ウエディングなのに、一人記念撮影。私を待ち受ける運命は 小説 雪の華~彼氏いない歴31年の私 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

 ただピアニストに憧れたように、幸せな結婚を夢見ていただけ。そもそも、結婚って何だろう? 本当に必ずしなければならないものなんだろうか。
 ただ一つ、輝にも判ることがある。それは、ずっと一人でいたくはないということだ。結婚するにしても、しないにしても、一緒に歩ける人がいたら良いと思う。嬉しいときだけでなく、淋しいときや哀しいときも側に誰かがいてくれたなら。それは、どれだけ心強いことだろうか。
 重い荷物は半分にして分け合い、歓びもまた二人で分かち合う。まるで結婚式のときの牧師の言葉のようではあるが、それが紛れもない結婚のメリットではないか。心を寄り添わせるのに、容姿も勤務先も年収も関係ない。
 しかし、残念なことに、世の男たち皆がそういう考えではないようだ。男は大抵、顔がきれいだとか可愛いだとか、更には胸が大きい、形がきれいだということに拘る。もちろん、結婚相手に求める第一条件がそれだという人ばかりではないだろう。が、欲を言えば、顔や身体が良いと思っている男たちは多いだろう。それは当然のことかもしれない。
 女だって、たぶん、本音をいえば、男性の外見に拘りたいに違いないからだ。でも、輝は何も良い子ぶっているわけではなく、本当に夫や彼氏がイケメンであることを求めてはいなかった。もし条件があるとすれば、歓びや哀しみを分け合い、長い人生という道程を共に歩いていける人が良い。
 その人の隣が自分の居場所なのだ、しっくりくると自然に思えるような人に出逢いたかった。とはいえ、その男性も恐らくは綺麗な女性を好むだろうから、そういう意味で、自分にはやはりチャンスはめぐってこないのかもしれない。
―誰がこんなスカ女、彼女にしたりするかよ。
―君には無理だ。
 同じ歳の従兄と大学教授の放ったあのひとことが、ほぼ時を同じくして耳奥でリフレインする。
 輝は両手でほどいたままの長い髪をくしゃくしゃとかき回す。風呂上がりの洗いっ放しの髪はブローどころか、梳かしもしていない。鏡は見ていないが、恐らく失敗したポップコーンのように爆発しているに違いない。
 眼の前には、立ち上げたノートパソコンの液晶画面が迫っていた。何となくネットに繋いでみる。〝結婚 記念〟と入力して検索をかけると、忽ちにして検索結果がわらわらと出てきた。
 ふふっと、酷く自嘲的な笑いが洩れる。今の私にはきっといちばん縁のない言葉なのに。こんな自分は一生涯、結婚するチャンスもないだろう。
 ふいに純白のウェディングドレスを纏っている自分の姿が浮かんだ。これまで親友の披露宴に出たことは何度かあるが、正直、彼女たちがどんなドレスを着ていたのかまでは思い出せない。
 いや、飾り気なんて、何もない方がかえって良くはないだろうか。至ってシンプルで、トレーンも引いてはいない。女にしては長身すぎる167㎝、ついでにいえば胸も殆どない―いまだに成長期の少年のような体型には、どんなタイプのドレスが似合う? 
 やっぱり、ふんわりとして飾りがごてごてとついた方が、体型を無難に隠してくれるのかしら。輝の好みのようなシンプルなものは、かえって胸も女性らしい膨らみもおよそない貧弱な体型を強調するだけなのかもしれない。
 哀しいかな、この歳になっても、輝はまだウェディングドレスを着た自分というのをイメージできないのだった。そこで、今度は〝結婚 記念 ウェディングドレス〟を打ち込込み再検索をかける。
 すると、またすぐに色んな検索結果が出てきた。輝はふと、画面の右横に眼を止めた。
―一生の記念に残る最高のあなたを演出して、想い出に残しませんか? カップルでも、記念に自分の花嫁姿を残しておきたいシングルの方でもOK。ご予約、お問い合わせをお待ちしております。
 それは、検索ワードから選び出されて表示される広告であった。更に続きを見ていくと、〝写真館 メモワール〟と広告主が記載されている。
 もし、その時、募集するのがカップルだけというのであれば、輝は気にも留めなかったはずだ。だが、シングル女性でも一人で記念としてウェディングドレスで撮影できるというところに惹かれた。
 このまま老いていく前に、一度で良いから、ウェディングドレスを着てみたい。その一生に一度の姿を記念にとどめておきたい。そう思った輝の気持ちは女らしい、切ないものだった。
 輝は更に〝写真館メモワール〟で検索をかける。ネット検索によれば、メモワール写真館の住所は何とN駅前になっていた。
 何という偶然だろう。たまたま気になった写真館が―しかもネットで出てきた写真館がこんなに近くにあるなんて。
 もしかしたら、これも一つの縁―というのは大袈裟かもしれないが、チャンスなのかもしれない。この機会を逃せば、多分、ウェディングドレスを着ることなんて一生ないかもしれない。
「へえ、こんな近くにあるとは知らなかった。でも、そんな名前っていうか、写真館そのものがあの辺にあったかしら」
 輝は小首を傾げ、右手の小指でトントンとデスクを叩いた。考え事をするときの癖なのだ。
 輝はN町で生まれ育った。大学も自宅から隣町まで通った。だから、生まれ故郷であるN町のことなら大抵は知っているつもりだ。しかし、駅前の写真館は見たこともなければ話に聞いたこともなかった。
「まあ、最近できたばかりの写真館って可能性もあるわけだし」
 輝は呟き、とりあえず、メモワール写真館のホームページに飛び、〝お問い合わせ〟をクリックした。すぐに画面は写真館の予約フォームに切り替わる。
 一番下に、カメラマンのメールアドレスが記載されている。どうせ営業用のメルアドではあるだろうが、お急ぎの場合は、こちらにご連絡をどうぞと付け加えられていた。
 輝は試しにそのメルアドをクリックすると、更に画面が変わり、メールの送信欄が出てくる。

