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たかあきらのブログ

郷ひろみ、ロック、小説、熟女が大好き

 

    

 

念願の自動車運転面免許が取れる喜びと、同じ免許合宿に参加してくる若い女性らとの、

束の間の青春のふれあいに大いに期待してキャルに乗って遥々静岡までやってきた七原くん。

 

まず、参加人数が6人しかいなかったと嘆いていたが、七原くんは30人位はいるとでも

思っていたのだろうか。 それだけいたら教習所には一般で通っている人もいるだろうから

教習に使う車が足らなくなるわ。

 

それから免許合宿に参加してくる人は、20歳前後の人ばかりだから、そんな若い女性が

小デブでキモい中年おじさんなんか相手にするはずがないだろう。

若い女性との束の間の青春を期待するって、本当に七原くんは脳内お花畑でおめでたい。

 

そして、普通なら免許取得に2ヶ月くらいかかるのを、たった2週間に凝縮してるんだから

詰め込みになるのは当たり前だ。 それにADHDでテンパるとすべてがメチャクチャになってしまう七原くんだから実技もかなり手こずるだろうし、学科もすんなりとはいかないだろうし、

OD式運転適性検査で結果が1-Eって、5-Aが最高だから七原くんは運転適性が最低という事で、七原くんが車を運転すると他人が死ぬ事になるからマジで恐ろしくなってきた。

それにしてもOD式って、見事にADHDを判別する優秀な検査方法なんだな。

 

それから静岡での透析の病院が、6時半までには必ず入ってほしいという事は、その病院の夜間透析は夜11時までなのだろう。 そりゃ遅れてきても夜間透析を延長なんてしてくれないし、

そんな遅刻がずっと続いたら透析不足になってしまって、火木土のどこかでも入らなければいけなくなるし、それもベッドが空いてなければ無理なので看護師さんが凄く怒るのも当然だ。

 

とにかく私を含めリスナーのみんなは、七原くんが免許合宿で屈辱にまみれる姿を期待してるのだから、また泣きながらの配信を期待している。

 

               ブラック・サバス

 

前回のオジー・オズボーンの時にも言ったが、私はオジー在籍時のブラック・サバスは聴いてない。 前のサバスの曲を知らないだけに、何の違和感もなくこの「ヘヴン&ヘル」で、ロニー・ジェイムス・ディオがサバスに持ち込んだ様式美サウンドに酔い痴れる事ができた。

 

リッチー・ブラックモアとは違うトニー・アイオミの重いギターサウンドに、ビル・ワードの後ノリのドラム、そこにコブシの利いたロニーのヴォーカルのマッチングが最高に素晴らしい。

「ネオンナイト」のイントロのリフと、♪Oh No♪で始まるロニーの最初の一言だけで、このアルバムの凄さ、カッコ良さが瞬時に伝わってきた。 この「ネオンナイト」と共にライブでも重要なナンバーの「チルドレン・オブ・ザ・シー」「ヘヴン&ヘル」、そして私がこのアルバムの中で一番好きな曲の「ダイヤング」と、NWOBHMで沸いていた80年にサバスが刻み付けた大きな爪痕は今も消える事はない。 ロニーのヴォーカリストとしてのピークは、レインボウ時代から、この最初のサバス時代までだと私は思う。

 

このアルバムの成功で、崩壊しかけていた(それも私は知らなかった)サバスが見事に復活して、80年代以降もずーっと地道に続くサバス伝説に繫がったんだと思う。

それほどロニーの加入は新鮮で素晴らしいケミストリーを生んだのだ。

               HOW MANYいい顔

 

1980年7月発売  売り上げ29.9万枚  オリコン最高8位

 

「HOW MANY いい顔」は、男らしく且つセクシーに成長した郷ひろみにピッタリの凄くいい曲で、♪処女と少女と娼婦に淑女♪ の阿木曜子さんの歌詞も印象的だ。

でも、曲中のアクションは、もっと派手に動いてくれても良かったんじゃないかな。

70年代後半のピンクレディーじゃないけど、大人も子供もカッコいい郷ひろみのアクションを

真似たくなるような人々を引き付ける要素もヒットの大事なポイントだと思う。

 

79年末の「マイレディー」から80年代に入って「セクシー・ユー」、そしてこの「HOW MANY いい顔」と、いいヒット曲に恵まれて時代が変わった80年代も郷ひろみは、まだまだ行けるんじゃないかと少し安心した。 上記の3曲は、今でもライブでよく歌われている郷ひろみにとっても、ファンにとっても重要なナンバーだ。 そして、ライブでの「HOW MANY いい顔」のマロさんのギタープレイがせっかく素晴らしいのだから、もう少しライブでマロさんのギターを前面に出してほしい。

 

