彼女にあげる花束を何故に私に作らせる? バイト先の花屋に現れたお兄さん。 小説 さよならから始ま | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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小説 さよならから始まる恋物語【Love story】~雪の女王~


 オシャレでブランド好きな彼女らしく、バーバリーのコートが憎らしいほど似合っている。
 光樹はよくよく見れば、自分と眼許口許がよく似ているその女に向かって渋面を作って見せる。
「何で取り込み中に来るんだよ? 普段はここに寄りつきもしないのに」
「あら、わざわざ、この私が様子見に来てあげたのに、つれないのね」
 光樹より少し年上らしい女は緋色のルージュを塗った唇を不満げに尖らせる。
「それよりも、今の娘(こ)って光樹の何なのよ?まさか彼女とか」
 光樹はまたしても、あからさまな大息をついた。
「俺のことなんて、どうでも良いからさ、自分こそ、とっとと嫁に行けよな。俺のとこに来るなんて、どうせまた親父と大喧嘩したんだろう、見合いをぶち壊したとかで」
「そうそう、それなのよ。お父さんがまた勝手に見合い話を決めてきたの。あんまり腹が立ったものだから、私、セーターとジーパンで見合いに行ってやったのよ」
 光樹は渋面を維持することを放棄し、ついに吹き出した。
「見合いにセーターとジーパンだって? そりゃ、親父はカンカンだったろうな」
「そうよ。絶対に振袖だって言い渡されてたからね。で、そのときの私の武勇談を光樹にも聞かせてあげようと思って、ケーキ買ってきちゃった。ちょっと話に付き合ってよ」
 まったく、懲りない女だ。光樹は今度はひそかに溜息をついた。
「そっちはそれで良いかもしれないが、こっちとら、滅茶苦茶だよ。折角、できかけた彼女を逃すかもしれないんだぞ」
 と、女は肩下で切りそろえた艶やかなワンレンボブを軽やかに揺らして品良く笑う。
「あらぁ、それは愉しみ。私の武勇談の後は、是非、その可愛い彼女との馴れ初めも聞かなきゃ」
 ひとしきり笑った後、彼女が言った。
「光樹、コーヒーでも淹れてよ。あ、私はインスタントは駄目よ、ちゃんと豆から挽いたのじゃないと」
 言い終わる前に、ストーブの前に早くもどっかりと腰を下ろしている。
「参ったな」
 光樹はぼやきながらも、言われるままにコーヒーを淹れに流し台に向かった。部屋の隅に簡単な煮炊きができる板場スペースがあるので、そこを台所に使っている。
「何だかんだって親父の悪口言っても、三人いる姉弟(きようだい)の中では、あんたがいちばん親父に似てるんだから」
 聞こえるとまずいので、光樹は聞こえないように小声で毒づいた。


SideⅥ(沙絢)~恋人たちの聖夜【Lvoers of holly night】


 まったく今日くらい忙しい日はないと言って良いほど、朝から座る間もない。商売繁盛で結構なことだが、お陰でお昼を食べ損ねてしまった。
「まあ、それも仕方ないわね。だって、今日はイブだもの」
 沙絢は独りごち、小さな息を吐いた。そう、今日は十二月二十四日。日本中、いや世界中のありとあらゆる人々が―特にカップルには心ときめく聖夜なのだ。
 残念ながら、つい四日前、大失恋したばかりの、いまだ傷心言えぬ沙絢にとっては歓迎すべからざる行事ではある。
 やはり、世の男性諸氏は恋人に贈る品で真っ先に思い浮かべるのが花なのだろうか。今日は朝、九時に開店してからというもの、いつもの倍以上のスピードで花が売れている。しかも、買ってゆくのは若い男性が圧倒的に多い。
 花を所狭しと飾れば、後は居場所がないような小さな花屋ではあるが、N駅地下という立地条件の良さのせいか、普段から客入りは悪くはない。それでも、菓子パンとジュースの簡素な昼食を済ませる時間くらいは取れる。
