エレキギターは楽器〜2024 | Honolulu Music Society byなかじー

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出自は日本生まれの日本育ち。
米国籍を取得してハワイに在住する音楽家であり実業家。3児の父。

今までの日本人には発想出来なかった独自の視点と解釈を元に展開されるちょっとだけ凄いブログ。
更新不定期。

​Aloha!


長いことアメブロをやってて思うこと。


エレキギター愛好家がどんどん増えている気がする。なにせ『◯◯さんの記事をご覧になったあなたにおすすめ』みたいな感じでレコメンドされてくる頻度が上がって来ている。ところが、その中味っていうのは概ね以下の通り。


・こんなエレキギターを買いました!

・エレキギターをこんな風に弄りました!

・またまたエレキギターを買ってしまいました!

・エレキギターを弄ったらこんな風に化けました!


僕はそういうのって全く興味が持てなくて。


いや、別に『他人のやること』なのでそれがどんな意味を持つかなんてそこは別にいいんですけど。


でもなんですかね、なんかミニカーとかさ、プラモデルとかミニ四駆みたいにさ、集めて弄って愛でるための愉しみに興じている人が凄く増えたなぁっていう印象がある。


ソレって果たして『その先』になんかあるのかなぁっていう気持ちがすごくあって。


特に近年、様々な工作機械が個人レベルで買えるようになって、YouTubeとかでもジャンクと呼ばれて安価で流通するようなエレキギターを『リペア』するような動画を上げる人も増えた。


ジャンクをリペアして『使える状態』にしてあげることは素晴らしい事だなと思う反面、そのやり方って人によって全くちがう。そのプロセスで、不用な座ぐりを入れたり、そこにギターと全く無関係な木材のブロックを埋め込んだり、パテをモリモリ厚塗りしたり塗装をモリモリ厚塗りしているのを見たりするとすごく悲しい気持ちになったりする。


そうして『整形』されたギターって経年変化で塗装もパテも目痩せして絶対に劣化するし、そうなった時の惨めな有り様って多分想像しないでやっていると思える。


コレ、メーカーさんもそうなんですけど新品のピカピカな時がもっとも美しいっていう価値観が支配的なんですよね、日本。


だからそれが楽器として使い込まれた時の風合いとか、劣化そのものが味わい深いみたいな考え方ってほとんど無い。だから弾き傷なんてあってはならない物かのように削り取ってコンパウンドかけてピカピカのツルツルにしちゃうじゃん?


まるでオバさんになった芸能人がムリな整形手術して顔の皮を突っ張らせているみたい。


果てにはレリックだとかさ。


全然弾き込まれていないエレキギターにワザと擦れ傷とかつけてさ、人生経験が少ないアイドル俳優が老けメイクをして老人を演じさせられているみたい。


言うて楽器ですからね。楽器として生まれたものは楽器として音楽の中で活かしてあげないと成仏出来ないぞ……って思ってしまう。


今までココで何万回も言ってますけどそうして集めたエレキギターって持ち主が亡くなったらどうなるのか?って自分ごととして考えたことあるのか?とマジで思うわけですよ。


やったこと無い人にはわからない事なんですけど、遺品の整理、処理ってダルいもんですよ?


ちゃんとね、リセールで値の付くような『ちゃんとした楽器』ならまだマシですけど個人の趣味の範疇で弄り倒したようなモノってどれだけ手間暇かけられていたとしても二足三文です。


やがて二足三文で買い叩かれてしまうようなモノに、自分の人生の寿命の一部を注ぎ込む価値ってどれほどあるのか。多分考えたことがある人の方が圧倒的に少ないんじゃないのか?と思えてしまうわけですよね。


弄ってる時が楽しい、それを誰かに見てもらって褒めてもらえるのが嬉しい。だからそのための『素材』としてハードオフに通ったりヤフオクでいろいろ漁ってしまう。そういうスパイラルなんじゃないかと思うんですね。


それってもはや音楽カンケー無いじゃんっていう。

いや、最後に『弾いてみた』をやるから音楽じゃんという意見も?


いや、ギター単体で鳴らしただけの手癖オンパレードを披露してもソレって『音楽』とは言えないんでは?


などとなかじーが繰り返していても、ギター愛好家の方々の『ギター弄り、集め』というホビーはますますエスカレートしていくのでした。


僕のブログは、相変わらず2011年に書いたGrecoやTOKAIの作った模造品を有り難がる風潮に一石を投じた記事が頻繁に閲覧されています。


そしてその記事をお読みいただくメイン層は、男性が95%で年齢的には50歳、60歳代の人が70%以上を占めている。


人生80年として捉えた時に、あと20年から30年の間に男としてやっておくべき事って多分ギター弄り、ギター集め以外にもたくさんあるはず。


大人はね、やるべきこと>やりたいこと なのですよ。


たしかにエレキギターは弄りがいのあるオモチャとしては面白いモノなのかもしれない。


自分なりの『理想のサウンド』『理想のギター』を日々夢想して、それを叶えるためにギターを弄る趣味っていうのはホビーとしては誰に迷惑がかかるようなもんじゃなし、好きにやればいいことなのかもしれない。

でもさ、やっぱりソレは『音楽のために』であって欲しいよね、『エレキギター大好き』を公言する身としては。


僕みたいな考え方が日本の皆さんからしたら異端なのはわかっている。


ただ、ソレはなぜか?っていうの考えたことはありますか?


ソレは日本ではエレキギターって、ロックギタリストに憧れた少年たちによる『成り切り遊び』のためのグッズとして今現在も造られ、売られているからですよ。

そしてそのトレンドっていうのは50〜60年の間、対象となるギタリストは変われどズーーーーーーーーーっと続いている。



有名人が使うとそのギターは売れる。→まぁわかる

アニメキャラが使うとそのギターは売れる。→全くわからない


エレキギターが楽器としてではなく、成り切り遊びグッズだったりインテリア小物、フィギュアの一種として売れることも『売れた』事には変わりはない。


でもさ、


だったらAKB商法みたいなのだってCDという商材を売った事に変わりはなくて。


じゃあソレで日本の音楽界がよくなったんでしょうか?というと……


やはりぼくは今年も言いたい。『エレキギターは楽器』であると。


以上です。


Mahalo!