人の声が聞こえない。それってどんな状態でどんな風なんだ。
僕の目が消えてしまう。

この世界は虚構に満ちているって君は言うけど、それは本当の事がありすぎるだけ。優しさも。

僕は人にはなれないから、止まることのない時間を止める事が出来ない。息を止めて、膨らんだ鼻の穴はきっとかわいい。水の中で見る世界はゆらゆらと揺れてキレイに光るのかな。

答えはいらないのに、勝手にそれは求められるから困る。

僕がいるから他の誰かもいるって、勝手に決まっているからとても困る。

困って、困って、気付いたら嘘をついてしまって僕の心に亀裂が入ったような気がした。

出来れば、否定してしまいたい事も、目をつむってあけて夢にしてしまいたい事もたくさんあるのに、こういう時にばかり自分の無力さや至らなさを感じてしまうもの。満ちている時に、あれが足りないなんて気付かないでしょ?

たくさん人がいるのに、それに見合った場所を人は造るのに、そこに私の座る場所を探す。

自分の中で感覚よりも論理が強いと泣きたくなる。

アデュ



 さざ波のフラッシュバックが、明滅しては遠ざかっていく。音の満ち引きが私の具合を悪くする。
 精神の虚弱が、とかく華美なものや、栄華を誇るきらびやかな装飾、権威を示す色、形への嫌悪を誘発する。癪気のような感情の爆発がとめどなく起こっては、身体の外へ零れていったり、身体の内へ転がっていったりして、結局はくすぶったままで終わる。けむる感情とにぶくなった触覚を自覚して初めて、疲労が肉体を蝕んでいるのだとわかる。いや、この疲労は単なる疲労ではない、精神的疲労、慢性的でいて加速度的に積み重なっていく負のら旋とでも言おうか……。その綻びにはいつも快活な気分が淡く光っていて、蔓延する埃の中から愛惜している飴玉の最後の一粒を見出したような、そんな柔い幸福があるのだが、大抵は掴み損ねてしまって、徒労感に引きずり込まれるのがおちだった。この負の連鎖によって生み出される不吉な爆弾が、私の身体に巣食う癌だ。
 生活の中で何がいけないのか、自分で十分に把握することができない。腑に落ちぬ出来事だけが私の感情を昂らせているわけでないのは確かだ。他人の幸福と自分の不幸のコントラストに、よっぽど気分を害されるというわけでもない。いったい、私は何に不満なのか。
 摩耗する心を補う活力。あるいは慰めの潤滑剤。あるいは巻き起こされる旋風。あるいは平穏のそよ風。あるいは無償の希望。あるいは転がり落ちる恋。あるいは禁断の果実。あるいは琥珀色の蜜の味わい。あるいは倒錯的な刺激。私にはそういったものが足りなくて、だからいけないのだろうか。
 いや、違う。日陰の中に転がっている石ころと、荒れたコンクリート、萎れた雑草は美しかった。
 せめて、夢の中では平穏を絵に描いたような生活を試みたい。または、抱いたら砕けそうなものにそっと寄り添いながら、肩の力を抜き、夢の中でまた夢を見たい。満ち足りた気分に少しでも浸りたい。
 何かの欠けた生活が、漠然とした不安を喉元に突きつけている。私は得体の知れない、凶暴な感情に脅かされながら、厭世的な生活にすすんで身を投じていく。緩慢な速度で、ゆっくりと、ゆっくりと摩耗し、淪落していく。そして色を失っていく。けれども、ただ一つ、変わらないものを胸に秘めて。
 湿ったシーツ、うるおう瞳、そぼつ頬が鬱陶しくて。
 夜のKiss&Cryに微睡む。

残さず純情を絡めとって。
そうだ、いつもそう、お前らがみんなあの子から、奪い取っていくなにもかも。
風化した怒りと汚れ腐った悲しみだけが、海中を漂って。藻屑となって。消えて。
時間のせいで。時間のせいにして。残さず純情を絡めとって。
授乳を待ちわびる赤子。その手の柔らかさ。純粋。
知を跨いだ先にあるそれが、今となっては眩し過ぎて。
美しいものはいつでも眩しいなんて、信じたくないさ。
でも、美は闇に溶け込んだりはしない。いつだって存在を誇示しているから。同化することはないから。光がある限り。
ウルトラマリンブルーの瞳が翳ることはない。死だけが唯一、その輝きを奪っていく。永遠に開くことのない、まぶたの奥で眠り続ける、宝石は色褪せない。ただ、光がなければ誰もその美しさに気付かないから。
だからかなしいんだ。

生きとし生けるものを所有物と呼ぶおこがましさ。
家畜と罵られて、豚と蔑まれて、それでも生きることをやめられない、そんなぼくが豚だとして、どう生きるか? 餌を食べて、食べて、食べて、また食べて、あとは眠るだけだ。ぐっすりと眠るだけだ。それから、朝になったら? ぼくは物質じゃない少なくとも。
生きる目的を自分以外から与えられて、もしそれを受け入れたら。ぼくはただの肉塊になる。ローストビーフのお葬式。
何かが変わるのは、恐らくきっと、我が子が生まれたときで、その前にぼくはぼくを遺したい。
夕方のヒステリックが前頭葉をぶん殴った。文字が宙を舞う。重力が反転する。
今、全てが浮かんでは消えて、生まれ変わった。気がした。