東日流ねぷた雅会・絵師 大瀬 鳳節



東奥義塾150周年ねぷたと同時に運行されたので、町印だけは8月4日に運行された写真を貼りました。弘前ねぷたの運行形式は、2つの異なる団体が一緒に運行するケースが多いです。明日紹介するねぷたも同様の形式なので、団体ごとに分けて紹介します。
但し東奥義塾の場合は100周年のねぷたも同じ日に紹介する必要があったので、雅会のねぷたは同時に紹介出来なかったです。雅会の絵師は故・佐藤 大節さんの息子で大瀬 鳳節さんが担当しました。ねぷた絵の描き方が師匠の佐藤 大節さんにソックリです。
東日流ねぷた雅会は、8月2日と8月4日と8月5日に運行しました。8月1日だけは東奥義塾を前面に出しての運行ですが、前ねぷたも含めての出陣なので合計4日間も運行していました。
東日流ねぷた雅会の単独運行でねぷたの肩には雅会となっていたので、肩に貼られていた東奥義塾創立百五十周年は翌日の8月2日に剥がされて肩の部分だけ貼り直されたのでしょう。



