ピクニックに行きたい。
暖かい話を聞きたい。
喫茶店で静かに話をしたい。
一人になりたい。

渋柿の木のにおいに気分を良くしたい。
雨の降る日には音楽を止めて、ゆっくりお風呂に浸かりたい。
何も考えたくない。
紅茶、飲みたい。

チョコレートのにおいに包まれたい。
あなたの冷たい手を温めたい。
部屋で映画でも観ていたい。
よく眠りたい。

コインランドリーに行きたい。
服を買いに出かけたい。
靴を買いに出かけたい。
家に帰りたい。

朝、人の声に起こされたい。
伸びた爪を切りたい。
伸びた前髪を切りたい。
のんびりしたい。



あとはもう何もしたくない。
何もしたくないなんて嘘かもしれない。

視界にはしたいことだけがたくさん転がっている。
目をつむれば、あとは、したかったことになるだけ。



ちょっと熱っぽい額に手をあてがう。相変わらず手の甲は冷え込んでいる。布団から足が出ないように気を遣う。甘いお菓子が食べたい。ホットウィスキーが飲みたい。
身体が動かない。倦怠感が行動力を根こそぎ奪う。ため息をつく。息はまだ白くはない。
寒い。暑い。脇がじとじと汗ばんでいて眠れない。目眩がする。体温計は36度を示している。なんだよ、もう。

保健室の白いベッドは、孤独な空気でいっぱいだ。だけど、なぜかあたたかいものを感じた。
まだ小学生の頃、風邪っぽくて寒気がしたのに、熱がないなら大丈夫と言われたから、無理をして学校に行った日があった。体育の時間、縄跳びの途中で吐きそうになった。保健室で親の迎えにくるのを待った。それから保健室が好きになったような気がする。今まで出会った保健室のセンセイの、四人中三人は、素敵なひとだったのをおぼえている。別に常連ってわけじゃ、なかったけれど。
保健室は、いつも特別なにおいだ。今いるこの部屋も、保健室と同じにおいで満たされていればいいのに。

冷え性って、嫌になる。寒くてたまらないから。ホットコーヒーがおいしくても、カップを持つ手が震えてしまっては、全くサマにならない。でも、身体を震わせながら飲むホットドリンクっていうのも、割といいかもしれないな、と考え直してみる。湯気のたつ飲み物が一番おいしく感じられる瞬間。ふん。

体調不良のとき、いつもさみしくなる。身体をあたためてくれるものが欲しいと思う。添い寝してくれる存在が欲しいと思う。だから猫とは出来るだけ仲良くなりたいと、思う。普段はつめたくて、こういうときにあったかいやつ。それが猫。

冷たい手で触った水道水が、温かく感じられる季節。そんな季節が、ずかずかと音を立てて近づいてくる。恐怖の季節だ。早く厚着をしなきゃ。今年こそいい感じの雪だるまをつくらなきゃ。風邪なんて引いてられない。季節を楽しまなきゃ。
そう思ってないと、身もこころも凍死しちゃいそうで、こわい。
 少し時期外れになりつつあるかき氷。すこしでも秋っぽいのをとグレープ味にした。それでも九月の陽射しでみるみる溶けてゆく。もちろん味なんて溶け具合には関係ないのだけど。急いで頬張って、カップの底に溜まったシロップを一気に飲み干す。

 花屋でかすみ草が売られていた。小さな白い花がスプレー状にちりばめられて雪のように見える。綺麗だなと思う。そして少し不思議に思う。白いかすみ草の隣に桃色や黄色、青色や紫色のかすみ草が並べて売られている。とても色鮮やかなのだけれど、どこか不気味。値札を見ると「染めカスミソウ」と書かれていた。人工的に色を着けられた花、鮮やかだったけど、綺麗だとは思えなかった。そんなに簡単に花は染められてしまうのかと思った。

 紫色になった舌にはまだグレープの味が残っている。

 季節の変わり目のぐずついた天気の合間に傘を干す。夏の終わりか秋の訪れ、あるいはその両方を感じさせる空。半袖シャツの上にすこし羽織り物をする。色褪せた薄手のパーカー。振り返ってみると陽の光を受けた傘の下、地面がにわかに薄紫に染まっていた。

暑さ寒さも彼岸まで。祖母の言葉を思い出す。あつささむさもひがんまで、こっそりと呟やいてみると少し肩の力がぬけた。もう一度つぶやいてみると、秋風が強く吹いて、干していた傘が風に乗って飛んでいってしまった。
 あたたかい紅茶でもいれてみようかなと思った。お口直しにでもと思って。

 玄関を開けると白いちいさな花の香りがふわりと漂ってきた。