―初めまして。突然に失礼します。私、そちらの写真館の広告に興味を持った者ですが、独身女性でもウェディング撮影をして貰えるって、本当ですか? 詳しいことを知りたいので、お返事お待ちしています。
               本間輝

 何しろ初めての相手へのメールなので、失礼のないように読み返した。思い切って送信する。それから、今夜は既に十数度目になるだろう溜息をつき、首を振った。
 返事に関しては、あまり期待していなかった。大体、メールに返事が来ること自体に期待しない方が利口というものである。それは何もこの写真館だけではない。
 身近な友人、仕事上の付き合いのある人、今夜のように問い合わせをした場合。大抵は返信がない方が多い。輝の性格からすれば、到底、考えられないことだ。よく忙しいからと、多忙を理由に返事ができないと言うけれど、あれもどうかと思う。
 どんなに忙しい人でも、夜に自分の時間を持てない人間はまずいない。返事は何も長文ではなくて良いのだし、メールを読みました、届きました、着いてます、表現は何であれ、ひとことの返事が書けないはずはないのだ。
 それができないのは、向こうに明らかに返事をする意思がないから。その理由は面倒臭い、返事をする必要がないと判断するなど様々かもしれないが、返事を待つ側にとっては大変心外だし、礼儀を失する行為になる。
 律儀すぎるのかもしれないけれど、輝はそういった常識には拘りたい質なので、昔からよく不愉快な想いをしてきた。しかし、最近は、世の中にはむしろ返事をよこさない方が多いのだから、期待して待つ自分が愚かだという結論―というか諦めの境地に達しつつある。
 ましてや、今回の場合、輝は写真館の顧客というわけでもなく、写真館のオーナーであるカメラマンとも未知の間柄なのだから、返信のくる確率は余計に低い。
 だが。予想に反して、返信はすぐに来た。

