公子だと、公子が男の心を惑わせるから、こんなことになるのだと。
「姫、私の気持ちを判ってくれ。私と一緒になると言ってくれないか」
 公之に突如として手首を掴まれ、公子は悲鳴を上げた。
 強く引き寄せられ、公之に抱きしめられる。
 だが、今日はいつかの抱擁とは異なり、公子は安心できるどころか、ただただ怖ろしいと思うばかりだった。
「な、姫。私の妻になってくれ」
 逃れようとする公子をいっそう強く抱きしめ、公之はかき口説く。その場に押し倒されたかと思うと、すかさず公之が上からのしかかってきた。
 のしかかってきた公之は怖いほど迫力がある。公之の熱い手が公子の身体中をまさぐった。力を込めて襟元をくつろげようとするのを必死で拒みながら、公子は涙ながらに叫んだ。
「こんなのは厭、こんな力づくなのは厭!! 公之さまも、所詮はあの方と一緒だったのですね。あの方も私にあなたと同じことを仰せでした。私がすべて悪いのだと、私が隙を見せることが、殿方を誘うのだと」
 その言葉に、公之がハッとした表情になった。公之が一瞬怯んだその隙に、公子は両手で力一杯、公之の胸を突いた。
「全部、私が悪いのだと―!!」
 悲鳴のような声は涙混じりだった。
 思いがけぬ攻勢に遭い、公之が力を緩める。その一瞬、公子は泣きながらその腕から逃れた。
「姫ッ」
 公之の狼狽した声が呼び止める。
 だが、公子は夢中で走った。
 屋敷を出て、ふっと我に返ったときには別邸から随分と隔たった道を歩いていた。
 いっそのこと、このまま死んでしまおうかとも考える。眼の前を宇治川が流れていた。
 月光を受け、水面が銀色に輝いている。
 優しい川のせせらぎが呼んでいるように聞こえる。
―おいで、おいで。ここに来れば、もう誰に心を乱されることもない。男に欲まみれの眼で見られることもないし、そんなことで辛い想いをすることもないのだよ。
 あれは誰の呼び声だろうか。
 公子がその呼び声に唆され、いざなわれるようにして川べりにいっそう近付いたその時―。
 ふいに脚許にポトリと何かが落ちてきた。
 ハッとしてしゃがみ込んでみると、地面で小さな虫がもぞもぞと動いている。そっと拾い上げて月光に透かしてみると、それは小さな黒い虫だった。大方、川原に生いしげった秋草についていたのだろう。
―こんな小さな虫だって生きているのよ。
 唐突に幼い日の自分の声が耳奥でありありと甦った。いつだったか、あの男にそう言ったことがある。どんな小さな虫だって生きているのだから、むやみにその生命を奪ってはならないのだと。
 ああ、自分は何と浅はかな、取り返しのつかぬことをしでかそうとしていたのだろう。
 公子は涙に濡れた眼で、愛おしげに小さな虫を見つめた。
「ありがとう、お前はきっと私を助けてくれたのね」
 ほんの偶然の出来事なのかもしれない。しかし、そのときの公子には、確かに虫が自分をこの現世(うつしよ)に繋ぎ止めようとしてくれたのだと思わずにはいられなかったのだ。
 月光に透かしてみると、毛むくじゃらな虫が銀色に光って見える。
「お前は、本当はこんなに綺麗なのにね」
 公子はそう言って笑うと、壊れ物を扱うような手つきでそっと虫を草むらに戻してやった。
 そう、何があっても生きなければ。
 公子は思い直すと、川とは反対の方向へとゆっくりと歩き出した。

 どれくらい歩き続けただろう。
 夜が東の空の方から白々と明け始めた頃、公子は京の外れにさしかかっていた。
 空を仰ぐと、蒼みを失って白っぽくなった月が辛うじて見えた。今にも陽の光にかき消されてしまうかのようなその様子がいかにも頼りない。
 公子は俄に心細さを憶えずにはいられなかった。この界隈は都でも最も外れに当たり、殊にこの朱雀門周辺は治安が悪い。昼間でも人通りが少なく、夜間には夜盗や追いはぎが毎夜のように出没するという。
 そろそろ夜明けも近いけれど、まだ周囲には人っ子一人見当たらない。ひっそりと静まり返った大路の向こうに紅い丹塗りの巨大な門が聳え立っているのが余計に不気味で、圧迫感を与える。