そして、この曲はカネボウ化粧品のCMソングだったため、夜のヒットスタジオのスポンサーだった資生堂化粧品との事もあり、夜ヒットでは「HOW MANY いい顔」のB面の「Trick」が歌われた。 「Trick」もロックないい曲だが、普通スポンサーのライバル企業のCMソングなんか歌ってたら番組に出演できなくなるが、そこはバーニングの郷ひろみだから出演させないわけにもいかなかったんだろうけど、郷ひろみ側も一番大切にしていた歌番組のはずの恩のある夜ヒットに対してややこしい事をするもんだなぁ。

 

そして、月刊明星の毎年夏の恒例企画

1980年 明星オールスター人気投票 男性部門

第1位 近藤真彦、2位 郷ひろみ、3位 田原俊彦、4位 西城秀樹、5位 松山千春、

 6位 ツイスト、7位 野村義男、8位 ゴダイゴ、9位 もんた&ブラザーズ、10位 アリス

(金八先生をまったく見てなかった私は、近藤真彦っていったい誰???という感じだった)

 

女性部門の第1位 石野真子、2位 山口百恵、3位 榊原郁恵、ちなみに松田聖子は5位

 

                                      タブー

 

1980年5月発売  売り上げ15.7万枚  オリコン最高8位

 

この「タブー」も私は大好きな曲で、私の中では郷ひろみの代表曲のひとつになっていいくらいだけど、ファンの間ではそんなに人気がないのか、ライブであまり歌われる事もないのが残念。

ルックスも髭がなくなって、アフロヘアのボリュームも増して美形の顔に凄く似合っていてカッコ良かった。 ただ、この曲のアクションが少し大人しめで、もっと派手なアクションがあった方が見ていても楽しめたと思う。

 

この曲で思い出に残っているのは、夜のヒットスタジオでの西武所沢球場からの野外生中継の時に、上半身裸に銀のラメを塗っていた凄い出で立ちで、同じく出演していた沢田研二さんを遥かに上回る強烈なインパクトで、一番美味しい所を郷ひろみが持って行ってくれて嬉しかったし誇らしかった。

 

そして、この「タブー」を歌っていた6月に、ジャニーズ事務所から田原俊彦がデビューする。

70年代ずっとアイドルのトップに君臨していた郷ひろみだが、いよいよアイドルの世代交代が始まろうとしていた。 郷ひろみだって72年にデビューし、それまでの60年代の御三家、

GSブーム、短期間だったがフォーリーブスの時代から新たな時代へと世代交代してきたのだ。

 

郷ひろみファンの人達は、田原俊彦の事は特に気にならないという人も多いのかもしれないが、

私は非常に田原俊彦の動向が気になって、80年代はずっと郷ひろみと比較(ダンスを)していたかもしれない。 とにかく田原俊彦にはダンスでも、水泳大会でも負けてほしくなかった。

               セクシーユー

 

1980年1月発売  売り上げ20.4万枚  オリコン最高11位

 

80年代に入って最初のシングルでセクシーな郷ひろみを、より印象付けるタイトルだ。

真冬に発売されたけど夏向きな非常に郷ひろみらしい軽快なナンバーで、ファンの間でも人気の高い曲だと思う。 初めてアフロヘアと髭のルックスで登場した時は、あんまり似合ってなくて

まさかこれからずっとこれでいくのかと少し不安になった。

 

そして、郷ひろみのほとんどのシングルに云える事だが、その曲を発売当時に歌っていた時より、同じ曲が今の方が格段にパワーアップしている事だ。 10代の頃に歌っていた曲は、あの頃の可愛さは今はもうなくても、歌唱力、アクションは格段にパワーアップしている。

 

キャリアを積んでくると昔の曲を崩したり、適当に力を抜いて流した歌い方をする歌手が多い中で、郷ひろみは、そんな余裕かまして手を抜くような事は一切せずに更にクオリティーを上げてくる。 だから郷ひろみの昔の曲はナツメロには聴こえないのだ。 この「セクシー・ユー」なんかもまさにそうだ。 だが、悲しい事に「恋の弱味」や「バイブレーション」などは、ライブでのバックバンドの確かに演奏のクオリティーは非常に高いが、今のショボイ曲のアレンジでは、私に言わせば昔より曲の良さ、魅力がパワーダウンしている。 ロックナンバーは、もっとよりロックすべきだ。 でも、それも郷ひろみの指示指向でやってるんだろうしなぁ・・・。

 

その他に、この曲での思い出は、紅白歌のベストテンで、曲の間奏のダンスシーンが、中継スタッフのミスでCMに入ってしまい、私は楽しみにしていたダンスシーンが見れずにCMの間ずっと怒り狂っていたが、CMが明けてすぐに徳光アナウンサーが、郷ひろみのファンに対して誠心誠意謝罪してくれたので何とか怒りが収まった。 あの時は徳光アナに救われた思いがした。