【妄想小説】サクラノウタ(前編) | 彼方からの手紙

彼方からの手紙

ラブレターフロム彼方 日々のお手紙です

Case S

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「翔さんおまたせ」

 

「おう。…松潤やっぱBランチかあ」

 

「迷ったんだけどね。笑」

 

自分の手元にあるAランチは、

アジフライ定食。

 

がやがやとにぎわう社食、

向かい側に座る松本くんは

Bランチである豚の角煮を頬張ってる。

 

「そうだ。オレ翔さんに報告あって」

 

「?」

 

「こないだ、再会できたんです」

 

「再会?」

 

「高校の頃好きだった子と」

 

「えっマジ??」

 

昔からよく聞いていた、

松潤の初恋エピソード。

 

「再会って、どこで??」

 

「それがマジでものすごい偶然で。

車乗ってて、信号待ちしてたら、

その子が目の前の横断歩道を歩いてて」

 

「マジで??」

 

にわかには信じがたく、

ちょっと大きめの声が出る。

 

「オレ思わず追っかけて、車降りて声かけて」

 

「…すげえ」

 

でかいアジフライをばくっと口にいれたら、

思わずあの日を思い出してしまう。

 

こんな、春の日の。

春の日の、夜だった。

 

あれから何度春が来ただろう。

あれから何度の空回りを、オレは…

 

「……………」

 

「だから翔さんも」

 

「?」

 

「翔さんも会えると思うよ、きっと」

 

松潤の大きな目は

なぜかまっすぐ揺るぎないから

なんか気恥ずかしくて視線を逸らす。

 

春の日の、夜。

 

たった一夜の、たったひとつの、

たったそれだけの、あの日のこと。


“再会”を願うたったひとりの、

彼女のことを…思い出す。

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

「…嘘だろ」

 

ピッ

 

店員さんが何度やっても、

画面にはエラーの表示が出てしまう。

 

「おかしいですね…」

 

電子マネー決済に慣れきっていた

オレの財布には今、現金が入ってない。

ああもうマジかよ…

駅にほど近い、小さな居酒屋で

ひとり気楽に呑み食いした金額、

5190円。

 

めちゃくちゃうまくて、

いい感じに酔いも回って、

今日のいらだちをかわせたと思ったのに。

やっぱり今日は、ついてない。

 

「すみません少々お待ちください」

 

店員さんが奥に引っ込んで、

レジ前にぽつんと取り残されたオレは

アタマをフル回転させる。

 

そこのコンビニで現金下ろして、

戻ってきたほうが早いかな。

それとも1回家に帰って…

 

「あのー…なにかトラブルですか?」

 

声の方を振り向くと、

さっきまでのオレと同じく、

カウンターでひとりで飲んでいた女性だった。

 

「PayPayが使えないみたいで」

 

「えっどうしよう」

 

「そちらももしかして、PayPayで?」

 

「そうです…あっ現金」

 

バッグから財布を出して中を丁寧に確認するも、

オレと全く同じ状況らしい彼女は、

眉間にしわを寄せている。

 

「カードは」

 

「もともと使えないみたいですね」

 

「どうしよう…

一気に酔いが醒めてきました」

 

「ふははっ。ですよね」

 

困った顔で腕時計を何度も見てる、

深刻な顔。

 

「もしかして終電、ですか?」

 

こくん、とうなずいた彼女は、

ひとりごとのように呟く。

 

「もう無理かな…」

 

時刻は23時30分を回ってる。

たしかにもうそろそろ終電か…

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


「ありがとうございましたー」

 

ガラガラガラガラッ


「良かったですね。ホッとしました」

 

「ですね。まあまあ時間、

かかっちゃいましたけど、良かった」

 

「おつかれさまでした。笑」

 

「いやほんと。

お互いおつかれっした。笑」

 

どうやらPayPay自体の、

不具合だったらしく。

20分程度でエラーは解消され、

ようやく自由の身となれたけど。

 

待ってる間に、

ぽつぽつと会話した雰囲気が

なんだかすごく心地良くて。

 

できればもう少し…話がしたい、なんて。

 

終電が終わり、

もうほとんど人影もない、

小さな駅前。

 