 道の端に老婆が蹲っているのが見え、公子はホッとした。人恋しさのあまり、老婆に近付いてゆく。間近で見ると、枯れ木が襤褸を纏ったようで、白髪はそそけ立ち、それこそ幽鬼のように怖ろしげに見える。それでも、我が身一人でないと思えば、人ひとり見えないこの場所では心強い。
「もし」
 呼びかけて、公子は、うっと口許を抑えた。蹲った老婆から耐えられないほどの臭気が漂ってくるのだ。
 これは―。公子は俄に不吉な予感に囚われ、老婆の肩にそっと手をかけ揺さぶった。
 と、頼りなげな老婆の身体は、クラリと揺れ、公子が手を放すと、そのまま地面に倒れた。
「―!」
 公子はその場に固まり、物も言えなかった。
 老婆は既に死んでいた。事切れてからもう幾日も経過しているのか、道に仰向けに倒れた老婆の顔は半ば白骨と化し、わずかに残った肉は腐り蛆が湧いていた。
 気の毒に、ゆき場がなく倒れ、そのまま息絶えてしまったのだろう。
 これが、庶民の現実なのだ。
 貴族たちは管弦だと詩歌だと遊興に現を抜かし、夜毎、華やかな恋の花を咲かせ、優雅な暮らしを送る一方で、庶民はその日の食べる者にも事欠き、弱った老人や幼児は儚く生命を散らす。
 公子はしばし物言わぬ骸と化した老婆を茫然と見つめていたが、手のひらを合わせて黙祷を捧げた。
彼方に紅い門が見えている。
 いかめしくゆく手に立ちはだかる門に気圧されながらも、なお公子が一歩を踏み出そうとしたまさにその時、公子のゆく手を大きな影が遮った。
「姉ちゃん、こんな時間にこんな場所で何をしているんだ?」
 顔を上げると、人相も風体もおよそ良くない男が二人、眼の前に立っていた。着ている水干は薄汚れ、元の色も定かではないほど真っ黒、括り袴からは毛脛がにょっきりと出ている。二人とも筋骨逞しい男で年の頃は三十そこそこといったところか、髪の毛はボサボサで、少し離れた公子にも二人から漂う悪臭が匂った。
―この男たちは盗賊だ!
 今、夜になると都の人々を震撼とさせているのは何も、魑魅魍魎、物の怪の類ばかりではない。鬼丸といった、いかにも怖ろしげな二つ名を持つ夜盗が徘徊し、貴族の屋敷ばかりか裕福な商家などまでをも襲っているという。一度押し入られたら、とことんまで奪い尽くし、女は陵辱の限りを尽くされるという怖ろしい盗賊だ。
 その鬼丸一味は常にたった二人だけで行動するという。顔も背格好も全く同じ、瓜二つの双子で、その容貌も呼び名に相応しい鬼瓦のような怖ろしげなものだとか。
「あ―」
 公子は一瞬、恐怖に身が竦んだ。
 二人組の盗賊、鬼丸一味。
 この男たちがそうであるという確証はない。しかし、眼の前の二人の風貌は噂に聞いている冷酷であくどい盗賊一味にぴったりと符号していた。
「兄貴、こいつは良い獲物に出逢ったみたいだぜ。上玉じゃねえか」
 右側の男が言うと、傍らの男が下卑た笑いを浮かべ頷く。どちらも、いかつい赤銅色の顔をしているが、左側の男は眼許に黒子があるのが特徴的だ。
「おう、ここのところ、検非違使の警戒が厳しくなって仕事がやりづらくなっていたからな。くさくさしてたところだし、丁度、憂さ晴らしに良いか」
 二人は顔を見合わせ、何とも厭な笑いを浮かべた。一人が顎をしゃくると、いきなりもう一方が公子に近付いてくる。
 あっと思ったときには遅かった。逃げようとした公子は近付いてきた男に両脚を持ち上げられていた。
 甲高い悲鳴が上がったが、男たちは頓着せず、もう一人の男の方までがやって来て、公子の上半身を抱え上げる。二人の屈強な男に抱えられ、公子は朱雀門まで運ばれた。
 門の下まで運んできた公子を男たちは手荒に地面に投げ出した。
「兄貴、この娘、随分と良いみなりをしてるな。もしかして、貴族の姫さんとかじゃないのか」
「かもしれねえな。それに、見てみろよ。この膚。吸い付くような膚じゃねえか」
 兄貴と呼ばれた方が舌なめずりしている。