
1958年に、フランキーライモンの楽曲「恋は曲者」にはまったヴェロニカ・ベネットが、実姉と年下のいとこを誘って結成した。メンバーは3人。
3人でペパーミントラウンジというクラブに遊びに行ったところ、かなり派手に着飾っていたため、ステージのダンサーと間違われステージに上げられた事がきっかけでダンサーグループとして活動を開始、その後コロンビアピクチャーズ傘下のコルピックス(Colpix)レコードにスカウトされ、1961年にレコードデビューをする。しかしながら、ヒットに恵まれなかった。
そこで、ロニーの姉のエステルが断られるのを覚悟の上でフィル・スペクターのプロダクションに連絡を入れてみたところ、スペクターは会う事を承諾。そこで行われたオーディションでロニーの声にスペクターが興味を持ったことにより、ロネッツは彼の持つフィレス(Philles)レコードと契約を交わす事となる。
代表作は"あたしのベビー(Be My Baby)"、"ベビー・アイ・ラヴ・ユー(Baby, I Love You)"、"(The Best Part Of) Breakin' Up"そして"(Walking) In the Rain(恋の雨音)"など。1960年代中期に活動を休止した後で復活したものの、あまり人気が出なかった。1966年夏、ビートルズの最終コンサートツアーの前座として米国とカナダで公演。同年に解散した。