割と健康ではあったが、
中学3年間で、
病院の御用になることが多かったので、
今日は俺のカルテを、その背景とともに紹介する。
2009年夏(当時中1)
体育の授業で跳び箱をしてる際、開脚跳びの飛んでる最中で右手を前に抜けず、右腕橈骨(肘から親指付け根に向けての骨)を骨折。
部活(吹奏楽部)に影響が出るのを恐れ、サックスが吹けるようにギブスをつけ直してもらうが、代わりに書くことと食べることの自由を失い、左手での生活を練習した。
ケガのすぐ後にテストがあったが、当然、なんのハンデも貰えず、社会の厳しさを学んだ。
治癒に2ヶ月強を要した。
2009年冬
空の牛乳瓶を給食室に持っていく途中で階段を踏み外し、正面の壁に瓶の入ったカゴからぶつかりそうになり、瓶が割れるのを防ぐために半身を切ってタックルする形になり、右外耳を負傷する。瓶は全て死守。
縄跳び大会の間近で、給食の後の昼休みに大縄の練習をする予定で、俺は縄を回す担当だったので、
本来二人で持つはずのカゴを一人で持ち、一段飛ばしで階段を降りていたために負傷。
保健室の北嶋先生(絵に描いたようなブス。傷と男子の扱いの荒さで有名だった。)に、ピンセットとガーゼでしこたまグリグリされた後、「これじゃ取れんわ。」とこぼし、綿棒でもって追い討ちをかけられた。
2010年夏
カンピロバクター(鶏肉などについてる菌)で食中毒になる。
近所の祭で食べた鶏の唐揚げが原因と思われる。
宿泊学習の直前で、学校にバレたら宿泊学習へ行けなくなると思い必死で隠すも、あまりの激痛と下痢嘔吐を見兼ねたばあちゃんに病院へ引き摺りこまれ、食中毒と診断される。
病院のおばちゃんに、ケツの穴に綿棒突っ込まれたのが未だにトラウマ。
約10日で治癒。
2010年夏
学校の昼休み中に、右鎖骨を骨折。
友達数人で柔道ごっこをしていた際、俺は割と強い方だったのだが、気弱な奴に俺が勝負を仕掛け、割とあっさり投げられ、打ち所が悪かったために負傷。
同時に頭を強打したようで、当時の記憶が断片的にしか無い。
気がついたら顔の横に地面があって、周りの奴らが心配そうに俺の顔を覗き込んでて、
また気がついたら清掃場所の第二理科室の窓辺に座らされて学年主任の真弓先生(普段は優しいが、顧問の野球部ではかなり理不尽に厳しいらしい。集会のスピーチでは語尾に「ね」を付けるのが癖で、友達同士で何回「ね」を言うか数えて遊んでた。)に質疑応答され、
気がついたら保健室で北嶋先生に同じく質問され、
気がついたら病院に向かうタクシーの中だった。
翌日クラスに帰ったら糞ほど冷やかされた。驕ることの愚かさを知った。
約2ヶ月で治癒。
2010年冬
体育でバスケをしてる最中、ギックリ腰になる。
この頃から腰痛持ちになり、寒い日の朝など、腰が動かなくて学校に行けない日が出てくる。
その度にかかりつけの整形外科に行き、小学生の時から顔なじみの看護師さんに、半ケツ剥いて尾てい骨にブロック注射を打ってもらってた。
2011年冬
腰痛が慢性化し、椎間板ヘルニアだと診断される。
診断のためにMRI検査をした際、機械の操作音がうるさいために耳栓をするのだが、検査が終わって、仰向けで機械から出てきた時、けっこう可愛い看護師さんに「右手どうぞ」って言われて、
「shall we dance?」みたいな紳士的サービスなのかと思って、差し出された看護師さんの手に、ちょっとドキドキしながら右手を乗せたら、「あっ、、耳栓、、」って気まずそうに言われ、俺の聞き間違いだった事に気がつき、人生でトップ3に入るレベルの恥ずかしい思いをした。
以上!
俺もね、気付き始めてるよ。
段々文量増えてきたよ。
引き出し開けたら思ったより4次元ポケットで、
芋づる式に思い出が引っ張り出されるのよ。
今後もよろしく。
ロックンロール。