パナマ裸眼金環日食・観測編 3 | スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

Pedregal観測地隣のバスケットコート(9)ダビ空港で再会
翌朝、昨日とはうってかわって晴れた空の下、パナマシティへ向かいます。すると見慣れた日本人のツアー客がいました。なんと!我々が行こうとしていたツアーです。3年前のオーストラリア皆既日食以来の再会を喜びました。そちらの状況を聞いたところ、観測地は雨が降って太陽の形さえ見られなかったとのこと…アチャー!可哀想なので、Pedregalで撮ってきたばかりのマスターテープを皆さんに上映しました。ビデオカメラの周りは凄い人だかりです。やがてそのツアー客が先に搭乗口に行くとのことで、名残惜しそうに別れました。
David空港カウンターところが別便で同じ時間に両ツアーがパナマローカル空港に着いていたのです。空港前でのサプライズが終わった後、我々のツアーは荷物を置いてあったホテルに舞い戻ります。

小一時間でスーツケースに荷物を戻すなんて無理な話ですが、飛行機の時間を考えると致し方ないので汗だくになりながら荷物を詰め込みました。ホテルに昨日の日食記事が載った新聞をゲットしたのでそれも入れます。バスと荷物と我々は慌ただしくパナマ国際空港に向かいます。

PANAMAの地ビール(10)ニューヨークへ行きたいか~
何とか荷物検査を終えて搭乗口に向かいます。荷物を座っているツアー客に見てもらうよう頼んでから手ぶらで新聞を数部だけ買占めに行きました。
最後に取ってあった$を使い果たし、土産物屋を覗いたらパナマの国旗が売られていました。あれほどDavidの街を探しても見つからなかったのに…弐千円札と$を交換して無事国旗をゲットしました。帰国便はマイアミからダラス経由で成田空港まで向かうのですが、ダラス経由便の帰国者が多すぎるので急遽ニューヨーク経由に振り分けられました。
機内食は美味かった
急なことで添乗員さんも驚いている様子でしたが、冷静に対処してくれました。さすがベテラン添乗員!途中カントリーロード等を歌ってバスの運転手が聞き惚れてしまい、目的地をオーバーランしたこともありましたね(^^ゞ

帰りは太陽を追いかけるようにして日本へ戻るので、晴れた所だけ機上から撮影しました。私の太陽と月を追いかける旅もまだまだ続きます。
☆私の日食観測履歴 (皆既日食は全て観測成功!)
◎1988. 3.18 小笠原沖 皆既日食 (東アジア・父島南東沖)  晴れ
○1991. 7.11 メキシコ 皆既日食 (北米・カリフォルニア半島)快晴
×1992. 1. 4 アメリカ 金環日食 (北米・ロサンゼルス沖)   曇
○1994.11. 3  チ リ  皆既日食 (南米・チリ北部)     薄曇
○1995.10.24  タ イ  皆既日食 (東南アジア・タイ東部)  快晴
○1997. 3. 9 シベリア 皆既日食 (北アジア・シルカ郊外)  快晴
○1998. 2.26 ベネズエラ皆既日食 (南米・ベネズエラ西部)  快晴
○1999. 8.11 ブルガリア皆既日食 (ヨーロッパ・黒海近郊)  快晴
○2001. 6.21 ザンビア 皆既日食 (アフリカ・首都ルサカ)  快晴
◎2002.12. 4 オーストラリア皆既 (オセアニア・豪州南部)  快晴
△2005. 4. 8  パナマ金環皆既日食 (中米・パナマ西部の街)  薄曇
○…第一接触~第四接触まで観測 ◎…第一接触~第三接触まで観測 ×…観測不可能
△…食分70%前後は薄雲越しに観測可能
Canada Yukonの大地
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