 幸いにも今は客足も途切れている。既に壁の時計は二時をゆうに回っているが、ここらでパンをジュースで流し込んでおいた方が賢明なようである。
 沙絢の持論その一、腹が減っては戦はできぬ。空きっ腹ではお客さまに愛想笑いもできない。第一、接客中に空腹のあまり眼を回して倒れでもしたら厄介だ。
 ここのオーナーはもう七十近い老夫妻だ。今年の六月に遠方に嫁いだ孫娘が任されて店を切り盛りしていたらしい。二人ともに寄る年波で、もう店も畳もうかと話していたが、ここまで続けた花屋を閉めるのも惜しいと、とにかくバイト急募の紙を表に貼りだした。
 たまたまここをよく通る沙絢が見つけて、応募したところ、即採用が決まった。
 本当は華道の心得のある人を期待していたのだが、なかなか応募者がいない内情もあった。花屋の仕事は始終花に囲まれて綺麗で楽そうに見えるかもしれないが、それは所詮、知らない人の理屈だ。
 まず売り物の花を常に最良の状態に維持できるように気を配らねばならない。花は当然、生きものだから、ちょっとした気温の変化などで萎れたりしてしまう。なかなか気の抜けない仕事だ。
 更に客の求めによって、贈り物の場合はふさわしい花を選び、時によってはアレンジメントを作らねばならない。その点、沙絢は華道の知識はなく、ド素人である。なので、最初に花屋の奥さんに簡単な基礎知識だけは教えて貰い、後は実地で学びながらやっていた。
 休日には図書館に通い、アレンジメントの本を借りて自宅で勉強もそれなりにしている。今はまだ金銭的に余裕はないけれど、いずれはちゃんと教室に通って基礎から学び直し、資格も取りたいと考えている。
 普段から、ろくに心得もない自分が大切な人に贈るアレンジメントを作っても良いのかという迷いはある。でも、たまに店を覗く奥さんは沙絢の作る花束や花籠を見て、センスがあると褒めてくれることが勇気づけてくれた。
 何より、客が沙絢の作った花束を誰かにプレゼントして、笑顔の花が一つまた一つと咲いていくことが嬉しいし、とてもやり甲斐ある仕事だと思っていた。まだまだ遠い将来の話だが、最近はいつか自分の店を持てたらとまで夢見るようになっていた。
 夢を持てるのは良い。いつか自分の店を開きたいと人生の目標を持ってから、沙絢は毎日に張り合いを感じ、このバイトにいっそう打ち込めるようになった。
 大急ぎで菓子パンとジュースで簡単な昼食を取ったところに、見計らったように客が来た。
「いらっしゃいませ」
 沙絢は元気よく声を上げた。接客の基本はまず腹から声を出す、それから心からの笑顔でお客さまをお迎えすること。沙絢なりに学んだ商売の基礎である。
「やあ」
 が、沙絢の輝く笑顔も瞬時に曇った。眼前に佇んでいたのは今、いちばん逢いたくて逢いたくない男だ。
 光樹は相変わらず憎らしいほど格好良かった。何と今日はスーツでびしっと決めている。あっさりとした紺色の上下が男性にしてはきめ細かな膚をしている彼によく似合っていた。ネクタイは臙脂色。いつもセーターにジーパンとラフないでたちしか知らないので、フォーマルで盛装した彼が余計に際立って見える。 
 まったく、本物のイ・スンギよりもイケメンだ! 沙絢は大失恋したばかりの男にいつしか見惚れていたことに気づき、赤面した。
 沙絢の視線に気づいているのかどうか、光樹は屈託ない笑みを浮かべている。四日前に、彼の住まいで他の女と鉢合わせしたことなんて、まるでなかったかのように。
 だが、沙絢の方は到底、まだ平静ではられない。いや、一年後でもまだ上辺だけでも平静を保てるかどうか判らない。それほど、あのときはショックだったし、動揺したのだ。
「プレゼントにしたいんだけど、花束作ってくれないかな」
 つい訊かずにはいられなかった。
「女の人?」
「うん」
 さらりと言う。何て憎らしい男!
