1975年10月発売 売り上げ23.0万枚 オリコン最高4位
なんじゃこりゃー! 演歌じゃねーか!
確か当時この曲をプラスチック演歌と表していたような気がする。
この曲は、当時まだ20代だったはずの五木ひろしさんが歌った方がしっくりきそうだ。
郷ひろみも20歳になって大人の雰囲気も醸し出したい故の試行錯誤の中でのこの曲なんだろうけど、さすがに演歌はないんじゃないかな酒井プロデューサー。
スター誕生の沖縄大会で、野外の太陽の日差し溢れる中で、この暗っぽい曲を歌った郷ひろみ。
あの周りの風景と全然合わないミスマッチな光景をいまだに忘れる事ができない。
この「逢えるかもしれない」という曲を、郷ひろみ自身と他のファンの人達がどう思っているの
かは知らないが、私の中では、郷ひろみの軽い黒歴史だ。
そして、この年の年末の賞レースに郷ひろみは何とノミネートすらされないというショッキングな事件が起こる。 人気は相変わらずダントツで、この75年に発表した各シングルだってそれなりにヒットしていたのに・・・。 ノミネートの最後に郷ひろみの名前が呼ばれなかった時、TVの前で呆然となった自分を憶えている。 やはりあれは当時まだ中堅事務所で、そんなに芸能界に影響力のなかったジャニーズ事務所だが、事務所側からしたら後ろ足で砂をかけるように辞めていった郷ひろみに、裏で何とか画策して賞レースのノミネートを妨害したんだと私は今でも思っている。




