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たかあきらのブログ

郷ひろみ、ロック、小説、熟女が大好き

              あなたがいたから僕がいた

 

1976年8月発売  売り上げ24.1万枚  オリコン最高2位

 

この曲は、歌詞の「あなたがいたから僕がいた、心の支えをありがとう」が、郷ひろみがファンに感謝の気持ちを伝え、また逆にファンも郷ひろみに感謝の気持ちを伝え合う曲として、今でもファンの間では人気の高い曲だと思うけど、私は何となく垢抜けない歌謡曲色が強い所が、それほど好きな曲ではない。

 

この曲で、この年のレコード大賞で大衆賞を受賞した時に、郷ひろみが涙を流しながら歌う横で、新御三家の野口五郎と西城秀樹が寄り添ってくれたという印象的なシーンがあるが、

私は大衆賞というのが、どれほどの価値や権威がある賞なのかはよく知らないし、頂点の大賞を取ったわけでもないのに、これくらいの事で泣かないでくれよと思ってしまった。

 

後に郷ひろみは、あの大衆賞を取るために、いろんな関係者の所へ頭を下げに回ったと語っているが、もしかしたらあの涙は、嬉しさと悔しさの半分づつだったのかもしれない。

あれ以来、郷ひろみは、自分の方から賞レースに参加する事はなくなり辞退するようになった。 

それはそれで、またズルいなと思わないでもなかったが。

 

そして、月刊明星の毎年夏の恒例企画

1976年 明星オールスター人気投票 男性部門

第1位 郷ひろみ、2位 野口五郎、3位 西城秀樹、4位 三浦友和、5位 ずうとるび、

 6位 豊川誕、7位 中村雅俊、8位 あいざき進也、9位 田中健、10位 フィンガー5

 

女性部門の第1位 山口百恵、2位 桜田淳子、3位 岩崎宏美

              二十歳の微熱

 

1976年5月発売  売り上げ20.5万枚  オリコン最高3位

 

初めてこの曲を聴いたのは、まだレコードが発売される数日前のTVの歌番組だったと思う。

その時の感想は「何てショボイ曲なんだ」というもので、あの私の中での黒歴史の「逢えるかもしれない」もあり、こんなショボイ曲ばかり出していたら郷ひろみの人気が無くなってしまうと不安になったのを憶えている。

 

でも、今この曲を改めて聴いてみるとオルガンの音が往年ないい味出しているし、メロディーラインもそんなに悪い曲ではなく、今演るならこのオルガンサウンドを忠実に再現しながら、もっと煌びやかにアレンジしたら化けるかもしれないいい曲だと思う。 歌詞も郷ひろみではお馴染みの変態ソングの走りだ。

 

この頃の郷ひろみの思い出といったら、やはり初のアメリカ・ハワイ公演とロサンゼルス公演だろう。 そのロサンゼルス公演の模様は、ライブ盤「GO GOES ON! HIROMI IN USA」で聴く事ができるが、奇抜な衣装を何度も替え、オリエンタルな演出も加え``見(魅)せる、聴かせる、楽しませる``の、これまでの郷ひろみを凝縮したようなステージだった。 会場からは例の

「ゴーゴーゴーゴーレッツゴーヒロミ」のシュプレヒコールもあり、ロスの観客がそんなの知ってるはずがないから、郷ひろみといっしょに海を渡った日本のファンもいたのだろう。

そして、ラストの「恋の弱味」の何度ものアンコールが、白熱のステージを物語っている。

何かその後にロスのファン達が、郷ひろみをアメリカに永住させる会みたいなのを発足させたと週刊誌で読んだ事があるな。

 

このロス公演のバックステージで、地元日系人コミニティーの美人コンテストでの優勝者のドロシーさんから歓迎の花束をもらい、このドロシーさんは、その後に郷ひろみ初のガールフレンドになる。(海外ではガールフレンドとは恋人の事だそうだ)

 

               スコーピオンズ・ライブ

 

スコーピオンズを初めて聴いたのが、マティアス・ヤプスが新加入したアルバム「ラブ・ドライブ」で、その時の感想は、ヴォーカルがバツグンに上手くて、ギターのリフにもキレがあるけど曲がイマイチで、マティアスのギターソロにも、ゲスト参加のマイケル・シェンカーのギターソロにも、あまり印象的なフレーズがないというものだった。

 