この気持ちをどうやって

言葉にしたらいいものか

ただ迷ってたオレに、彼女の声が届く。

 

「あの、もしよかったら」

 

「え?」

 

「よかったらちょっとだけ、

飲み直しませんか?」

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

プシュっ

プシュっ

 

「カンパーイ」

 

「ふふっ…カンパーイ」

 

コンビニで買った缶ビール。

少し遠慮がちに、こつんとあわせる。

 

駅前の商店街、

この時間はほぼシャッターが閉まってて。

静かな通りを、のんびりと歩く。

 

缶ビールを飲みながら。

並んでゆっくり、歩きながら。

 

「風が気持ちいいですね」

 

「ほんと。すっかり春って感じっすね」

 

彼女がオレを誘ってくれたこと、

ときおり吹く風が心地よいこと。

 

さっきのコンビニで、

オレが好きな銘柄のビールを

彼女がさっと選んだことも

なんかすげー嬉しくて、

 

勝手に運命感じたりして。

 

年はたぶん、同じくらい。

オフィスカジュアルっぽい服装だから

オレと同じく仕事帰りかな。

 

仕事帰りにひとりで、

地元の人しか知らないような

ディープな店のカウンターで、

ビールジョッキを傾けてたのは、

ちょっとかっこいい。

 

「あの店なかなか…普通入らないってか、

ちょっと入りずらいっすよね」

 

「そうですよね。

のれんもないですしね。笑」

 

「初めて入ったんですけど、

アジフライすげーうまくてびっくりして」

 

「アジフライ!食べました?」

 

「最初焼き鳥ばっか食ってたんですけど、

となりから”サクッ”といい音が聞こえてきて。

うまそーって速攻注文しました」

 

「あはは!それわたしですよね。笑

見られてたんですか…恥ずかしい」

 

照れたように笑ってる顔がきれいで、

オレはまた、妙に饒舌になる。

 

「今日仕事で…

ちょっといろいろ、うまくいかなくて。

なんだよちくしょーって、

飲まなきゃやってらんねーよ、って、

そんな気分だったんすけど」

 

「あのアジフライうますぎて、

もやもやが一気に吹っ飛びました。笑」

 

「そうだったんですか…ありますよね、

飲まなきゃやってらんねーよ、ってこと」

 

あまりにも実感がこもった言い方だったから、

思わず問い返したくなったけど、

そこまで立ち入るのもな…と思い直す。

 

「僕ずっと…関西の支社にいて、

この春の異動で久しぶりにまた

東京勤務になったんですけど」

 

「引っ越しのタイミングで、

どうせなら全然住んだことない街に

住んでみるのもいいなーと思って、

先月ここに越してきたところで」

 

「この街に…住んでるんですか?」

 

「はい。でもまだこのあたり全然知らなくて、

あの店も今日はじめて入ったんですけど」

 

「あ、ここのイタリアンもおいしいですよ、

ランチだとピザとかパスタとか、

リーズナブルでお得です」

 

「うわ、すげーありがたい情報!

今度来てみます」

 

イタリア国旗の3色で彩られた看板の前を

通り過ぎながらビールをひと口。

 

「あと、あの角にあるケーキ屋さん、

注文してからクリームを絞ってくれる

シュークリームがあって、名物です。

甘い物は好きですか?」

 

「大好きです」

 

返事をしながら、なんとなく。

休みの日の昼間に、彼女とふたりで

ケーキ屋をのぞいてる自分を想像する。

 

空は晴れてて。いい休日で。

「ね?おいしいでしょ?」なーーんて。

 

今流行りの、

マッチングアプリとやらにもきっと、

運命の出会いはあるんだろうけど。

 

やっぱこういう偶然から、

恋は生まれちゃったりすんのかなあ、なんて。

 

アルコールを入れた分だけ

気が早いというかなんというか、

ただただ気持ちが高揚してる自分が

嬉しいような、あきれるような。

 

「クリーニング屋さんは、

ちょっと駅から離れますけど、

街道沿いのストームクリーニングが

仕上がりがきれいですよ」

 

「ストームクリーニング。覚えました」

 

「あっ、そうだ。

嵐亭っていうラーメン屋さん、

さっき前通りましたけど、わかりますか?」

 

