うちのばあちゃんは、おれの同期のそれと比べると若い方だと思う。
しかも、今は2人目の曽孫の世話をしてるのだからなおさらだと思う。
俺が小さい頃から、
ばあちゃんは俺にとっては母親みたいな存在で、
ちっちゃいことで怒られまくって、
そんなに怒らなくてもいいことでも、
「あんたのせいで血圧が下がらん」
と、とばっちりを食らいまくり、
それでも、とにかく口答えが通用しない存在だった。
小・中とばあちゃんが大っ嫌いで、
それでも経済的な面ではばあちゃんに頼らざるを得ず、
そのジレンマにモヤモヤし続け、
学校では「クソババア」と愚痴をこぼしてた。
まるで絵に描いたような反抗期を送っていた訳だが、
高校に入って徐々に丸みを帯び出して、
世の中の不条理さの何たるかを理解し始めた頃、
ばあちゃんが倒れた。
夜勤のパート中、急に背中を激痛が襲って動けなくなったのだという。
病名は、大動脈乖離。
心臓から全身に向けて出ている大動脈の内層が剥がれるというもの。
手術を要することがほとんどで、最悪死に至ることもある。
原因は、高血圧。
集中治療室にいる間は、
意識はあるものの、いつ緊急手術になるかわからないという状況が続き、
管だらけのばあちゃんに謝られるのが苦しくてしょうがなかった。
幸い、九死に一生を得たが、
2週間以上寝たきりだったため、筋力の低下が著しく、
普通病棟に移ってからも、
身の回りのことのほとんどを看護師さんに介護してもらっていた。
逆に心配させるから、あんまりお見舞いに行くなと言われていたが、
俺は毎日のように病院に通った。
それまで話したこともなかったのに、
学校であったこととか、
ペットの犬のうんこが調子悪いってこととか、
バンドでのこととか、
色々と話した。
その中で、病院の売店にばあちゃんを連れて行くことになり、
まだばあちゃんはまともに動けなかったので、
俺が車イスを押していくことになった。
ほんと、あれは言いようの無い気持ちだったよ。
今までどう頑張っても敵わなかった人が、
あっという間にまるでヨボヨボの年寄りみたいになって、
一人で売店にすら行けなくなって、
自分はその車イスを押してる。
無意識に謝ってた。
俺ひとりのせいじゃ無いって分かってたけど、
罪悪感と、悲壮感と、言いようの無い苦しさに、
謝る以外できなかった。
しばらくして無事に退院したばあちゃんは、
体操教室などで地道に筋力を回復させ、
曽孫の世話に精を出した。
あれ以降、
感謝と謝罪に関する気持ちの入り方がまるで変わった。
自分でも本当に丸くなったと思うよ。
なんか、見える世界が変わった。
あらゆる行為が尊く思えて、
自然と感謝の気持ちが口から出て、
そしたらみんなが少しだけ近くに感じられて、
生かされているというか、
人と人の間に、やっと「人間」に成れたというか、
とにかく毎日が幸せになった。
お礼と謝罪は、借金してでもしろ。
HALLBEE中条さんの格言。
ロックンロール。