 沙絢は、悪びれもせずに堂々と口にする男に烈しい衝撃を受けた。
 花屋なんて、この近くだけでもたくさんあるだろうのに、何でわざわざ沙絢がいる店に買いに来る必要がある?
―彼はやっぱり、私のことなんて何とも思ってなかったんだ。
 改めてその事実を突きつけられたようで、まだ開いたままの心の傷が余計に痛む。
 彼女にイブの夜、プレゼントする花束を私に作らせるなんて。いっそのこと、全部仏壇用の菊花と白百合にしてやろうか、それとも、作った花束で光樹の顔を最後に一発ぶん殴ってやれば、さぞスカッとするだろうと思う。
 しかし、今は客として来ている彼をぶん殴るわけにはいかない。何より、客のニーズにできるだけ叶うように努めるのが花屋の仕事。
 沙絢は自分に言い聞かせ、ざわめく心を抑えた。ええい、しっかりしろ、私。ここは意地でも狼狽えたり、無様な様は見せられない。女の意地で、この男を唸らせるような素敵な花束を作って見せる。
 沙絢の生来の気性がしっかりと発動された。
「お贈りになる方は、どんな花がお好みでしょうか」
 できるだけ自然に聞こえるように祈りながら、さりげなく訊ねた。
 光樹は人差し指と親指を顎に添え、うーんと首を傾げた。
「そうだな、まずは薔薇、それからカーネーション、そういえば、紫陽花も好きだとか聞いたけど、この季節は無理だから、かすみ草。後はクリスマスらしさを出して適当にして下さい」 
 何よ、ここまで来て、気障ったらしい男。でも、その気障なポーズがまるでドラマの中のワンシーンのように様になるから、余計に腹立たしい。
 沙絢は唇を噛み、彼には背を向けて言われたように花を選び始めた。彼に背を向けていても、視線はしっかりと感じている。どうやら、彼女の仕事ぶりを眺めているらしい。
 まるで監視されているようじゃないの、嫌みな男。
 それでも、できるだけ花を選ぶことに集中し、注文を受けた数種類の花たちを作業用に使っている台に乗せた。クリスマス用とのことなので、緑と赤の薄紙を重ねて、それでラッピングすることに決めた。光樹が指定した花はすべて季節に関係なく出回っている定番なので、これは助かった。
 それぞれの花を適当な長さに切り、高さや大きさを微調整しつつ、花束に仕上げてゆく。
 花束を作りながら、沙絢は小首を傾げた。
―でも、何かおかしいっていうか、不思議。
 光樹が指定した花はすべて沙絢の好きな花ばかりなのである。
 が、光樹が沙絢の好きな花を知るはずがないのだ。ただの偶然だと思い、彼女は引き続き、花束作りに集中する。指定された花の他にはゴールドに加工されたリーフと鮮やかなグリーンを入れて、十五分ほどで花束は出来上がった。
 二枚の薄紙でラッピングし、深紅のリボンで束ねる。頑張った甲斐あって、クリスマスらしい雰囲気の豪華でオシャレな花束に仕上がった。
「これでいかがでしょうか?」
 わざと慇懃に言ってやると、光樹は微笑んだ。
「ありがとう、とても素敵だ」
 これを持って、とっとと彼女のところにでも行きな。今、自分はきっと嫉妬に染まったとても怖い顔をしているに違いないと思いながらも、どうしても表情が固まるのは止められない。
「彼女が歓ぶよ」
「そうだと良いですね」
 満面の笑みを浮かべる彼を沙絢は睨みつけた。
 まだ言う、嫌みか、こいつは。