それで今回の初来日時のライブ・アルバムだが、ウルリッヒ・ロート在籍時の集大成という意味合いもあるアルバムで、クラウス・マイネのヴォーカルはライブでも最高だし、ウルリッヒの変幻自在のギターワーク、フレーズもカッコいいし、世界一のリフメーカー、ルドルフ・シェンカーのカッティングは、ここでも鋭い切れ味を見せている。 これぞハードロックのお手本であり、ハードロックとはこうあるべきと云うくらい楽曲が的を得ていて素晴らし過ぎる。

そして、スコーピオンズがプレイする日本の名曲「荒城の月」は、ヨーロッパでも有名で当時大人気だったらしい。

 

ちょっとだけ不満な所は、この時にはスコーピオンズも、まだそこまで大成功していたバンドではなかったから、機材にそんなにお金がかけられないのと、まだ70年代というのもあってサウンドの厚み重みが若干ショボイのと、ジミ・ヘンを崇拝するウルリッヒが歌うと下手過ぎて聴いてる方が腰砕けになるという残念な点か。 でも、私は80年代にアルバム「ブラック・アウト」から全米で大ブレイクしたスコーピオンズも大好きだが、一番好きなスコーピオンズは、

70年代のウルリッヒ・ロート在籍時代のものだ。 

 

 

 

             恋の弱味

 

1976年2月発売  売り上げ21.9万枚  オリコン最高4位

 

「恋の弱味」は、レコード音源より絶対ライブの方がいい。 今でもこの曲はよく歌われているけど、この曲は元々ロックテイストな曲なので、今のライブでのアレンジよりも、当時のライブ盤「GO GOES ON! HIROMI IN USA」や「ヒーロー」のように、ラフでハードなギターが主のサウンドでロックな歌い方の方が断然カッコいい。

 

他にこの頃の思い出は、秋吉久美子さんとの初主演映画「さらば夏の光よ」があって、この映画の主題歌がB面に収められているけど、映画の役柄で頭を坊主にした事だ。 最初は坊主頭が見慣れなかったけど、髪が伸びてきてからは10代の頃とは髪型を変えて、大人に向かう過渡期の

郷ひろみのイメージ作りに一役買ったと思う。

 

そして、秋吉久美子さんて小生意気だけど素敵な女優さんだった。 秋吉さんとの共演は他にも2作あって、私は「突然 嵐のように」の日出男と由紀の30年後を、50代になった郷ひろみと秋吉久美子さんで、映画でもスペシャルドラマでもいいからやってほしかった。

 

さて、前々回に自分が郷ひろみファンだという事に気が付いたと書いたが、それまでは姉とただ単に楽しく郷ひろみの出演するTVを見ていただけだったのに、自分が郷ひろみのファンだと気が付くと、新御三家の野口五郎と西城秀樹に、人気投票でも、レコード売り上げでも、オリコンチャートでも、負けてほしくなくてヤキモキする自分がいたのだった。

              バイ・バイ・ベイビー

 

1975年12月発売  売り上げ13.9万枚  オリコン最高9位

 

この「バイ・バイ・ベイビー」のジャケット写真、何気に好きだなぁ。

この曲は、通常のシングル・リリースとは違いイレギュラーなリリースで、当時人気が爆発して

大旋風を巻き起こしていたイギリスのアイドル・グループ、ベイ・シティ・ローラーズのカバー

曲だ。 この頃から既に郷ひろみは、海外アーティストの曲をカバーして出していたんだな。

私はTVで郷ひろみが、この曲を歌うのを1回くらいしか見た事がない気がする。

日本語の歌詞も、なかなかメロディーにフィットしていていい感じだと思う。

 

それで、せっかくカバーで出したんだから、BCRが来日してTV出演した時に郷ひろみと共演してほしかった。 郷ひろみとBCRのメインスター、レスリー・マッコーエンは同い年だし、日英の2大スターが揃い踏みする所が見たかった。 そして、それがイギリスでも報道されて郷ひろみの存在を少しでもイギリスに知らしめたかった。  てか当時の沢田研二さんみたいにヨーロッパでもオリジナル曲でレコード発売してほしかったと言いたい所だけど、郷ひろみは、沢田研二さんのように、根底にロックがあるわけでもないし(あるないが、いい悪いの問題ではないが)、郷ひろみのジャパニーズ・ポップスがヨーロッパで受けるとは思えないから売れないだろうけど・・・。