少し前に、小学校入学に向けてのランドセル展示会がありました。

事前にネットで見て色の選択はしていたものの、展示会で背負った姿が見たいなと思っていました。


しかし、会場に着く前から不機嫌だった息子は見る事すら嫌がり、結局ぐずったまま帰宅することに。


周りの家族は、少し照れくさそうに男の子がランドセルを背負って鏡で見ていたり、これが良いなと女の子がはしゃいでいたり。


やっぱり、うちは違うのかな…。


発達グレーって、言い方は悪いかもしれないけどとても厄介だな。


だって、

見た目には分からない。

息子の場合、更には幼稚園の集団には溶け込めている。


「うちもそうだよ」「そんなもんだよ」。

息子の発達の遅れを園のママ友さんに相談したときにそう言われたこともあり、

自分が気にし過ぎなのか?

自分が子育てに向いていないのか…

と、凹んだこともあります。


でも実際に、病院でも市の発達検査でも診断は出ている。


夏休み前の幼稚園のイベント。

「楽しかったな。またやりたいな。」

息子のこの言葉に、私は複雑になりました。


息子の幼稚園のお友達は、小学校もみんな同じ。そこに他の園の子達が更に一緒になるけれど、田舎なので通常クラスは一学年で2クラスほどらしいです。

ただ、それでも今の年長クラスの人数の倍になるので、息子の特性だと息子は勉強など分からないことや何かあっても“埋もれてしまう”可能性が高い。


楽しく過ごしてきた園のお友達と、自分は違う支援級に通うこと。

どう思うのだろうか。


支援級については、今までわたしは漠然としたイメージしかありませんでしたが、色々知っていくなかで私は息子の為にもそちらの方が良いと思っています。


見学も行くので、支援級か通常クラスか息子自身にも決めてもらう予定ですが、きっとどちらにしても入学後に色んな壁が立ちはだかるんだろうな。


もし支援級に決めたとして。

その時に、私も夫も過ごすことの無かったその学校生活を送る息子に「がんばれ!」と心から言ってあげられるのだろうか。


姉のこともそうですが、自死遺族になって初めて自死というものを近くに感じるようになりました。

それまでは、遠い世界の、遠い話しのように思っていました。


今度は、発達障害。

息子の診断をきっかけに、これが身近なものとなりました。


姉も、息子も、私自身もそうですが

「生きづらさ」を感じても、その視え方はきっと違う。

それぞれの世界があって、それぞれの生き方があって。


がんばれと言うのはきっと簡単で、

実際のところは本人にしかわからないこともたくさんある。

親として、どこまで、何が出来るのか。

これからもその課題は尽きないのだろうな。


息子が生きる小さな世界は、

どんな世界なのだろう。


キラキラしているのかな。

ワクワクしているのかな。

きっと不安や緊張もたくさんあるよね。


年明けに届く予定のピカピカのランドセル。

どうかそこに、教科書だけではなく、たくさんの希望や夢が一緒に詰め込まれていきますように。