衝撃!お兄さんは最初から私をホテルに連れ込むつもりだったの? 小説 さよなからから始まる恋物語 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

「まさか。三ヶ月前まで高校生だったのよ。それに、パパも亡くなったばかりなのに」
 光樹を見つめ返すと、彼の頬はますます上気した。
「そ、それもそうだな。お前は彼氏もいないって言ってたし、結婚なんて、まだまだ早いよな」
 突如として光樹の口から出た結婚の話はそれで終わりになった。だから、遠ざかる白鳥ボートを名残惜しげに見つめる沙絢の横顔を彼が物言いたげに見つめていることを沙絢は知らない。
 
 帰り道は車を使うことになった。光樹が車を運転してきていたのだ。S駅に停めてあった黒の軽自動車が彼の車だった。三ヶ月のホスト経験の成果かどうかは知らないが、光樹の女性の扱いはとても上手い。そういったことには疎い沙絢でも判るほどのレベルなのだ。
 光樹は先に助手席側のドアを外から沙絢のために開け彼女を乗せてから、またドアを閉めて最後に自分が運転席に座った。こういった何気ない仕種がわざとらしくなく、ごく自然に身に付いている。それが短期間のホスト経験から来るものなのか、それとも彼に元々備わっているものかまでは知り得なかった。
 だが、これまで夜の仕事を点々としてきたという彼に付き合った女性がいなかったはずはない。その程度は世間知らずの沙絢にも判った。もしかしたら、光樹が女の扱いに長けているのはホストだったからというよりは、それだけ多くの女性と付き合った成果なのかもしれない。
 そこまで考えて、沙絢は何か嫌な気持ちになった。ざらざらした砂を飲み込んだような気分とでもいえば良いのだろうか。光樹が顔も知らない女と肩を並べて愉しげに歩いている姿を思い浮かべただけで、心がグレーに染まっていく。
 その時、初めて沙絢は気づいたのである。
―もしかして、これは嫉妬?
 気づいて愕然とした。これまで自分は嫉妬なんてしたこともなかったし、嫉妬する自分を想像したこともなかった。もちろん、沙絢だって女の子だから、淡い恋の体験の一度や二度はある。
 小学校高学年のときの初恋は相手に告げることもなく儚く終わった片恋だったし、中学二年のときにはバレンタインに手作りチョコを渡した男の子とホワイトデーに映画を見にいったこともある。その男の子はサッカー部のエースで容姿はそこそこだったが、何より親分肌の面倒見の良さが誰にでも人気だった。
 仮にその子が転校していかなければ、或いはその後もどうなっていたかは判らない。残念なことに、その子は三年になる直前の春休み、家庭の都合で九州に転校していった。何でも両親が離婚して、彼は母親と共に母方の実家に行くことになったらしかった。
 北の地方都市であるN市から九州はあまりにも遠い。二人がもっと大人だったら、状況も変わっていたろうが、まだ中学三年生にとっては、あまりにも遠すぎる距離だった。その子からは一、二度、手紙が来て、沙絢も返事は出したが、結局、それきりになってしまった。
 誰とでもすぐ仲良くなれる彼のことだから、九州の新しい環境にも慣れて新しい友達や彼女ができたのだろう。沙絢もそう思っている中に、いつしか彼への想いや記憶も曖昧なものなっていった。それほど淡い恋だったということもある。
 恋愛体験といえばそのくらいで、大恋愛をしたとか、本格的に付き合った彼氏がいた試しはないのだ。だから、自分と嫉妬という感情を結びつけて考えたこともなかったというのが本音だ。
 なのに、光樹が沙絢にしてくれるように他の女にも優しくエスコートするシーンがごく自然に浮かび上がってきて、ありもしない妄想に嫉妬する。自分が物凄く嫉妬深い嫌な女になったような気がして、沙絢は自己嫌悪に陥った。
―私は光樹さんの彼女じゃないんだから、嫉妬する資格なんてないわ。
 懸命に自分に言い聞かせた。物想いに耽っている中に、いつしか車は見知らぬ細道に入っていた。
「光樹さん、もう今日は真っすぐ帰るのよね」
 道の両側には暖簾を降ろした居酒屋や小さな場末のバーやスナックといった小店が軒を連ねている。
 夜になれば灯りがついて多少なりとも華やかになるのだろうけれども、まだ午後三時を回ったばかりで、うらぶれた下町といった雰囲気を拭えない。
 何故、こんな道を通るのかと沙絢は一瞬、訝しく思ったが、光樹であれば近道もよく知っているだろうと自分を納得させた。
 どうやら、この界隈は飲食店ばかりが集まっているようだ。居並んだ小店がやっと途切れた先には、ポツンと小さな建物が見えた。
 到底飲食店には見えないその建物に光樹は躊躇う様子もなく車を入れる。駐車場は珍しい造りで、出入り口には長い暖簾状のビニール製カーテンが垂れ下がっていた。
 駐車場には車は数えるほどしかない。光樹は奥まった壁側に手慣れた様子で停車し、沙絢に降りるように促した。
 沙絢は何の疑いも抱かず、素直に車から降りて、彼の後ろについていった。駐車場にはエレベーターがあり、光樹は乗り込むと二階のボタンを押す。二階には受付らしきものがあったが、人の姿は見当たらなかった。受付の横にズラリとパネルが並んでいる。光樹が適当にその中の一つのボタンを押したのに、あらぬ方を見ていた沙絢は気づかなかった。
