
ワーグナー・チューバ(Wagner tuba)は、稀に見かける中型の金管楽器であり、外観はチューバやフレンチ・ホルンに似る。19世紀中頃に作曲家リヒャルト・ワーグナーによって楽劇『ニーベルングの指環』の上演のために考案され、それ以降、ブルックナーやシェーンベルク、リヒャルト・シュトラウスなどの作品で使用された。
この楽器は、『ニーベルングの指環』の上演にあたり、それまでにない新しい音色の金管楽器を管弦楽に持ち込むことを画策したワーグナーが、フレンチ・ホルンよりは太いがバス・チューバよりは細い円錐管にフレンチ・ホルンのマウスピース(唄口)を組み合わせることを思い付き、誕生したものである。
音色はホルンとチューバの中間といわれるがドイツのブラスバンドで使うテナーホルンに最も近いのでその代用も可能である。
ワーグナーは、1853年にパリを訪れ、サクソフォーンの創案者として知られるアドルフ・サックスの楽器店に立ち寄っており、その事がこの楽器の創案に影響を与えている。アドルフ・サックスは1840年代にソプラノからコントラバスに至る同属の金管楽器群を考案し、自身の名を冠して「サクソルン」と名付けているが、フランスで広まりつつあったこのサクソルンは、当時のドイツで使われていた類似の楽器よりも管が細く、華奢な音色が与えられていた。
ワーグナー・チューバは当初、変ロ調(B♭)のテナーとヘ調(F)のバスの2種類が考案され、ワーグナーの作品ではそれぞれ2本ずつ使われるが、後に変ホ調(E♭)のテナーも用いている。これらの楽器はいずれも移調楽器であり、実音に対して変ロ調テナーが長2度高く、変ホ調テナーが長6度高く、バスでは完全5度高くそれぞれ記譜される。また、ワーグナーの後の作曲家は、さらに1オクターブ高く移調して書いている場合もある。