息子の発達の遅れを気にしていた時、

気にしたってしょうがないと言われたり、うちもそうだよと言われたり。

“大丈夫だよ”、“そのうち変わるよ”と、根拠なく淡々と言われたり。


元々神経質で心配性のわたし。

マイナス思考ばかりで、前向きに考えることも楽観的に考えることも難しい性格。


だから周りにそう言われても、モヤモヤし、色々調べました。

結果的に発達性協調運動障害が発覚し、軽度の自閉スペクトラム症もありました。


これまで連絡をとっていたのに発達障害の話をしたら返信がなくなったママ友さんや、

息子の話を聞いてくれていたママ友さんに包み隠さず話すようになったら返信が全く違う話しで書かれて終わっていたり。


忙しい中これまで話しを聞いてくれたことに感謝しつつも、ママ友さんには、深入りせずに当たり障りのないなんてことない会話が無難だったんだな…と、そんな風に感じた出来事もありました。


幼稚園でお友達と一緒にはしゃぐ息子。

運動会では一生懸命走って、かけっこは一番でわたしのほうが驚いて泣いてしまったりして。


“ほら、気にしないで大丈夫じゃない”と、

まわりの人はそう思うかもしれない。


でも、お友達とはしゃいでいる時も、自分には無理だと判断した遊具には登らず、次々と滑り台を楽しそうに降りてくるお友達を下から見つめ、笑顔で声かけしていた息子。


やりたくないからやらない。

ではなく、

出来ないからやりたくない。


やりたいな、やってみようかな、という挑戦する気持ちを持たせてあげられたら良いのになと、これまでに何度も思いました。

リハビリでは作業療法士さんが上手く導いてくれるけれど、同じように自分で対応することはなかなか難しい。


「間違えても良い?」と、事あるごとに最近は間違えや失敗を恐れるようになってきた息子。


「幼稚園の折り紙、難しいな」と言って、いつも途中まで折りかけて持って帰ってきたり、折らずに絵を書いていたり。


本人は気づいているかは分からないけれど、日々相当色んな場面で疲れているのかな、と思ってしまいます。

まだ5歳。もう5歳。

色んな事を理解してきている中で、その小さな世界で生きていくために、一生懸命なんだろうな。


幼稚園からもらった写真には、慣れないことに挑戦している息子が映っていて、

“楽しそうだな”よりも、

“これはスムーズに出来たのかな?難しくなかったのかな?”と考えてしまうわたし。


もっと、気楽に考えられたら。

この先に待ち構えている、通常級と支援級の分かれ道のことも。



「うちも多分発達グレーだと思うけどまた変わっていくだろうし、そんな事もあったねって、きっとなんとかなるもんだよ。」


自閉スペクトラム症について話したら、あるママ友さんがそう言っていました。

そのママ友さんのように、明るく前向きに考えられたら良いけれど。


だけれど。

もし本人が生きづらさを抱えているままだったら?


その時は、なんとかなっていたのかもしれない。

なんとかなった、ように見えているだけかもしれない。


気にし過ぎも良くないし親の不安は子に伝わってしまうから、心配しすぎずに成長を見守ることも大事だと思うけれど。


いつか、我が子が大きな壁につまずいてしまった時。

“あの時こうしてあげていたら”と、過去に出来たはずのことを悔やみたくない。

いま出来る事を、手探り状態ながらもやっていきたい。


そう思うのも。

不登校になってしまった姉を知っているから。


当時はわたしは自分の事でいっぱいで、姉の事なんて気にも留めていませんでした。

部活に恋愛に、キャーキャー言いながらはしゃぐ無神経なわたしの話しを、ただ静かに聞いてくれていたお姉ちゃん。


あの時、どれほどの思いを抱えていたのだろう。

漫画のような、キラキラした青春時代とは程遠かったと思うけれど。

それでも笑って、いつも私たち家族のことを考えてくれていました。


そして。

自ら命を絶ってしまった姉も知っているから。


何が理由だったのかとか、遺された私たちがそれぞれ想像することは出来るけれど。

ほんとうに姉の望んだ最期だったのか。

もしかしたら、本当はまだ希望があって、そのつもりは無かったのではないか。

それだけは未だに分かりません。



いま、自分の隣で笑って居てくれる人が、明日も必ず居てくれるとは限らないということ。


不登校も、

自死も。

それはわたしのすぐ側にあった。

遠い世界だと思っていた予測もしないその世界は、すぐ近くにあった。


そして、その世界を知ってしまったわたしも、

心が壊れた時、姉を訪ねてみたくなってしまう時があります。


だけど、姉に怒られそうな気がして。

“ダメだよ。あんたには、やるべき事があるでしょ。”と。

いや、もしかしたら…

“真似しないでよ、ついて来ないでよ!”

かもしれない。


あの時、どうしていたら

あなたを助けられたのだろうか。


時々、姉と息子の、わたしにやさしく接してくれる姿が重なる時があります。


姉が教えてくれたこと

息子が教えてくれるもの


いつかなんとかなる、のかもしれない。

でもそのいつかが来るかどうかも分からない。


もう、失ってしまうなんてことにならないように。

「なんとかなったね!」と、一緒に笑えるように。


やっぱりわたしは、“今”、出来る事をしていきたいな。