―このたびはお問い合わせいただき、真にありがとうございます。私、写真館メモワールの吉瀬(きせ)聡(あきら)と申します。お客様がお訊ねの件につきまして、当写真館は、お一人の方でも歓迎させていただきます。和装・洋装、どちらかお好みの花嫁衣装での撮影、或いは、両方での撮影も可能です。撮影料や時間については、当社のホームページをご覧下さい。それでは、ご検討よろしくお願いします。
       カメラマン  吉瀬聡

 期待していなかった返信に嬉しくなり、輝はすぐにトップページに戻り、撮影コースのところをクリックした。ほどなく画面が変わる。ポートレート撮影から始まり幾つかのコースがあった。順を追ってゆくと、三番目にウェディング・フォト撮影の項目があった。そこを再びクリック。詳細が並ぶ画面に切り替わる。カップル撮影の次にシングル撮影と記載されている。
 恐らくは、ここだろうと見当をつけた。撮影料が洋装だけだと三万円。衣装代込みとあるから、写真館で衣装もレンタルできるのだろう。和装が三万五千円。両方だと五万円。これも衣装レンタル込みの価格だ。衣装の持ち込みは要相談と書いてある。メークも着付けも込みでの値段だとすれば、けして高くはない。
 輝の決断は早かった。早速、吉瀬というカメラマンへメールを送った。

―お世話になります。早速、御社のホームページを拝見しましたところ、是非、撮影して頂きたく思います。撮影の予約をしたいのですが、空いている日時を教えてください。よろしくお願いします。
               本間

 また即効で返事が返ってきた。

―それはありがとうございます。光栄です。撮影日時はできるだけ、お客様のご希望に添うようにしたいと考えておりますので、まずは、本間様のご都合をお知らせいだたけましたら幸いです。
              吉瀬聡

 そんなやりとりを数回交わした後、撮影日と時間はあっさりと纏まった。

―それでは、来る十二月二日日曜日、本間様のお越しを心よりお待ちしております。どうぞご体調に気をつけて、当日は最高のコンディションでお越し下さいませ。私も本間様の最高の瞬間をお撮りさせていただくのを愉しみにお待ちしております。
              吉瀬聡