「わかりますわかります。

いつか入ろうと狙ってたところです」

 

「あのラーメン屋さん、

ものすごーーく量が多いので、

行くときはぜひ、お腹がじゅうぶん、

空いてる時に行ってくださいね」

 

「あと駅の目の前にある本屋さんは、

小さいお店ですけど品ぞろえが豊富で、

店主のおじいちゃんもとっても優しいです。

あっPayPayは使えないので、気をつけて」

 

「PayPayなー。笑

今日はほんと、災難でした」

 

災難、だったけど。

 

彼女と知り合えたことを思うと、

ラッキーだったとすら思う。

 

お互いの名前も、年齢も、職業も

まだなにも知らないけど。

 

名前も、年齢も、職業も、

何も知らない同士だからこそ、

今この世界が、この夜が護られていて。

 

焦ることはない。

きっとここから、はじまるから。

 

このビールを飲み干すまでの間に

少しずつ彼女のことが知れたら。

そしたら最後に連絡先を聞いて…

 

「そうだ、ここ」

 

「?」

 

細い道に入ってく彼女を追いかけると目の前に、

 

「…桜?」

 

小さな公園の脇に

大きな幹をたたえる、桜の木。

 

1本だけひっそりと咲くその木は

まるでドラマのセットか何かみたいに

満開に咲いている。

 

「遅咲きなんです、ここの桜」

 

「へー…」

 

遅咲き、と言われたその木は

薄紅色の花びらでいっぱいで。

 

風が吹くたび小さな花びらが

はらはらと舞い落ちる。

 

「ありがとうございました。

缶ビール、付き合ってもらって」

 

「いえ!僕もすげー楽しかったです」

 

名前を、年齢を、職業を。

どのタイミングで、どう聞いたら、

連絡先をどう聞いたら…

 

ぐるぐるぐるぐる考えながら

言葉をつなぐ。

 

「ほんとに…すげーいい街ですね」

 

「……………」

 

「この桜も。ちょうど満開の時に、

見られて良かった」

 

「これからいろいろ、

行ってみるの楽しみになりました」

 

「わたしは今日が最後です。

この街に来るのは、今日で最後」

 

「…え?」

 

「今日…別れたんです。ここに住んでる、彼と」

 

「え」

 

想定外の言葉に、

思考がフリーズする。

 

「だからもう、この街に来ることは」

 

うつむいた彼女の頬に見えたのは、

涙か、桜の花びらか―

 

公園に面してる道路、

ちょうどやってきたタクシーを

彼女が止める。

 

「ありがとうございました」

 

「あのっ」

 

「話せてよかったです。

この街での最後が、

哀しい気持ちじゃなくて良かった」

 

「ほんとにありがとうございました」

 

「……いえ、」

 

ドクンドクンドクン

 

止まらない流れを悟る。

 

彼女はほんとにこのまま、

おれになにも明かさぬまま、

去ってしまうー

 

「きっとうまくいきます」

 

「…え?」

 

「なんだよちくしょーって気持ち、

ビールでリセットしましたよね、

わたしたち。笑」

 

彼女が持ってた缶を

顔の位置まで持ち上げる。

 

「…じゃあ」

 

バタン

 

タクシーのドアが

無情な響きを残して閉まり。

 

ブルルルーーン…

 

テールランプの赤は

彼女をあっという間に

連れ去ってしまう。

 

オレは満開の桜の木の下で、

ただ立ち尽くし。


ただそのままの姿勢で…

見送ることしか、できなかった。

 

 

(つづく)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

読んでいただき、

ありがとうございます(^^)/

 

再会シリーズ第3弾、翔さん編です。

再会シリーズなのに出会いの前編(^^;)

長くなったので後編に続きます。

 

書き始めたのが3月だったのよね、

なのでちょっと季節が

ずれてる感じもありますが、

楽しんでいただけたら嬉しい(*^^*)


そういえばさ!

昨日?おととい?

ちょうどPayPayの不具合があったんよね??

わたしこれ書いてたのだいぶ前なのに

現実がシンクロしてちょとびっくりだったよ。笑


今週もおつかれさまでした、

良い週末をお過ごしください(^^)