菊池桃子 | スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

菊池桃子/ビクター「GR-LT5」CM

Wikipediaより抜粋
菊池桃子菊池 桃子(1968年5月4日 - )は、日本の女優・タレント・元アイドル歌手。本名:西川 桃子(にしかわ ももこ、旧姓:菊池)。二児の母。

東京都品川区出身。血液型B型。品川区立源氏前小学校、品川区立荏原第二中学校、日出女子学園高等学校、戸板女子短期大学被服科美術コース卒業。所属事務所はパーフィットプロダクション。

1983年11月、学研のアイドル雑誌『Momoco』のイメージガールとなり、創刊号の表紙を飾り芸能界デビュー。

1984年、映画『パンツの穴』で映画デビュー。『青春のいじわる』で歌手デビュー。キャッチフレーズは「Real Fresh 1000%」。第26回日本レコード大賞新人賞、日本レコードセールス大賞女性新人賞。ブロマイドの年間売上が1位に。ただし最優秀新人の選考対象とされることについては全て辞退した。

1987年、第10回24時間テレビ 「愛は地球を救う」のチャリティーパーソナリティーを務める。この頃、アイドル歌手として絶大な人気を博し日本武道館でのコンサートではビートルズの公演の観客動員数を抜いたため話題になった。

1988年~1989年 - ロックバンド「ラ・ムー」で活動。しかしながら興行的には失敗しこれ以後歌手業を断念し女優に転向することになる。 菊池自身は別に脱アイドルを意図したわけでも、ロックバンドを結成したかったわけでもなく、単に「ロック色を強めた楽曲を取り上げたい」とスタッフに話したら、どのように伝わったのか、歌謡ロックバンドに仕立て上げられ、不本意であったとコメントしている。

1995年5月1日 - プロゴルファーの西川哲と結婚。五月みどりが義母に。
結婚前、西川の父親(新栄プロダクション会長・西川幸男)にツアーでの優勝が結婚の条件と言われ、心労のあまり体調を崩したが、見事に西川は優勝し、円満に結婚できた。

1996年2月6日 - 高輪プリンスホテルで挙式。西川の師匠であるプロゴルファー・青木功が媒酌人を務めた。挙式後の会見で妊娠4カ月であることを明かした。

まさに明眸皓歯の正統派美人。ビクター「GR-LT5」CMを見て、菊池桃子のとりこになってしまった時期もあった(^^ゞ