 その夜、輝はなかなか眠れなかった。二階の自室のベッドで幾度も寝返りを打ちながら、輝は初めて身に纏うウェディングドレスに想いを馳せた。その日、自分が着るのは、どんなデザインのドレスなのだろう。飾り気のないシンプルなもの、それとも、流行の可愛らしいガーリーな雰囲気のドレス?
 両方のドレスを着た自分を想像してみようとしたけれど、ドレスそのものが具体的に思い浮かべられないので、土台無理な話だった。それでも、人生で初めて花嫁になれるのだと考えれば、心は浮き立った。
 階下はすっかり静まり返り、両親はもうとうに寝んだらしい。輝の父親は長年、銀行に勤務していたが、今春、還暦を機に定年退職した。次の就職も既に決まっているが、一年は自宅でのんびりと過ごすようだ。
 母親の方は姉が生まれると同時に勤めを辞め、ずっと専業主婦だ。父よりは三つ若い。いずれにしても、二人ともに六十前後である。早く結婚した姉は三十五歳、三人の子持ちである。男の子一人と女の子二人に恵まれ、夫の営む歯科医院で事務などをこなしながら、順調な家庭生活を送っていた。
 一方の妹である輝は三十を過ぎても、浮いた話の一つもない有様である。両親は口にはしないけれど、残った妹娘のゆく末を案じているのは判っていた。
 あれこれと考えている中に、輝はいつしか眠りに落ちていった。眠っている間、輝は夢を見ていた。
 輝は見たこともない教会の前にいた。
 行ったこともない教会の外観は、かつて友人の挙式に参列したことがあるような立派なホテル付属の教会ではなく、雰囲気でいえば町の小さな教会のようだ。
 簡素な教会の前に佇んだ自分は、白いドレスを纏っている。愕いたことに、見上げた空は漆黒に染まり、鈍色の雲が幾重にも垂れ込めていた。雲間から舞い降りてくるのは、ひとひらの雪。
 ひらひらと、雪がまるで春に咲く桜の花びらのように降り積もる。さらさらとした粒子の細かい雪は輝の髪や肩に薄く積もった。
 ふいに、輝は自分の傍らに誰かがいることに気づき、二度愕くことになった。長身の輝よりも更に拳一つ分くらい上背があり、ほどよく筋肉のついた体躯を黒のタキシードに包み込んでいるのは男!?
――!
 輝は声にならない声を上げた。と、傍らの男がスと動き、手を伸ばした。輝の髪にそっと触れたかと思うと、何かをさし示して見せる。大きな手のひらの上には、ふんわりとした花びらのような雪。
 しかし、当然ながら、雪は忽ち儚く溶けてしまう。不思議な感覚だった。これは夢だと十分判っているのに、手のひらの温かさで雪は待つ間もなしに溶けてゆく。
 見知らぬ男の傍にいるのに何の不安もないのは、これが夢と判っているからではなく、むしろ、誰かが側にいてくれることが、こんなにも幸福感を呼び起こすものだと判ったからだ。
 見たこともない、顔も知らない男と二人で雪の中に佇んでいるだけ。しかも、どういうわけか判らないけれど、二人とも結婚式のときの花嫁花婿のような格好をしている。これだけ現実からかけ離れた夢もないだろうに、不思議と違和感はなく、しかも、雪が体温で溶けるというリアル感すら伴っている。
 雪はただ降りしきり、輝の上に落ちてくる。眼前の教会には灯りが灯り、白銀の中にぽつんと建つ小さな教会は、よく絵葉書か何かで眼にするような幻想的でメルヘンチックな光景だ。
 しばらく夜空から舞い降りる雪と教会の美しくも幻想的な眺めに見惚(みと)れていた輝だったが、ふっと我に返った。
―あなたは誰?
 隣を振り返り、訊ねようとしたその瞬間、すべてが消えた。輝はただ一人、白いドレスを着て立っているだけ。赤々と灯りが灯っていた素朴な教会もなく、雪もない。ただ荒れた野原が際限なくひろがっている。そのただ中に、輝は所在なげに佇み途方に暮れている。
 慌てて隣にいた男を捜したけれど、もちろん、男もまた跡形もなく消えていた。
 あなたは一体、どこの誰だったの?
 輝は懸命に周囲を探してみたが、人影はおろか、犬猫も見当たらない。あれほど降り積もっていた雪も見事なまでに消え果て、漆黒の空には冷たく凍るような白銀の満月が輝いていた。
 手を伸ばし、輝の髪に落ちた雪を優しく取ってくれたひと。所詮は夢だといえばそれまでだが、あまりにもリアル感のある夢だけに、なかなか、それが夢であることを受け容れられない。
 眼が覚めたのは、その直後であった。気がつけば、輝の頬は濡れていた。隣にいてくれる人がいることがこんなにも心満ち足りるのか。夢ではあるが、知ってしまった今、一人でめざめる現実が余計に身にしみた。
 結婚だとかウェディングドレスのことばかり考えているから、こんな妙な夢を見てしまったのだろう。結局は、そう結論づけた。
 幸せな夢は長くは続かず、いつか醒めるもの。いつか有名な女流エッセイストの書いた一文がふと思い出された。それにしても、よりにもよって、ウェディングドレスを着た夢を、しかも花婿が側にいる夢を見るなんて。それこそ会社の連中が知れば、〝結婚しない女は気の毒だね〟と憐れみと嘲笑の対象にされかねない。
 それにしても、あの夢が途中で覚めてしまったことが泣くほど哀しかったのか。自分に問いかけてみたけれど、応えは既に判っていた。夢が覚めたのが哀しかったからではない。一緒にいてくれた男―さりげない優しさで髪についた雪を取ってくれたひとがいなくなってしまったからだった。