「行こう」
 気のせいか、寡黙になった光樹に手を引かれ、沙絢はまた歩き出す。廊下にはいかにも安物らしいカーペットが敷かれている。狭い廊下の両側にはドアがたくさん並んでいる。光樹は右の突き当たりのドアの前に立った。ドアには〝二〇八〟と記されていた。
 光樹が先にドアを開けて振り向いた。
「おいで」
 でも、このときは沙絢も何かがおかしいと思い始めていた。
「ここ、どこ?」
 光樹に縋るような瞳を向けると、彼がフッと視線を逸らす。
「良いから、入るんだ」
 やや強い口調で言われ、沙絢は首を振った。
「私、もう帰りたい」
「とにかく入れ」
 光樹は沙絢の手を掴み、彼女は半ば引きずられるようにして部屋に連れ込まれた。
 ガチャンとドアが自動ロックされる音がして、沙絢は泣きそうな表情になった。
「光樹さん、ここはどこなの? どうして、こんなことろに来たの」
 不安げに周囲を落ち着きなく見回しても、これが自分にとって良い状況でないことは何となく察せられた。
 だが、光樹は沙絢の問いには応えない。スリッパに履き替え、そのまま部屋を横切り、部屋の片隅にある冷蔵庫を開けて覗き込んでいる。
 沙絢はスリッパは履かずに、靴だけ入り口で脱いで中に入った。つられるように振り返り、息を呑んだ。室内は思っていたよりは広く、窓がないことを除けば、鮮やかなロイヤルブルーで統一された内装でオシャレともいえる。
 沙絢を怯えさせたのは部屋の大部分を占領する大きなダブルベッドだった。これも壁紙やカーテンと同様、深い海色のカバーがかかっていて、見た目は清潔に整えられている。
 だが、そんなことは問題ではない。途方もなく大きなベッドを目の当たりにして、沙絢も流石にここがどこであるかを悟った。
「何か呑むか?」
 全然別の質問をふられ、沙絢は震える声で言った。
「要らないわ。それよりも光樹さん、何でこんなところに?」
「男が女をホテルに連れてくる。その理由をいちいち言わなきゃならないのか?」
 その声は暗く投げやりで、いつもの彼らしくない。
「私は先に帰るから、光樹さんがここにいたいなら、ゆっくりして帰って」
 沙絢は早口で言い、背を向けた。ドア近くまで来た時、背後から光樹が走ってきた。
「待てよ」
「私はこんな場所にいたくないの」
 後ろを見ずに応えると、光樹が乾いた声で言った。
「お前は俺に恥をかかせるつもりなのか」
 沙絢はこの時、初めて振り向き、彼を見上げた。
「そんなつもりはない。でも、何故、何も知らせずにホテルになんか連れてきたの? こんなことをして欲しくはなかったのに」
「だが、俺があからさまに誘ったら、お前は素直についてきたのか?」
 質問に質問で返され、沙絢は応えに窮した。
「それは―」
 応えを探しあぐねている中に、いきなり身体がふわりと宙に浮いた。
「とにかく今は帰さない」
 それが彼に抱き上げられたのだと判ったときには遅かった。大股で逆戻りした彼は沙絢の身体を大きなベッドに乱暴に放った。
「光樹さん」
 沙絢は恐怖に震えながら、慌てて上半身を起こそうとする。だが、すぐに彼の逞しい身体がのしかかってきて、身動きができなくなった。
 熱い唇が首筋に押し当てられ、沙絢の身体がピクリと撥ねた。
「止めて、こんなことしないで」
 涙が溢れる。
「沙絢、判ってくれよ。俺、どうしてもお前が欲しいんだ」
 光樹が熱に浮かされたように呟きながら、黒いニットワンピースの上から荒々しく胸をまさぐった。ずっと車内にいたから、コートは着ていない。
「いや! 止めて」
 いよいよ本格的な身の危険を憶えて、沙絢は必死で暴れた。ワンピースの裾が性急に持ち上げられようとするのを、懸命に手で押さえて抵抗する。
「邪魔するんじゃない」
 苛立ったらしい光樹がワンピースの裾を掴み、ひと息に頭から脱がせた。まるでゴミを棄てるようにポンと床に放り投げて、また沙絢に覆い被さってくる。
「あ―」
 黒いレースのブラジャーとショーツだけになった沙絢は恐怖に可愛らしい顔を引きつらせた。
 光樹が軽く口笛を吹く。
「こいつはまた色っぽいな」
 沙絢は涙を流しながら訴えた。
「お願いだから、止めて。私、私、いやなの。だから」
 光樹の表情そのものが普段とは違う。切れ長の双眸には紛うことない暗い欲情の焔が燃えていた。いつもの彼が太陽だとすれば、今の彼は妖しく夜空を彩る月。
 冷たい真冬の月の光をまともに浴びて、沙絢は身体だけでなく心も恐怖に凍り付きそうだ。
「光樹さんだけは他の人と違うと思ってた」
 泣きながら言うと、光樹は小首を傾げた。
「俺が他のヤツと違う?」
「男の中には知り合ってすぐにこんなことをする人がいるって聞いてたけど、光樹さんはそんな人じゃないと思ってたのに」
「俺だって男だよ。下心もなしに俺がお前をデートに誘ったとでも思ったのか?」
 考えたくはないことだったが、ふと沙絢の脳裏を掠めた疑念があった。
「もしかして、ビルの屋上で私を助けてくれたときから、こんなことを考えてたの?」
 それには光樹からの応えはなかった。
 返事がなかったことが真実を物語っているような気がして、沙絢の涙は後から後から溢れ出した。